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「私たちを神の子とする」

今日は「降誕後主日」、そして、次の日曜日が「顕現祭」(エピファニー)に当たる。東方の三人の博士たちが馬小屋のイエスを拝みに来た日である。東方正教会では、この日にクリスマスを祝う。西欧でも、「顕現祭」まではクリスマスの飾り付けを残しておくのが、古来のならわしであった。私たちの教会でも、この伝統に従って、ツリーや星、クランツなどは今日までそのままにしてある。 世間では、25日が過ぎるとクリスマス色は忽ち一掃されて、門松としめ飾りに変わる。あれほど巷に溢れていたクリスマスの歌も、もう何処でも聞かれない。しかし、教会ではそのように「移り気な」祝い方をしない。御子の降誕の喜びは「一過性」のものではなく、持続するのである。そのことを表すために、我々は今日もクリスマスの讃美歌を歌い、説教のテキストも関連

「わたしは信頼して、恐れない」

今日は、東方の三博士が馬小屋のイエスを拝んだ日とされる「顕現祭」(エピファニー)である。そのことを覚えて、先程マタイ福音書2章を朗読した。 しかし、説教は『ローズンゲン』による今年の年間聖句「見よ、わたしを救われる神。わたしは信頼して、恐れない」(イザヤ12,2)に基づいて行いたい。 イザヤ書1-39章は、40章以下とは内容が明らかに違うので、普通「第一イザヤ」と呼ばれる。紀元前8世紀後半に南王国ユダの首都エルサレムで活躍した預言者である。ユダ王国はその頃まで繁栄していたが、外国の脅威にさらされて次第に陰りが見えるようになっていた。最大の脅威は、残忍な征服者アッシリヤ帝国からのもので、これに対抗するために、北王国イスラエル(エフライム)とアラム(シリヤ)は反アッシリヤ同盟を結んで、南王国

「奴隷の家から導き出す」

4月から『信徒の友』に、「十戒に学ぶ」という題で一年間連載することになった。そこで、一月に一度くらいの割で「十戒」について考えたい。 どの宗教にも大黒柱のような教えがあるが、ユダヤ教の場合、それは「律法」である。その中心は「十戒」で、これは 出エジプト記 20,1-17に記されている。同じ章の22節以下には「契約の書」と呼ばれる部分が続いており、そこには「刑法」・「刑事訴訟法」・「民法」などに類似する具体的な法的規定がある。こういったものを総称して「律法」という。 さて、「十戒」の内容は、あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない。あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。安息日を心に留め、これを聖別せよ。あなたの父母を敬え。殺してはな

「知識と愛」

I私たちは、たくさんの知識を所有する時代に生きています。核エネルギーに関する知識、情報伝達に関する知識、遺伝子操作に関する知識、そして宇宙開発に関する知識などが、すぐに思い浮かびます。これらはすべて、先端的な技術と結びついた知識です。大容量のコンピューターやインターネットは、私たちが所有し利用する膨大な知識の象徴的存在です。これらの知識は技術と結びついて、私たちの行動能力を飛躍的に高めることに役立っています。そして私たちは、そうした技術的な知の恩恵を受けて、あるいは好むと好まざるとに拘らず、そうした環境の中で生活しています。しかし昨年の9月11日にアメリカで起こった出来事は、一つの根源的な問いを私たちに突きつけました。「殺すか殺されるかという選択を迫られるより先に、むしろそうした選択を免れて

「正義と善意」

Iおよそこの世界に、正義よりもっとよいものが何かあるでしょうか。人の振舞いは、それが義しいものであるなら、それ以上に何を望みうるでしょうか。私たちの労働は、しばしば正当に評価されないではありませんか。金やコネのある人が、地道に努力している人よりも、高い評価を受けることや社会的に優遇されることが多過ぎるように思います。怠け者が要領よく立ち回り、真面目で気の弱い人が損な役回りを引き受けるのは、残念ながら世の常です。官庁や銀行、原子力施設、食品企業、学校、医療などの大きな権益がからむ組織では、不正行為を内部から告発する人に対して、解雇その他のさまざまな圧力がかけられます。例えばイタリアでは、「イスラム社会では文明が何世紀も前にストップしたままだ」という発言で物議をかもしたシルヴィオ・ベルルスコーニ

