教会の暦によりますと、今日は終末前主日にあたります。次週が収穫感謝の聖日であり、同時に本年度最後の日曜日で、終末主日となるわけです。そしていよいよその次にはアドヴェント(待降節)を迎え、私たちは喜びに包まれたクリスマスの季節に入ります。私たちの教会ではあまり聞き慣れていない言葉ですが、終末日とか終末前主日とは一体どういう意味をもっているのでしょうか。教会の歴史を紐解くと、終末に関わるこれらの日々が大変、重んじられた時代がありました。イエスが亡くなられた直後の初代教会は正にそう言う時代でした。パウロの初期の手紙、例えばテサロニケの信徒への手紙にも終末の日を待ち望む信徒へのメッセージがパウロによって記されています。4章15節以下ではこう書かれています。「主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残る私たちが、眠りについた人達より先になることは、決してありません。すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主ご自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、私たち生き残っているものが、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、私たちはいっまでも主と共にいることになります。ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。」このあとで直ぐパウロは先程お読みしたマタイ福音書25章の譬話と同じように、「盗人が夜、やってくるように」主の日がやって来ることを、テサロニケ教会の人々に思い起こさせています。初代教会の人々は主の日、終わりの時を真剣に待ち望んでいた様子がパウロの手紙からも良く分かります。現在、私たちは二つの理由で、この事への関心を失っているように思います。第一は、初代教会の人々が当初、予想していた様に終わりは性急にはやって来なかった、と言う事です。ですから、ルカ福音書記者は、使徒言行録1章7節で、主の言葉から新しいメッセージを教会に伝えています:
「イエスは言われた。『父がご自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知る所ではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムぱかりでなく、ユダヤととサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。』」
教会はいたずらに指折り数えて終わりを待つのではなく、終わりは神様に委ねて、地の果てまでも、宣教に励むように目標を切り替えているのです。
私たちの教会が終末日を重視しなくなった第二の理由は、終わりの描写が神話的に聞こえるからであります。ラッパの響きに始まる死人の甦り、それに続く生きて終わりを迎えた信徒たちの天国での交わりは、誰も見たことがない世界であって、実証できるものではありません。現代の教会は聖書の語る神話的な記述を切り捨てて、倫理、道徳的な教えをもって現代社会に生き残りを図っているように見受けます。それだけに、教会が暦のなかで、終末日を設け、これを現代にも覚えておくべき事とするのは、大切な意味と役割を持っているように思います。何時終わりが訪れるのか、その有り様は、どのようなものであるのかを、詮索する必要もないほど、終わりを想像することは誰にも容易に出来る筈ではないでしょうか。被造物は全て有限であるからです。そして、被造物の一つである私も、地上の生涯を終わる日が来ます。教会に終末日が設けられている、と言う事は、各人が「終わりへの備え」をしておく、と言う事ではありませんか。 人の人生にも終わりは必ずやって参ります。豊かであっても、貧しくても、高い地位にある人でも、そうでなくても、誰にも等しく訪れるもの、それは死であります。個人の人生ばかりでなく、世界にも、また宇宙にも終わりがやって来るという事を聖書は私たちに伝えています。これは、通常、終末()と呼ばれています。とは ギリシャ語で「終り」と言う意味ありますから、全てのものには終わりが訪れると言う事実を指しています。ただ、聖書は終わりを恐ろしい裁きの時と見るばかりではありません。終わりは救いの完成する日、神の正義が、あまねく行き渡る日、従って、喜びの日でもある、と言うことを聖書は伝えています。 先程、お読みした「10人の乙女の譬話」は正に終末への備えを教えているイエス・キリストのお話しであります。教会は聖書の、この箇所を終末日に近い聖日に取り上げて、読むような習慣を持ち続けて来ました。(礼拝の典礼でも、前奏曲はバッハのBVW645番のWachet aufが演奏され、讃美歌も「起きよ、夜は明けぬ」が用いられて来たのです。)この譬話では私たちが終末を迎える心構えが記されているからであろうと思います。この譬話では、また、神の国が花婿と一緒に過ごす祝宴の席に譬えられています。もし、私たちが主イエスの聴衆と同じように、イエスが譬話でお話しになった、その時代と生活習慣を知っていたら この物語りは更に生き生きと伝わって来るに違いありません。
