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決算の日”

今日は、聖書が教える決算の日について考えてみました。皆さんも一緒に考えてみてください。 巨大なトウモロコシ畑に一匹のクモがいました。それは大きなクモで、トウモロコシの茎の間に綺麗なクモの巣を作りました。そのクモはクモの巣に引っかかるすべての虫を食べて大きく太っていました。彼(クモ)はその家(クモの巣)が大好きで、そこで残りの生涯を送ろうと思っていました。 ある日、クモはそこで小さな虫を捕まえました。彼がその小さな虫を食べようとしたとき、虫が言いました。「もし逃がしてくれたら、君の命を救う大事なことを教えてあげるよ」。クモは気になり、しばらく考えて、続きを聞きました。小さな虫は言いました。「君はこのトウモロコシ畑からすぐに出るべきだよ。もうじき収穫期が来るから」。 クモは笑って言いました。「そ

“心のゆとり”

今日は、“心のゆとり”ということを考えてみました。ノートルダム清心学園の理事長である渡辺和子先生の著書には、心に残る数多くのエッセーがありますが、その中の一つに「2%の余地」というエッセーがあります。そして、そこにこのような示唆に富んだ言葉が記されています。「信頼は98%。あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておく。この世に完璧な人間などいない。心に2%のゆとりがあれば、相手の間違いを許すことができる。」渡辺先生はあるとき、学生に、「お父様を亡くした友だちに何と声をかけてやったらいいでしょうか。シスターだったら何と言われますか」と聞かれたそうです。そこで先生は、「ただ傍にいて手を握ってあげていたらいいと思う。何をいったら相手が慰められるだろうかじゃなくて、あなたの、本当に相手を想う

ゴミ捨て場の思考”

今日は、‘ゴミ捨て場の思考’ということについて考えてみました。 ある哲学者が、「あなたが現在の状態にあるのは、あなたが意識的にせよ、無意識にせよ、それを望んだからだ」と言いました。この考えには、もちろん例外はあるとして、基本的に私は賛成です。 以前、私がまだビジネスマンのころ、ロサンゼルスから車で二時間ほどの郊外にある会社を訪ねたことがありました。その会社は分かりづらい所にあって、最初は100人中98人までが迷うそうで、途中で分からなくなったら電話を下さいということでした。しかし、私は方向感覚には比較的自信があったので、100人中の2人になろうと思って行きました。 ところが、途中で道路工事が行われていたので、私は止む無く別の道を通ることになり、そのために(?)完全に道に迷ってしまいました。約

”お母さん、死ぬって、どんなこと?”

今日は、‘死’ということについて考えてみました。ある一人息子の少年が不治の病にかかっていました。来る日も来る日も、母親は、医者が診断した怖い最後に息子が気づかないことを期待しながら、優しく彼を看病し、本を読んで聞かせ、一緒に遊んであげました。しかし、時が経つにつれ病状は悪くなる一方で、彼も次第に窓の外で遊んでいる他の男の子たちのようにはなれないことを考え始めていました。そして小さいながらも、死という言葉の意味を理解し始め、また自分が死のうとしていることも子供ながらに知っていました。 ある日、少年の母親は彼に、ランスロットとグイネヴィアとアストラットのエレイン、そして、多くの騎士が死を迎える最後の栄光の戦いなどが描かれた ‘アーサー王と円卓の騎士’という感動的な物語を読んで聞かせました。 彼女

LVJCC 役員会の紹介

今回のブログは、ラスベガス教会の役員会の紹介です。現在、当教会の役員会は、鶴田牧師と名の役員で構成されています。名の役員は、松岡幸男兄、松岡みどり姉、倉田薫姉、けい・ソレンティーノ姉、優子コールマン姉、香織バンクス姉です。役員会は、教会総会によって任命を受け、聖書に基づく教会運営を教会員を代表して委ねられているわけですが、具体的な働き以前に何よりも大切なことは、役員一人ひとりが神様を第一にした信仰生活を通して教会員の見本になっているということです。その意味では、それぞれの役員が、その置かれた立場で主に自分を捧げ、神様を第一にして信仰に励んでおられることは本当に幸いなことです。役員会の主な働きは、教会の七つの目的に準じて構成された10の委員会の運営で、牧師と役員が手分けをして委員会の運営を担当

