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「時は迫っている」

日本や東南アジアのような湿潤なモンスーン地帯では、草や木は春になると自然に芽を出して、夏に花を咲かせ、秋には実を結び、冬になると枯れる。動物も人間も、このように生まれて来ては、子孫を残して死んで行く。このリズムは、ガムラン音楽のようにいつまでも繰り返される。生きている者と死んでいった者との間には「行ったり来たり」という交流があり、「輪廻転生」の教えも広く支持されている。従ってこの地域では、時間や歴史の考え方も「循環的」だ。はっきりした「始り」も「終わり」もなく、「歴史は繰り返す」。この「突き詰めたところのない」穏かな考え方は、我々の身近な自然の経験と結びついて特に日本人には受け入れ易いし、人生に「優しさ」を求める人々にとっても親しみ易い。一概に否定することはできないだろう。 しかし、聖

「その時には」

昨年の「召天者記念礼拝」は11月14日だった。それからの一年間に、我々は新たに加藤勇兄、秋田聖子姉を天に送った。その他に、正規の教会員ではないが、会員の関係者としてこの教会で葬儀をした人に深見敦夫兄がいる。私自身の姉・淑子もその一人である。それ以前に召された多くの兄弟姉妹に加えてこれらの方々を覚えながら、今日、我々はこの礼拝に集っている。神の豊かな慰めと祝福を祈りたい。 さて、今日の説教のために私が選んだ短いテキストは、今世紀最大の神学者の一人であるカール・バルトが、突然の死を迎えた息子の葬儀に際して選んだ個所である。「わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔を合わせて見ることになる」。 ローベルト・マテイアス・バルトは彼の末っ子で、その時ちょう

「主の到来への準備」

 教会の暦によりますと、今日は終末前主日にあたります。次週が収穫感謝の聖日であり、同時に本年度最後の日曜日で、終末主日となるわけです。そしていよいよその次にはアドヴェント(待降節)を迎え、私たちは喜びに包まれたクリスマスの季節に入ります。私たちの教会ではあまり聞き慣れていない言葉ですが、終末日とか終末前主日とは一体どういう意味をもっているのでしょうか。教会の歴史を紐解くと、終末に関わるこれらの日々が大変、重んじられた時代がありました。イエスが亡くなられた直後の初代教会は正にそう言う時代でした。パウロの初期の手紙、例えばテサロニケの信徒への手紙にも終末の日を待ち望む信徒へのメッセージがパウロによって記されています。4章15節以下ではこう書かれています。「主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主

「新しい天と新しい地」

今日は教会の暦では一年の最後の日曜日、「終末主日」である。この日を「感謝祭」(Thanksgiving Day.11月第4木曜日)と関連させて「収穫感謝祭」として祝う教会もあるが、我々は「終末」に焦点を合わせて考えたい。「収穫感謝」の気持ちは、説教の後の讃美歌386番で表すことにする。 この「終末主日」に選ばれている説教テキストは、イザヤ書65,17-25である。この個所は、「見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する」(17)という、喜びに満ちた言葉で始まり、希望に溢れた言葉が最後まで続く。教会暦の最終主日のテキストとしてこの希望の個所が選ばれたのは、大変適切ではないか。 先週の土曜日に広島に向かう飛行機の中で新聞を読んでいたら、瀬戸内寂聴さんとのインタビュー記事が出ていた。彼女はその

「あけぼのの光の訪れ」

アドヴェント・クランツの最初の蝋燭に、教会学校の生徒の手によって火が灯された。子供たちがこのような形で参加してくれるのはとても良いことだ。そもそも、クリスマスの主役は子供なのである。幼子イエス! 福音書の降誕物語は、この幼子イエスを中心にしてこの世の全体が集まっている情景を描き出している。そこには、当時一般にはかなり「いかがわしい」存在と見られていた羊飼いたちがいるし、東の方からはるばるやってきた占星術の学者たち、つまり外国人もいる。その中の一人は黒人であった。産室となった馬小屋には家畜たちもいる。つまりクリスマスの喜びには、大人だけでも人間だけでもなく、また、特定の社会層や民族だけでもなく、年齢や出自や肌の色や文化的伝統を超えて、この世の全体が与っていた。アドヴェントを迎えて、特にこの