婚礼は先ず、花婿が昼間、花嫁のいる村と、その家を訪ねるところから始まります。私たちにとっては、実に驚くほかないのでありますが、花婿は相手の村人が集まっている目の前で、花嫁の父親に、結婚が破談になったり、離婚になったり、あるいは、将来、子供が与えられないまま寡婦になって送り返されるような場合に、花嫁とその父親に、如何程かの保証金を花婿が支払う約束を宣言します。その金額が良しとして受け入れられると、花嫁の家では村をあげて祝宴が開かれます。その宴が一段落すると、もう日は暮れていて、今度は花婿側の村人が松明をかざし、花婿と花嫁を先導して花婿の村に帰ってくるのです。そこから、今日の10人の乙女の話へと繋がって行くのです。ところで、あの保証金の交渉は必ずしも一回でまとまるとは限りません。むしろ、長い交渉とやり取りが、花婿と花嫁の父親の間で続けられる方がしばしばであったと言われています。(結婚にまつわるこのような交渉は今でも中近東、とりわけイスラムの世界で行われていると言う事です。)花婿の交渉が難航するほど、花婿側の祝宴は深夜にずれ込んでしまいます。「10人の乙女の譬話」は何と生き生きと婿礼の有り様を映し出していることでしょう。そして、主イエスの話に耳を傾けている聴衆は、花婿の帰宅が遅れている事に、「それは良くある事だ」と、うなずくばかりでなく、花婿と花嫁の遅れを見越して、それぞれが持っているランプの油を用意しておかねばならない事も十分にわきまえていた筈です。そして、これもまた良くある事ですが、用意しておかなければならない事を知っていながら、その通りに用意する人と、それを怠っている人が世に中にはいるものです。花婿が到着した時に(それは終末の時でもありますが)自分の明かりを灯して花婿を迎える事ができなかった乙女は、ついに祝宴の席に連なることが出来なくなってしまいます。
私は子供の頃、この話を聞くたびに不満を持っておりました。このように戸を閉めて、5人の乙女を中に入れなかったご主人はイエス様らしくない!。そして油をまだ持っていた他の人達はどうして、油が足りなくなった人達に分けてあげなかったのか。そのことが、とても不満に感じられて、疑問をそのまま私は母親に投げたことを覚えています。すると、母は、「お母さんも自分の信仰を貴方に分けてあげたいと思っているのに、それが出来ないのは、とても残念なことよね」。こうした返事を聞いて、その時は母親から答えをはぐらかされた様な気がしていました。しかし、今、改めてこの箇所を読んで見ると、母の答えは実に素晴らしく、的を射た内容ではなかったのか、私の未熟さを恥じ入る思いがいたします。しかし、不思議なもので、こうした疑問を抱えて聖書を読んでいると、益々、聖書の奥深さが見えて来るようになるものです。「10人の乙女物語」を、苦労の末にやっと婚礼をまとめて、花嫁を連れて帰って来た花婿と、この若い二人を迎える喜びの話を私たちは忘れてはなりません。この物語を祝宴の話であるよりは、婚宴の外に取り残された哀れな乙女の側に目を向けて、主イエスの譬話に解釈を加えたのは、初代教会の人々です。解釈と元の話との、ほころびを私たちは13節に見ることが出来る筈です。「10人の乙女物語」は、この10人がいずれも眠り込んでしまった訳ですが、この事は物語では全く咎められてはいないのです。にもかかわらず、教会は、13節で「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」と結んでいます。もし、物語りに相応しい結びを付けるとすれば、こう書き改める必要があるようです。「だから油を用意していなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」本来は、やっとの事で祝宴に帰り看いた花婿を村人がこぞって迎える喜びの交わりこそが神の国であった訳でありますが、初代教会は、やっとの事で深夜に帰る花婿を、遅れているキリストの再来・再臨に置き換え、せっかく教会に招かれている信徒が、その遅れに際しても、油、すなわち信仰を持ち続けることを呼びかけた物語りに、譬話が広げれれていったのです。せっかく招かれていながら、主の来臨が遅れたために信仰と言う油を切らしてしまったなら、あの愚かな乙女のように祝宴である神の国から締め出されてしまうであろう。目を覚まして、花婿が何時来てもよいように信仰の備えを怠るな。」