どうすれば賢者になれるか”

今日は、どうすれば賢者になれるかを考えてみました。 世界で最初のクリスマスの出来事です。聖書にこう書いてあります。 イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。(マタイ2:1-2) もしあなたが賢者になりたければ、あの東から来た三人の博士たちがした事と同じ事をすればいいのです。 彼らは真理の探求者でした。彼らは本当に真理を知りたいと願っていました。彼らは、神に関する真理を知ることを後回しにしませんでした。 彼らは何と尋ねているでしょう。「ユダヤ人の王としてお生まれになったかたは、どこにおられます

天国は私の心の中に リー・ソンボン牧師

去る礼拝メッセージは「絶対希望の幸福」ピリピ人への手紙3章10節―12節でした。メッセージの中の「復活信仰に生きる者の生き方」という箇所で例話として登場されたリー・ソンボン牧師を今日のブログでご紹介させて頂きます。「韓国のムーディ」と呼ばれる‘リー・ソンボン’牧師先生は、1950年月25日の韓国戦争の時、木浦(モクポ)で避難生活をしました。食べ物がないので、やっとお粥をお匙3杯で辛抱しながらも、共産党の治下で熱心に福音を伝えましたが、遂に捕えられて共産党の内務署(察署)に拘引されて審問を受けました。北朝鮮のパルチザン(遊撃隊)によって恐ろしい拷問を受けながら、‘リー・ソンボン’牧師先生は取調べを受けました。その時、共産軍の指揮官が拷問の現場に入って来て居丈高に取調べを始めました。「おめぇはイ

幸せは選択である”

今日は、‘幸せは選択である’ということについて考えてみました。前回は、‘人生は選択である’というテーマで、自分の人生は自分が自由に選び、決めることができるということを書きましたが、今回は、自分の感情も自分が選び、決めることができるということで、幸せもまた自分の選択であるということを考えてみます。神が人間に与えられた素晴らしい賜物の一つは自由意志です。自由意志がなければ人間は動物のように本能という枠の中でしか生きられない存在だったはずです。しかし、人間には自由意志が与えられているので、すべてのものを自分で『選択』する自由と特権があるのです。この‘選択’の自由は、人間の心の力を最大限に発揮させる強力な道具であり、素晴らしい技、また優れた癒しの手法でもあります。‘幸せは選択である’と言われるとおり

2012年夏・超教派リトリートへ

(2011年 南カルフォルニア・クリスチャン・リトリート)2012年7月23(月)~25日(水)にSCCR(南カルフォルニア・クリスチャン・リトリート)が開催されます。場所は昨年と同じAyres Hotel & Suites。メイン講師にミラノ賛美教会の内村信之牧師をお迎えいたします。また、2012年のリトリートの主題・副題は下記となります。主題:キリストの心を心とする (ピリピ2:5)副題:召しにふさわしく歩もう (エペソ4:1)昨年の参加者は115名でしたが、今年は150名の参加者を目標に活動しておられます。そのために色んな素晴らしい企画が用意されています。今年も、素晴らしい賛美、メッセージ、バイオリンコンサート、充実した分科会の学び、意義深いスモールグループの交わり、また多くの教会の方

新会堂へ移転しました!