「皇帝のもの、神のもの、イェスのもの」

教会の暦では2月の13日(灰の水曜日)から受難節に入ります。それから6週間あとの3月24日が受難週(受難節第六主日)、そして3月31日が復活節,イースターへと続いて行きます。降誕節の喜びは、主の受難と復活に繋がっていることが、教会の暦からも良く分かります。福音書にもそのように、主の降誕,受難と復活が一まとめになって語られています。それが最もはっきり表わされている所は、ヨハネ福音書の序論とも言える,ロゴス賛歌の中にあります。「言のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった(4~5節)。しかし言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく

「過去も将来も主のもの」

3週間の入院生活の後で、再び教会の仕事に復帰することが出来たことを喜んでいる。この間、私のために祈って下さったことに対し、心から感謝したい。 今年は毎月一度は「十戒」について説教し、その他の主日は原則として『ヨハネ黙示録』をテキストにして語りたい。今日はその最初の部分である。 著者は自らヨハネと名乗っている(1)。これはよくある名前で、『ヨハネ福音書』や『ヨハネ書簡』の著者とは関係ない。自己紹介によると、この人物は「パトモスと呼ばれる島」(9)に幽閉されていた。紀元95年頃のことと考えられる。当時のローマ皇帝は有名なドミテイアヌスであって、キリスト教がこの皇帝の下で厳しい迫害を受けたことは広く知られている。こういうわけでパトモス島に流されたヨハネは、ある日曜日に幻を見た。それに触発されて

「あなたを解放する神」

「十戒」に関する二回目の説教である。 旧約聖書の中には、「十戒」の本文が二回出てくる。出エジプト記20章と、申命記5章であるが、双方の間にはやや違いがある。例えば、今日読んだ申命記には、出エジプト記にない長い導入部がある。「イスラエルよ聞け。今日、わたしは掟と法を語り聞かせる。あなたたちはこれを学び、忠実に守りなさい…」(1-5)。 今日は、主としてこの申命記のテキストに基づいて考えたい。 ここでのキーワードは、明らかに「契約」である。いったい「契約」とは何か? 『広辞苑』には、1)約束、2)対立する複数の意思表示の合致によって成立する法律行為(売買・譲渡・雇用など)と説明されているが、その後に、3)キリスト教で、神が救いの業を成し遂げるために、人間に対して示す特別な意思、とあ

「右手をわたしの上に置いて」

今日の箇所の最初で、ヨハネはアジア州の各地で迫害に耐えている信徒たちに向かって、自分は「あなたがたの兄弟である」と言い、「共にイエスと結ばれて、その苦難、支配、忍耐にあずかっている」(9)者だ、と自己紹介する。小河訳によると、「イエス・キリストのうちにあって、艱難と王国と忍耐とをあなたたちと共に分かち合っている」となっていて、この方が心に響く。 「艱難と王国と忍耐とをあなたたちと共に分かち合う」。これは、主イエスを信じる者たちの深い連帯を表明する言葉である。私とあなたたちとは、主イエスのために同じ苦しみを経験している。「王国」、つまり主イエスが約束された「神の支配が近い」という希望も、そのための忍耐も共有している。 この苦しみと希望と忍耐の共有!主イエスを信じる者たちの間には、本来、この

「労苦と忍耐」

黙示録の著者ヨハネは、「神の言葉を伝え、またイエス・キリストについて証言した」という理由で、ローマ帝国の権力によってパトモス島に「島流し」にされた。その島で、彼はある日曜日、一種の恍惚状態の中で「ラッパのように響く大声」(10)を聞く。「お前が見るものを小さな巻き物に書き取って」(11) アジア州にある七つの教会に送れ、というのである。 続いて彼は、色彩と音響に満ちた圧倒的な幻を見た(12-16節)。復活して天に昇り、そこから地上で苦労している信徒たちを見守る主イエスの栄光と力の幻であった。この天上のキリストの命令に従って、ヨハネは、七つの教会に順番に手紙を書く。最初はエフェソ教会である。 エフェソ(巻末の地図参照)は、天然の良港に恵まれ、商業・交通の要衝として栄えた。女神アルテミスの有