私の母がいみじくも「信仰は分けてあげられないからね」と言った通り、油を信仰として捉え、終わりの時にもなお信仰の火を灯し続けようとする心構えは、母親から伝えられた、心に浸み通るメッセージであります。その大切さを十分に汲み取りながら、なおも、私はあの譬話がそもそも持っていた喜びのメッセージにも胸を打たれる思いがするのです。イエス様から、「この譬話」を聞いて、子供から大人まで、どんな人であっても、誰もが共通して受け取ることの出来たものは何であったでしょうか。それは婚礼の喜びではなかったでしょうか。花婿、花嫁を喜び迎えて、共に歌い、踊り明かす祝宴ではなかったでしょうか。そうして、このような喜びの祝宴こそが神の国である、と主は幼子にもまた、大人にも分かり易く婚礼の譬話でお話しになったのではありませんか。誰もが喜べるように。そして、終わりの時に最も有効に働いて、誰もが喜べるように、そのために油を用意しておこう。イエス様はそのように教えておられるのではないでしょうか。
世の終わり、終末は個人の人生に当てはめて見れば、人生の終着駅、すなわち、固体の死を意味していると、見倣すことが出来るでしょう。死は信仰者にとっては救いが完成する日、主イエス・キリストに瀕と頚を合わせて体面出来る日。肉体は終わっても、私という信仰者の人格はキリストの人格と一つに結ばれて、永遠に生き続ける最初の日、それが信仰者にとって、この世を去る日であります。しかし、それは既に地上で始まっている、と言うことです。キリストと共に結ばれている今、今日この一日は、たとい明日には消滅することが起きたしても、すなわち明日には地上を離れ、天に召されることがあったとしても、また、明日が最後の一日になることを知っていたとしても、信仰者の命には何の変わりもありません。イエス・キリストが先の譬話で祝宴に入る為に普段から油を用意しておきなさい、とおっしゃった、その油とは命の糧、命の根元を指していると見ることも出来ると思います。
今、私たちの暮らしている社会には様々な問題が満ちあふれています。とても楽園、神の国にいるとは思えないのが現実であるかもしれません。私は大学生と毎日過ごしてるのですが、これらの若い人達も沢山の問題を抱えて悩み苦しんでいる様子を見ています。殆どの人は、我が身に降り注いだ災難や不幸に直面して、自分は神様から見捨てられている、と感じています。すべての原因は自分の外に在る、社会のせいである、考えています。私がガンを患った身でありながら、どうして神様を信じることが出来るのか、不思議であると言ってくれる学生もおりました。しかし、問題のない時代はなかったし、また、問題のない人などこの世に存在しないのです。身にふりかかる出来事を不幸と思えばそのようになるものです。しかしイエス様のお話しにあった通り、命の糧、命の根元に私たちが繋がっているならば、私たちにとって、毎日が祝宴であるのです。一つ一つの出来事を、不幸であるとか、呪われているとか、幸運であったとか、自分や世間の物差しで判断するのではなく、命の根元に繋がっているならば、その人は神様から湧いた賜物として全ての出来事を受け止めて、これに意味を見いだす事が出来るのではありませんか。神様の恵みによって生かされていることを受け入れる人は、そのように信じて出来事を受け止めることの出来る人である筈です。また、どんな境遇の中にも置かれている意味と、その中で生きる意味をわきまえています。信仰の第一は、有り難うと神様に感謝を捧げる心であります。これは、あきらめというような消極的な受容ではありません。感謝の応答こそが生きる力になるのです。そして、このような生き方に、教養や聖書の知識が深いかどうかは関係ありません。今の自分を、ありのまま、そのように神様からいただいた恵みとして感謝を捧げ、その恵みに答えて生きようとするだけで良いのです。
世界には様々な問題が満ちあふれています。教育の問題、家庭の問題、民族間の争いの問題など、一見聖書が何の解決も示すことが出来ない問題であるようにみえます。しかし、全ての悪は、命の糧、命の根元から切り離されたところで起きていることが分かります。上原教会の教会学校では、良く「主われを愛す」と言う子供賛美歌を歌いました。いまは、教会から離れていても、曾ての生徒であったなら、この歌は決して忘れることが出来ない歌であると思います。この歌の持つ意味は年を重ねるごとに深まって来るように私は感じています。「われ主を愛す」ではなくて「主われを愛す」と歌われているのです。なんていう素晴らしい告白ではありませんか。主が私を愛して下さった。それはどんな状態の中に在っても、私を愛して下さった。だから、その愛に応えて私も帝望をもって生きて行こう。信仰、希望、愛、これら三つのなかで最も大いなるものは愛である、とパウロも述べています。