(上:新会堂外観 下:内観)ラスベガス日本人教会は2013年8月4日(日)から下記で礼拝を行います。ここは主が与えてくださった場所であり、教会発足時から祈り続けてきた祈りが聞き届けられ、教会堂購入の夢が叶えられました。ハレルヤ!ラスベガス日本人教会 Las Vegas Japanese Community church1800 E.Desert Inn Road Las Vegas, NV8919 (MAP)(Desert Inn & EasternとMarylandの間)                (旧会堂:感謝を込めて最後の清掃)当教会は2002年3月Haword Johnson Hotelの会議室から始まり、2002年12月にサハラにあるコマーシャルセンターに移り、2005年5月に

神様の同労者 エイブラハム・リンカーン

「さばいてはいけません。さばかれないためです」マタイ7:1(大統領就任式でリンカーンが引用した聖書箇所)第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンは信仰の人であった。リンカーンは大統領就任式の席に小さな古い聖書を持って現れ、このように告白しました。「この古い聖書は、母から私に受け継がれた聖書です。私はこの聖書によって大統領になり、この場所に立つことができました。私は聖書のみことばによってこの国を治めることを約束します。」この告白どおり、リンカーンは一つの国を治めるのに、聖書(信仰)を土台として築きあげ、また祈りによって絶えず神様の導きを求めました。リンカーンが大統領に就任して間もなく、南北戦争が始まりました。この戦いで、リンカーンは宿敵と言われていたエドウィン・スタントンを陸軍長官に任命

心のインフルエンザ”

今日は、“心のインフルエンザ”ということを考えてみました。人生において、人は誰でも“赦し”という課題と取り組まなければならない経験をします。問題の大きさ、それに対する怒り・憎しみの大きさは千差万別ですが、誰もがこの課題を抱えており、この課題にどう対応するかで人生は大きく変わるものです。赦せない思いは、私たちの中に、いわば“心のインフルエンザ”を患わせ、憎悪の思いを持続させながら私たちの心から幸福と平和を奪い去ってしまいます。したがって、人を赦すということは、まず自分の幸福ために絶対に必要なことなのです。ところが、それが分かっていても、そう簡単にできないのが“赦し”です。私たちの生まれながら性質には、本来それを実行する力がありません。そこでまず私たちは、“赦し”が感情の行為ではなく、意思的な行

生きるためのチャレンジ”

今日は、“生きるためのチャレンジ”ということを考えてみました。皆さんの中に、今、辛く悲しい試練に遭遇し、失望と落胆のうちにおられる方がいらっしゃいますか。そんな方に少しでも励ましと慰めを与えることができればと思います。 カリフォルニア大学バークレー校が、アメーバを使って次のような実験をしたそうです。アメーバを全くストレスのない完璧な環境の中に置きます。理想的な温度、湿度、そして豊かな栄養。つまり、アメーバは全く環境に順応する必要がないのです。さあ、このアメーバはどうなったでしょう。“幸せなアメーバ”と思われるかも知れませんが、そうではありませんでした。このアメーバは死んでしまいました。すべての生物に共通することは、生きるためにはチャレンジが必要であるということだそうです。アメーバでさえも例外

生きがい”

今日は、"生きがい"ということを考えてみました。心の中にぽっかりと穴があいているような虚しさ・・・・、これは誰もが感じたことのあるものではないでしょうか。どんなに豊かな生活をしていても、あるいはどれだけ能力があって、自分のしたい事を出来ていても、それだけでは満足できない・・・、それが人間というものではないでしょうか。いかなる動物も"生きがい"を求めて悩んだりしません。人間だけが、生きがいを求め、生きる目的や意味を考えるのです。なぜでしょうか? パスカルは『人間の心の中には神によってでしか埋められない真空状態がある』と言いましたが、神との愛の関係を持つように造られた人間は、神との愛の関係を持つまではその心が満たされることがないからです。今から3000年ほど前、栄華を極めたイスラエル王国のソロモ

神への従順”