「荒れ野に水が湧く」

アドヴェント第二主日の説教テキストにはイザヤ書35章が選ばれている。「よろめく膝を強くせよ」(3)とか、「そのとき歩けなかった人が鹿のように躍り上がる」(6)といった表現を読みながら、私は、先日(11月23日)81歳で天に召された「車椅子の詩人」・島崎光正さんのことを思わずにはいられなかった。 島崎さんは「二分せきつい症」という難病を持って生まれ、生涯、松葉杖や車椅子にたよらなければならなかった人である。11月26日に故郷の塩尻で行われた告別式には、車椅子の人々が大勢駆けつけたという。12月4日の朝日新聞夕刊には、学芸部の菅原記者が心をこめた追悼文を書いている。 私は、島崎さんには一度しかお目にかかったことはないが、この詩人に対して長年、心からの尊敬を抱いていた。最大の理由は、彼が実に言

「わが民を慰めよ」

待降節第三日曜日の説教テキストは、先週に続いて旧約から選ばれている。「慰めよ、わが民を慰めよ」(40章1節以下)で始まる、最近よく使われる表現を使えば、「癒し」の言葉である。古来、この個所は救主の到来(誕生)を預言していると解釈され、例えば「救世主」の物語を音楽的に表現したヘンデルの「メサイヤ」でも、冒頭にテノールが朗々とこの個所を歌い上げる。我々は癒される。 もちろん歴史的に見れば、イザヤは、主イエス誕生の500年以上も前の「バビロン捕囚」と捕囚からの解放という出来事を背景にして語っている。イエスとの直接の関係はない。しかし、あの「解放の出来事」を、主イエスによる真の「人間解放」に重ねあわせて理解することは重要な意味を持っている。 このことについては後に述べるが、その前にイスラエル民族

「言は肉となった」

「言は肉となってわたしたちの間に宿られた」(14)。 これはどういうことだろうか。1章1節の「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」を受けていることは確かである。それでもまだ、「言」が何を意味しているかはっきりしない。しかし、それが旧約聖書・創世記の冒頭の言葉と関連しているということが分かれば、その意味は明らかになるだろう。 創世記1章1節には、「初めに、神は天地を創造された」とあり、続けて「神は言われた。『光あれ』。こうして、光があった」(1)と書いてある。それから神は、同じように「…あれ」という言を発して大空や大地を造り、あらゆる植物を造り、太陽や月や星を造り、魚や鳥、家畜や爬虫類、そして最後に人を造った、という。 現代科学の立場から、「とても受け入れることはできな

「難民イエス」

 イエスが生まれたとき、東の方(多分ペルシャ)から占星術の学者たちが星に導かれてはるばる旅をし、ベツレヘムにやってきて幼子イエスを拝み、贈り物を捧げたという話は今日の箇所の直前、2章1-12に出てくる。メルヘンのような情景だ。 24日の午後、教会学校の音楽礼拝では、子供たちがこの場面をこう歌った。「お星が光るピカピカ/不思議にあかくピカピカ/何が何があるのか/お星が光るピカピカ」。二節は「らくだが通るカポカポ/砂漠の原をカポカポ/どこへどこへ行くのか/らくだが通るカポカポ」。子供たちは、三人の博士がらくだに乗って来たと信じて疑わない。そして、最後の節はこう終わっている。「お星が光るピカピカ/らくだが通るカポカポ/そうだそうだ今宵は/嬉しい清い夜だよ」。 この歌につれて博士に扮した子供たちが登

「知恵と知識の宝」

 2001年の最初の礼拝に当たり、皆さんに心から新年のご挨拶を申し上げたい。 さて、今年の『ローズンゲン』によると、「年間の聖句」はコロサイ書 2章3節、「知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています」である。世界の同信の人々と共に、一年を通じてこの言葉を心に刻みながら信仰の歩みを進めていきたい。 先ず、知恵と知識について。 両者とも「知る」という点では同じだが、「何を知るか」、「どのように知るか」という点では違いがある。岩波の『国語辞典』によると「知識」の方は単純であって、「ある事柄についていろいろと知ること。その知り得た内容」のことだと書いてある。これに対して、「知恵」はずっと深い内容を持っている。曰く、「物事の筋道がわかり、うまく処理していける能力。単なる知識以上のもの。も