「人はそれまで自分が生きてきた様に、死んで逝く」ものであります。日ごろ、不満だらけの生活をしてきた人は、最後の所でも、不満を人々に投げ付けて死の床について逝くのです。
「黙々と耐えて生きて来た人は、終わりの所でも無言のまま諦念、あきらめの境地を哲人のように耐えて世を去って参ります。日本ではこのような最後こそ、立派な終わりであると考えられています。日ごろ、感謝と喜びを神様に、また周囲の人々に現して釆た人は、終わりの時にも、感謝と喜びの中で天に揚げられて参ります。どのような最後を迎えるかは、どのように、今を生きるのか、にかかっています。
昔の人々は終わりの時は、審判の時でもあると考えて、大変恐れていました。聖書の中にもそうした記述がない訳ではありません。ヨハネの黙示録という新約聖書では唯一の文学作品がこれに当たります。私たちは、このことを、こう考えたいと思います。もし、審判があるとすれば、それは、今すでに現れていて、終わりになると一層はっきりする事である、と言うことではないでしょうか。「人は、それまで自分が生きて来た様に、死んで逝く者である」、とはそう言う事実を指しているのではないでしょうか。
たとい、明日と言わず今がこの世の終わりであっても、主イエスと共に祝宴の交わりに生きる私たちは、希望と喜びをもって、その終わりの、婚礼の祝宴に生き続けるのであります。福音は死の陰の谷を歩んでいる時も、死の床にあっても、世界が崩れ去る世の終わりであっても、葬儀のさなかでも、救いの喜びに私たちを招き入れてくれる御言葉であることを共に覚えて、信仰の松明を人々の前に輝かせて行こうではありませんか。
アメリカの哲学者、レオ・バスカーリアが書いた「葉っぱのフレディ」は2年前(1998年10月)に出版されてから、ベストセラーを続けて、ついにこの夏、100万部を越えたと伝えられています。ベストセラーを続けている理由を、翻訳者の"みらいナナ"さんは、童話なのに、この本は子供達ばかりでなく、大人たちが、それも、中年や老人ばかりでなく、若い人たちが読んでくれているからである、と指摘しておられました。カトリックの哲学者であるバスカーリアは、アメリカで現在進行中のDeath Educatlon(死への準備教育)になるように、子供と大人向けに書いた様子を本の序文から推察する事ができる様に思います。そこには、こう記されています。
「この絵本を、死別の悲しみに直面した子供たちと、死について的確な説明ができない大人たち、また死と無縁のように青春を謳歌している若者たちへ送ります。」
生きるとは、どう言うことだろう。死とは何だろう。著者は宗教用語や、哲学的な言い回しを用いないで、絵と物語で訴えたのは大成功であったと思います。人は誰一人自分だけで生きているのではありません。葉っぱのフレディがそうであったように、大きな幹に繋がる枝から生まれると言うことです。関わりの中で生まれ、関わりの中で生きて行くのです。そして死も、全ての終わりであるように見えながら、決してそうではありません。人は関わりの中で死んで行くのであります。バスカーリアが「葉っぱのフレディ」を書くにあたって、彼は恐らく、ヨハネ福音書15章を思い起こしていたに違いないと、私は考えています。「ブドウのフレディ」が「葉っぱのフレディ」に変身して行く様子が分かるからであります。「生きるとはどういうことか。」、「死とは何だろう」、と言う問いかけそのものが聖書のテーマに叶っているからです。ヨハネ福音書に記されたイエス・キリストの「ブドウの木の譬話」とバスカーリアの「葉っぱのフレディ」とを比べてみて、「葉っぱのフレディ」に一つだけ欠けている存在があります。それは木を手入れする農夫の存在です。「私は真のぶどうの木、私の父は農夫である」。実は「葉っぱのフレデイ」の中にも「父」と呼ばれるケアラーの存在が表されているのですが、この翻訳では、それほど明らかには示されておりません。でもバスカーリアはフレディが枝を離れて地面に降りるまでの、僅かの間で、実に感動的な体験をした事が記されています。
「フレデイは空中にしばらく舞って、それからそっと地面におりて行きました。そのとき、はじめてフレデイは、木の全体の姿を見ました。なんて、がっしりした、たくましい木なのでしょうか。これならいっまでも生き続けるにちがいありません。フレデイはダニエルから聞いた"いのち"という言葉を思い出しました。いのちと言うのは永遠にいきるのだ、と言う事でした。」