今日は、‘神への従順’ということについて考えてみました。 「ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った」(創世記:22) もし神があなたに巨大な船を造るように言われたら、あなたは質問や異議や条件を神に言われるかも知れませんね。しかし、どうでしょう。ノアはそういうものは何も言いませんでした。たとえ世界が大雨を経験したことがなくても、彼は無条件に神に従い、山の上で巨大な船を造ることをしたのです。 従順とは、神が言われることは何でも、無条件に、躊躇せず、行なうことを意味します。先延ばしをして、「祈って考えます」などと言わず、すぐにするのです。親であれば誰でも、‘あとでするから’という従順は不従順であることを知っていますね。 私たちは、しばしば神に対して、部分的に従順であろうとします。

牧師室より # 3

今日は箴言19章21節を瞑想しました。 『人の心には多くの計画がある、しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ。』(箴言19:21) クリスチャンの誰もが問うことのひとつは、どうすれば神の御心を知ることができるかということです。皆さんもそうですか? その信仰生涯で5万回も祈りが聞かれた経験をしたジョージ・ミューラーは、神の御心を確かめる方法として次の六つの要素を挙げています。 1.あなた自身の意思を神に明け渡す。問題、課題に対して、自分の意思を持たないということです。多くの場合、私たちは問題解決にしろ、自分の進路にしろ、既に自分の考えを持ち、その道が開かれることに固執しやすいものです。そういう状態では神の御声に耳を傾けることなど不可能です。 2.感情にたよらない。人間は感情の生き物ですから、自分が

主はよみがえられた”

皆さん、ハッピー・イースター! 日本への伝道旅行のために“牧師室より”のメールメッセージをしばらく休んでおりました。お陰さまで無事に伝道旅行から戻ることができました。皆さんのお祈りを感謝します。今朝はイースターのせいか、時差ぼけ(?)のせいか、4時に目が覚め、これからの歩みを祈り求めながら主の復活にまつわる四福音書の御言葉を読んでみました。この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。・・・・・(マタイ28:5-)イースターは、イエス様が私たちに自由を得させるために死に勝利されたことを祝うものです。主は、私たちが天の御国に加わる

エルサレムの第三神殿」

今日は、’エルサレムの第三神殿’のことを考えてみました。数週間前に、Breaking Israel Newsでこのような見出しの記事を目にしました。Sanhedrin calls on Trump and Putin to build third temple in JerusalemSanhedrin calls on Russian president Putin and US President-elect Trump to join forces to rebuild the Jewish Temple in Jerusalem.これは201年11月10日付けの記事ですが、この記事によると、サンヒドリンは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と米国の次期大統領ドナルド・トランプに、エ

詩篇119篇32節の黙想

詩篇119篇32節の黙想「私はあなたの仰せの道を走ります。/あなたが私の心を広くしてくださるからです。」(詩篇119:32)詩篇119篇32節は、信仰の旅において神の律法への愛と従順がどれほど重要であるかを示しています。この御言葉は、神が私たちに与える霊的な自由と、その教えがもたらす解放感を表しています。まず、この御言葉にある「道」とは、神の律法や教えを指します。詩篇119篇は、律法への愛とその律法に従うことの重要性を繰り返し語る長い詩篇です。この「道を走る」という表現からは、単なる歩みではなく、情熱と献身の思いを持ってその道を進む様子が伺えます。イザヤ40章31節でも、「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。」と述べられて

祝福の法則”

今日は、”祝福の法則”について考えてみました。あなたは、神が人を祝福される時には、ある法則があることをご存知ですか?それは、神は人を「祝福の器」として祝福されるという法則です。「器」というのは、料理をのせる食器のように、他のものを運んだりするときに用るものです。つまり、「祝福の器」とは、神の祝福を他の人に運ぶために用いられる道具だということです。 
信仰の父と呼ばれるアブラハムは、その人生において、多くの富を得た人でしたが、それはアブラハムが自分だけの祝福を願ったからではありません。彼は神の約束の言葉を聞いたとき、その神の言葉を信じて、言われた通り、遠い見知らぬ土地に移り住みました。それは彼が75歳の時でした。その神の約束の言葉というのは、アブラハムだけを祝福するという約束ではなく、アブラハ

The Cross Pendant

He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel

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Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......

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