「神の小羊」

 このヨハネは、福音書の著者ではない。イエスの先駆者としてどの福音書にも登場する「洗礼者ヨハネ」である。この人物は、「神から遣わされて」(6)、「光について証しをするために来た」(7)と言われている。彼は「光ではなく、光について証しをするために来た」(8)。むろん、「光」とは主イエスのことである。 だから、彼は一切の自己顕示欲とは無縁であった。自分に注目を集めるのではなく、ただイエス・キリストを指し示すのが自分の生涯の務めであると思い定めていた。このことは「洗礼者ヨハネの証し」という個所にも明らかだ。彼は、自分がメシアでも預言者エリヤの再来でもなく、「後から来られる方」、つまり、光であるイエス・キリストの「道備えをする者」(23)だという。道であり・真理である主イエスを「指し示す者」に過ぎ

「永遠の命に至る水」

 イエスは言うまでもなくユダヤ人である。同胞を愛したのは当然である。しかし、その愛は、地縁血縁による民族共同体への狭い愛ではなかった。ここに焦点を合わせて今日のテキストを考えたい。「神は、その独り子をお与えになったほどに、愛された」(3,16)と言われているように、彼は世界全体(コスモス)に対する神の愛の表われとしてこの世に生まれたのであり、従って世の人々に対する彼の愛は、地縁血縁を超越した神の視点から万人に向けられた。今日の個所の直前に、「地から出る者は地に属し、地に属するものとして語る。天から来られる方は、すべてのものの上におられる」(3,31)、と言われている通りである。 この「地縁血縁による民族共同体」の強い結びつきに基づく思想や行動は、今日もなお地球上の至る所に認められる。多くの

「深い海の底に道を開き」

 紀元前587年、ユダ王国はバビロニアのネブカドレツアル王によって攻撃され、エルサレムは壊滅的な打撃を受けて陥落、ここに335年続いたユダ王国は滅亡した。そして、主だった人々は強制的にバビロニアに連行されるという憂き目を見た。これが「バビロニア捕囚」である。 約半世紀の苦しみの後で、紀元前539年、今度はそのバビロニアが新興ペルシャ帝国のキュロス王によって滅ぼされる。これによってユダヤ人は捕囚から解放され、故国に帰ることを許された。その頃活躍していたのが、今日の言葉を語った預言者イザヤである。便宜上、我々は「第二イザヤ」と呼ぶ(イザヤ書40-55章)。 第二イザヤは、長い捕囚に疲れた同胞に帰還の喜びを、そして新しい生活への希望を語った。「主に贖われた人々は帰って来て、喜びの歌を歌いながら

「イエスに招かれた人」

 ここに登場するマタイは、マルコやルカの平行記事では「レビ」と呼ばれているが、同一人物と考えてよいだろう。彼は徴税人であった。少し前に教会学校の子どもたちが演じた「ザアカイ物語」の主人公のように、ローマ帝国という巨大な権力に寄生して私腹を肥やしたり、貧しい庶民を食い物にしたりしていたのだろう。誰からも嫌われる存在であった。このような人物がイエスの弟子として招かれたのである。 今年は「イタリヤ年」とかいうことで、多くの催しが計画されているが、その一つに「カラヴァッジョ展」というのがあるらしい。カラヴァッジョは17世紀の初め頃イタリヤで名声のあった画家で、聖書に題材を取った写実的な絵で知られる。私は彼の絵に特に惹かれるわけではないが、ちょっとした関心がある。「マタイの召命」という作品は、なかなか

「光を信じなさい」

 「光」とは、ヨハネ福音書においては、端的にイエスのことである。 ヨハネ福音書の記者はその冒頭に、イエスの誕生を比喩的に表現して「光は闇の中で輝いた」(1,5)と言った。また、イエス自身は、「わたしは世の光である」(8,12)と言う。その他にも、この福音書には「光」について語った言葉が沢山あるが、すべてイエスのことを指している。 何故、イエスは「光」と言われるのか。 先ず注目したいのは、「光」と「命」の関連である。イエスは「命の言葉」を語った。その「命の言葉」が人々に「光」を照らした。「命は人間を照らす光であった」(1,4)という表現には、この意味も含まれている。 だが、彼は単に命の言葉を「語った」だけではない。十字架上で、彼は自らの命を与えた。正にそのことによって、彼は世界に命を与