ここで初めて永遠と言う言葉が登場しています。人生の最後の場面で私たちは絶対者と出会うことが許されるのです。それは紛れも無く、バスカーリアがカトリック信者として表した告白であるように、私には思われます。死を自然の出来事として捉えることは、救いの一つになり得るでしょう。作品の中で、この所に共感する読者が大勢いると聞きました。
秋を迎えて、葉っぱが続々に抜から落ちて行くのをフレデイは耐え難い思いで見つめます。そしてダニエルにそのことを尋ねます。ダニエルは『みんな、引っ越しをする時が来たんだよ』、と答えます。『死ぬ、って言うことでしょ』、と言い返したフレデイは落ちて行くことを怖がっています。するとダニエルは『まだ経験したことがないものには、怖いと思うものだ。でも、考えてごらん、世界は変化し続けているんだ。変化しないものは一つもないんだよ。死ぬと云うのも変わることの一つなのだよ」。
「葉っぱのフレデイ」の読者が、その時点に止まっているならば、聖書が備えている豊かな恵みには、未だ届いていないと思います。J.S.Bach の作品には数多くの「死」をテーマにした作品があります。例えば、「来れ、甘い死の時よ」(カンタータ161番:オルガン曲BVW643)があります。第一曲ではこう歌われています、「来れ、甘い死の時よ。私の別れを甘いものとする救い主に、私が口づけする時、私はこの邪悪な世に別れを告げたい。私は喜び憧れる。おお、イエスよ。どうかすぐに来て下さい。」そのほかの作品でも同様です。「ああ、いかにはかなく、いかに虚しいか」(BVW26オルガン曲BVW644),「ただ、愛する神の力に委ねる者は」(BVW93:オルガン曲642番),など全て死を乗り越えて生きる信仰を力強く歌っています。(その他にも同様の作品ではBVW:27,84,88,166,179,197などを挙げる事が出来ます)。
このように終わりの時は、信仰を持つ者に取っては、今まで信じ、愛し、慕ってきた神とその御ひとり子とにまみえる、喜ばしい時であります。それは肉体の痛みや、離別の悲しみを乗り越えて、主なる神と合い会する至福の時であります。
アドヴェントの前の、終末日には第二のアドヴェントと云うもう一つの名前がつけられています。それは私たちが第一のアドヴェントとしてクリスマスがあって初めて喜び迎えることの出来る終わり、これが第二のアドヴェントであるからです。クリスマスを感謝して迎えた上で、これによって始まった新しい一年を生きながら、迎える終わりの時、それは神様に収穫の鎌を入れて戴く時ではないでしょうか。来週は終末日であると同時に収穫感謝の日でもあります。刈り取られた作物は、一旦は死ぬのです。人生にとって最後に訪れる死は、神による収穫にたとえられて来ました。私たちが刈り取られた時に、身につけている実り、それは信仰であると云うことを、先週、召天者記念礼拝で、すでに刈り取られた人々が私たちに残してくださった収穫によって私たちは確認することが出来たのではなかったでしょうか。今私たちは一年中で、最も恵まれた、大切な季節を迎えています。それぞれの信仰に刈り取られる準備をしておくこと、そして、その上で新しくクリスマスを迎えるのです。今は、主の到来の準備として、それぞれが、この一年で頂いた恵みに相応しい信仰の実りを目一杯に身につけて終わりを迎える事であります。何時刈り取られる日が訪れても良いように。
代々木上原教会は私に、神様の愛が全てに先立ってあることを、最初に教えて下さった、私の心の古里であります。神の愛に生きる祝宴が日曜日ごとに確認され、分かち合われ、感謝と喜びをもって、これからも営まれて行くことを、私は確信しています。そして、この教会が病める今の時代にあって、多くの人々の憩いの場となり、救いの砦としての働きが出来ますように、とりわけ、次世代の日本を担う小さな子供達に、私が湧くことの出来た恵みを、これからも伝え続けることが出来ます様、神様の御祝福を祈る者であります。
天の神様:
あなたが、招いておられる喜びの祝宴に、今日もこうして集わせて下さった恵みを覚えて心より感謝いたします。どうか、私共の生活全体が、あなたの招きに応える賛美と感謝であることが出来ますように。望みなく、滅びの潮に立っているように見える中にもなお、あなたが共にいまし、愛の御手をもってそれぞれを支え、導いておられることを信じて、信仰の内を歩ませて下さい。あなたによって一つに合わされて4年目のクリスマスに臨むこの代々木上原教会が、村上先生の良いご指導を得て、集う私たち一人一人が力を合わせてなお一層、あなたの御栄えをあらわす働きが出来ますよう、祈ります。教会に連なる全ての人々の上に、あなたの限りない御慈しみを豊かに備えて下さい。
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
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