「死に至るまで忠実であれ」

アジア州にある七つの教会に宛てて書かれた手紙の二番目は、スミルナ宛てだ。 スミルナは、エフェソから北へ約70kmの海沿いにあり、エフェソと同じように良い港があって繁栄した町である。ローマとの往来も盛んで、ローマの女神を祀る神殿や皇帝礼拝のための神殿もここに造られていた。70年にエルサレムが陥落した後、沢山のユダヤ人が逃れて来てこの町に住みついたという。度々「ユダヤ人」に言及されているのは、そのことと関係があるだろう。 さて、ヨハネは先ず、手紙を書くように命じた方を紹介する。「最初の者にして、最後の者である方、一度死んだが、また生きた方」(8節後半)。これは、1章17節とほとんど同じ言い方で、もちろん、「天上のキリスト」を意味する。 歴史の初めから終わりまで支配される方・あなたがたと同じ

「忠実な証人」

ペルガモンは紀元前133年まではペルガモン王国の都として栄えたが、最後の王アッタロス三世の死後ローマ帝国アジア州に編入された都市だ。スミルナの北東約70kmの内陸地にあり、州の政治的中心地であった。紀元前29年には皇帝アウグストウスを祀る神殿が建てられ、アジア州における皇帝礼拝発祥の地となった。文化的にも重要な所で、ここの図書館はアレキサンドリアのそれと並び称されるほどであり、羊皮紙を英語でPerchmentというのは「ペルガモン」から来たと言われている。また医学校があり、医学の神アスクレピオスを祀る神殿もあって、病人が群れをなしてここを訪れたという。そのために、この町を「小アジアのルルド」と呼ぶ人もいる。 この町はまた、宗教的にも重要であった。ギリシャやローマの神々(ゼウス、女神ローマ、

「イエスを見つめながら」

今日の説教テキストについて述べる前に、先ず11章を瞥見しておきたい。 11章1節で著者は、簡単明瞭に信仰を定義している。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」。そして、その実例として、アベル、エノク、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセといった旧約聖書の代表的な人物を列挙する。12章1節で「おびただしい証人の群れ」と言っているのは、差し当たりこの人たちのことだ。彼らは「望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認」して生きた。信仰的な生き方の見事な証しだ、というのである。 しかし、「証人」(マルチュス)という言葉には、「殉教者」という意味もあることに注意したい。11章35節以下に描写されているのは、名もない人々の正に殉教者としての苦難の生涯である。

「復活の朝」

ヨハネ福音書は、我々に「愛」を教えている。単に教えているばかりではない。愛を証しすることによって、読む我々を生かす。今日の箇所は、復活日の早朝、マグダラのマリアがイエスの墓の外で経験したことを記しているが、これは「我々を生かすのは愛である」という証言に他ならない。 最近、私は心の中で、先に召されて行った親しい人々(家族・教会の懐かしい仲間・友人)に向かって、名を呼んで語りかけることが多い。その人たちはたいてい何も言わないが、微笑み返してくれる。記憶に残っているのは、その人たちの「愛」だけだ。パウロは「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」(第一コリント13,13)と言ったが、その通りだ。 マリアも、死んだ主イエスとの間で、そのような交流をし

「信仰の厳しさ」

第一戒は、新共同訳では「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」となっているが、文語訳ではもっと強い調子で、「汝、わが顔の前に我のほか何物をも神とすべからず」である。我々は、一方ではこの戒めを「信仰の厳しさ」を教えるものとして積極的に受け止めなければならない。植民地支配下の朝鮮で神社参拝を強要されたキリスト者たちが多くの殉教者を出しながら抵抗したとき、その拠り所は第一戒であった。ナチス支配下のドイツで「告白教会」が教会闘争を繰り広げたときも、同様である。第一戒は信仰の節操を要求する。先ず、この点を強調しておきたい。 しかし他方、第一戒は現代日本の知識人たちの間で余り評判が良くない。「唯一神教」は、自分たちの信仰こそが絶対に正しいと「排他的に」主張するので、一旦別の「唯一神教」