「空しくは天に戻らない神の言葉」

 中学生の孫が、「僕は言霊(ことだま)を信じている」と言うそうだ。それを聞いて私は、このような表現を彼がどこから仕入れたのかと少し驚いたが、同時に、言葉の力について深く考えるきっかけを与えられた。 私は最近、特に詩に心を惹かれる。無論、詩であれば何でもいいというのではない。「芸術とは省略である」と言われるように、徹底的な吟味を経て余分な言葉が省略され、こそぎ落とされて、「どうしてもそこになければならない」言葉だけが溢れ出たような透明な詩が好きだ。例えば、12月10日の説教で引用した島崎光正の作品。 「私の言葉が、私をむしり取る。 私の言葉の中には私の肝臓の一部や腸や爪が入っている言葉は私自身なのだ」(中略)「堪え切れなくなった魂が言葉に載って溢れ出る。私の中の不断の愛と苦痛の堆肥!あの中

「受難と復活の予告」

 来週から、主イエスの受難を記念する「受難節」(レント)が始まる。今日はその直前の日曜日。説教テキストにこの個所が選ばれたのは、このためであろう。 どの福音書でも、「イエスの受難」という事実の反響は全体を通じて通奏低音のように響いている。これは、既にクリスマスの記事から始まっている。福音書を書いたのは、十字架と復活の出来事に深い印象を与えられた人々だから当然のことだが、その中で、受難の運命をはっきりとした言葉で予告している個所が三つある。ルカの場合、9章21節以下が最初だ。「自分の十字架を背負って私に従いなさい」という命令と結びつけて、詳しく書いている。次が9章44節で、ここではごく簡潔に暗示するに止めているが、今日の18章31節以下では再び要点を省略せずに記している。 受難と復活は三度

「地に落ちた一粒の麦」

 良く知られた「一粒の麦」の話である。言うまでもなく、この「一粒の麦」とは、主イエスご自身のことだ。彼が死ぬことによって、多くの命を生み出すもとになったという意味である。その後の人類の歴史に照らしてこれが真実であることを、我々は知っている。 しかし、私は今日、我々の心の中にある一つの恐れに注目する所から出発したい。 我々は、「一粒の麦」になることができるだろうか、「自分の命を投げ出して他者を救うなどということは自分にはできそうもない」という恐れを持っている。この恐れに縛られて、我々はいつの間にか声高に「難しさ」を言いたて、それを言うことが人間の誠実さの証しであるかのように、「そんなことは不可能だ」と論じるようになる。これは、良い傾向ではない。 先週の日曜日の夜、NHKで「憎しみを超えら

「弟子の足を洗う主イエス」

 「イエスは、この世から父のもとへ移るご自分の時が来たことを悟り」(1)とある。十字架の上で死ぬ日が迫っている。この時に、彼は「世にある弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」。印象的な文章だが、翻訳については不満がある。「この上なく」というのは意訳で、焦点が少しぼけているように思われる。昔は「極みまで」と訳されていて、その方が良かった。 元々ギリシャ語では「テロス」という言葉がここで使われていて、これは「ある状態の極限、あるいはある行動の限界」という質的な意味と、「最後」という時間的な意味と、二重の意味を持つ言葉と言われている。 イエスはご自分の死が近いことを悟って、時間的な意味で「最後まで愛し抜かれた」。だが同時に、質的な意味でも「ぎりぎりの気持ちで極限まで愛された」のである。この

「中国教会の苦難と復活」

 「中国にも教会がありますか。クリスチャンがいますか」。私は日本に来てから、よくこのように聞かれました。今日、まず皆様方に知らせたいのは、中国の地には教会が確かに存在しているというニュースです。今、中国にはかつてない程数多くのクリスチャンがいます。そして、彼らは、さまざまな困難を乗り越えながら教会の再建に努めています。 中国キリスト教の歴史は、ペルシアから来たネストリオス派の宣教師・阿羅本により635年に唐の都・長安に伝えられた「景教」にさかのばりますが、キリスト教と中国文化との最初の接触から今日に至るまでの道程は決して平坦なものではありませんでした。その歴史は1360年余りを数えるほどになりましたが、中国文化との接触、衝突、融合が断続的に4度にわたって行われました。すなわち、第1回は唐の時

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