「人の思いを見通す神」

ティアティラはペルガモンから南東へ約60km、街道沿いにある内陸地の町である。織物・染色で知られた商業の町で、使徒言行録16,14に、この町出身の「紫布商人」リディアという女性が登場するのも、そのことと関係があるだろう。政治的にはそれほど重要ではなく、従って皇帝礼拝の施設もなかったという。 さて、この町の教会に対して天上のキリストは、「わたしは、あなたの行い、愛、信仰、奉仕、忍耐を知っている。更に、あなたの近ごろの行いが、最初のころの行いにまさっている」(19)と賞賛している。エフェソの教会が「初めのころの愛から離れてしまった」(2,4)と叱責されたことを思えば、ティアティラ教会が着実に成長を続けていたことが窺われる。 しかし、問題もあった。地上の教会で完璧なものは一つもない。いずれも問

「目を覚ませ」

サルディスという町は、前回のティアティラからさらに南南東へ約55kmの平地にある。昔は栄えたが、ヨハネの頃は、羊毛の集散地として知られた位である。 しかし、この町にも教会があって、そろそろローマ帝国全域に広がる気配を見せていたキリスト教迫害に対して自らの姿勢を確立する必要に迫られていた。ヨハネはこのことを念頭に置きながらこの手紙を書いたのである。「神の七つの霊と七つの星とを持っている方」(1節)、これは1章によればキリストを意味しているが、彼の名において書いたという点は、他の教会に対する場合と同じである。 さて、この手紙には賞賛の言葉はない。いきなり「あなたが生きているとは名ばかりで、実は死んでいる」(小河訳:「お前は生きているとの評判を得てはいるが、[実際には]死んでいる」という厳しい

「戸口をたたく神」

ヨハネはアジア州(現・トルコ西部)の七つの町にある教会に手紙を書いた。それを一つ一つ取り上げて学んで来たが、フィラデルフィアは既に取り上げたので今回は飛ばす。今日は最後のラオディキア教会への手紙だ。この町は地図には載っていないが、エフェソから真東に約150km、内陸地にある町だ。交通の要衝にあるために銀行など金融業で栄えた。黒い羊毛で織った毛織物の産地としても知られる。その他に、有名な医学校があり、ここで作られる目薬は有名であった。 さて、この町の教会に対しては、天上のキリストは厳しい叱責の言葉で始める。「あなたは、冷たくも熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そうとしている」(16)。これはどういう意味

「偶像を拝まない」

第二戒は偶像を刻んだり、それを拝んだりすることを厳しく禁じている。しかし他方、人間には自己の内面のリアリテイー(現実)を芸術など文化的営みの中で「表現」したいという止み難い欲求がある。両者の間には緊張関係があって、そこから二つの類型が生じる。 第一の型は、例えばマルク・シャガールだ。彼はロシアのビテブスクという町で、敬虔なユダヤ教徒の家庭に生まれた。家族は、絵を描くこと自体が「偶像禁止」の戒めに背くと言って、画家になることに反対する。しかし、シャガールにはどうしてもそうは思えない。「偶像禁止」の本来の意味は、この世の現実を形に表すことによって「内面的なリアリテイー」を弱めてはならないという点にあると信じていた。だから彼は、優しい動物たちや、時間空間を超越した歴史的情景を描くことによって、「

「新しい生命への希望」

私たちの教会の「宣教基本方針」(1997年採択)第5項に、 「戦争責任告白」に基づき、殊にアジア諸教会との交流を重んじるとある。これまでも時々、韓国や中国の兄弟・姉妹をお迎えしてお話しを聞いたり、昨年は韓国に研修旅行に行ったりしたが、その根本的な動機はこの第5項だった。つまり、「アジア諸教会との交流」というのは、知的好奇心による、あるいは単に「仲良くしよう」という程度の交流ではない。かつて日本がアジアに対して「したこと」、あるいは今日も「していること」をはっきりと認識した上で、互いに主イエスに従う者としての交わりを深めるということだ。前半の「戦争責任告白に基づいて」という一句はこのことを言っているのである。 さて、「アジアキリスト教協議会」(CCA)は1974年以来、聖霊降臨祭の

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