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励まし”

今日は‘励まし’ということを考えてみました。 私の高校時代の同級生、また柔道部で‘同じ釜の飯を食った’池田隆蔵君の著書の一つに‘心の杖’という本があります。突然の交通事故で頚部の脊髄を損傷し、首から下が完全に麻痺した彼は、教え子たちに励まされながら死に物狂いでリハビリに励み、再び子供たちの待つ教室に戻るのですが、この本は、その筆舌に尽くしがたい苦しみの中で子供たちの真実な愛に触れた著者の感動と感謝の思いを綴ったエッセイ集です。その中に‘世界一の卒業式’というエッセイがあります。ご紹介します。 世界一の卒業式平成四年三月吉日、私のクラスの子ども達の卒業式の日だった。教え子達は、その卒業式の前日まで負傷した私を見舞いに病室へ来てくれた。彼らは口々に「あしたの卒業式、来てよね。車いすでもいいけんね

遅刻をする人の心理”

今日は ‘遅刻をする人の心理’について考えてみました。“Time is money” (時は金なり)と言われるように、時間を大切にし、無駄な時間を過ごさないようにすることは豊かな人生を送る重要な要素です。当然、時間を守るということも時間を大切にすることであり、時間を守れない人は周りからの信用を失い、仕事にも大きな支障をきたすことになります。勿論、このようなことは誰もが分かっていることで、「時間は大切で、遅刻は良くない」と思っているのですが、それでも遅刻をしてしまうという人がいます。では、なぜ、良くないと分かっているのに遅刻をしてしまうのでしょう。それは、無意識のレベルで遅刻をするような心理が働いているからなのです。たとえば、その一つの心理は罪悪感です。罪悪感の強い人は、心のどこかで「自分はダ

たとえ死んでも生きる”

今日は、”死後の世界”のことを考えてみました。先週、ラスベガス教会の若き姉妹が天に召されました。将来が楽しみな一生懸命に生きる人でした。しかし24歳の若さで地上の生涯を閉じるということは、どう考えてもあまりにも早いとしか言いようがありません。ましてや、愛する娘を亡くされたご両親にしてみれば、その悲しみは測りがたく、どんな慰めの言葉も役に立たないかも知れません。ただ神が下さる天からの慰めだけが、お二人を慰めることができることでしょう。ところで、聖書の中にイエス・キリストのこんな言葉があります。「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」(ヨハネ11:25-2)イエス・キリストは

弱い人の弱さを担う”

今日は、”隣人に対する責任”ということを考えてみました。「自分自身を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」とは、聖書の中で最も大切な教えの一つです。また聖書は、「わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さを担うべきである」と教えています。世の中には、人知れず負いきれない重荷を背負って生きている人々がいるものです。そういう現実の中で、もし私たちクリスチャンが、自分のように隣人を愛し、強くない人たちの弱さを担うことを心掛けるなら、多くの人を救うことができるかも知れません。先日、こんな記事が目に留まりました。2006年2月1日、京都市の桂川河川敷で、冷たい雨の降りしきる中、2人の血まみれの男女が発見された。女性の方はすでに死亡していたが、男性の方はまだ息があった。無職片桐康晴被告(当時54歳)と、その母

賀川豊彦”

今日は、日本が生んだ偉大な人物‘賀川豊彦’のことを考えてみました。 明治42年12月24日、神戸。当時日本最大のスラム街だった新川に一人の青年がやって来ました。彼は、貧しい人たちと寝食を共にし、自分の持ち物をすべて彼らに分け与え、神の愛を人々に説きました。その青年の名は賀川豊彦。日本が生んだ偉大なキリスト教伝道者、また文筆家であり、労働運動、農民運動、政治運動、文化運動において多大な影響を世界に与えた賀川豊彦の生涯は、「彼は、惜しみなく与えた」という言葉に尽きます。 賀川豊彦は、1888年7月10日、神戸で「妾」の子として生まれました。辛く淋しい子供時代を過ごした彼にとって、勉強して優等生になる以外に人に認めてもらう方法はなく、彼はひたすら努力し、非常に優秀な成績で中学に入ります。 中学2年

“人生は思い描いたとおりになる”

今日は、“人生は思い描いたとおりになる”ということを考えてみました。あなたは自分の人生を変えたいと思われたことはありませんか?きっと多くの人がそう思われた経験をお持ちでしょう。では、あなたの人生は、願うとおりになりましたか?それとも、願うようになりませんでしたか?もちろん、自分の願うとおりに人生が変わっていったという経験をお持ちの方もおられるでしょうが、多くの方があまり変わらない人生を歩んで来られたのではないでしょうか。それでは、なぜある人の人生は願うとおりに変わり、またある人の人生はそうならないのでしょうか?それは、心に思い描いているものが違うからです。つまり、こうなると心に思い描いていることと、こうなればいいなと願っていることとは、似て非なるものなのです。ニュ-ヨ-クの或る家庭に小児麻痺

主は真実な方

今日(11月1日)は実に記念すべき日である。ラスベガス通りに与えられた新しい会堂で第一回目の礼拝が持たれたからだ。何でも初めというのは、期待に胸が膨らむと同時に、心の引き締まる思いがするものである。 ラスベガスの教会開拓が始まってもうじき7年、また教会設立から数えて年3ヶ月、振り返れば何と多くの戦いがあったことかと思う。しかし、私たちの主は常に真実で、開拓当初の御言葉の約束を今日まで守り続けて下さった。  思えば、まだ家内と私が、ラスベガスの教会開拓のために、ロサンゼルスから片道500kmの道を毎週通っていたとき、砂漠の中を走りながら、主はイザヤ書43:19の御言葉を示して私たちを絶えず励まして下さったのだ。 『わたしは荒野に道を設け、砂漠に川を流れさせる』 知り合いもおらず、右も左も分から

神様の数学”

今日は、‘神様の数学’について考えてみました。人類に与えられた最高の贈り物である‘聖書’を読むと、この世の数学と異なる‘神様の数学’とも言うべき、素晴らしい結果を生み出すための原則が記されています。たとえば、私たちは愛されることを切望しながらも、思うように愛してもらえない経験をします。人からの信頼を得たいと願いながら、信頼を失うことがしばしばです。つまり何かを得ようと努力する反面、失うことを経験するのです。そういう現実の中で、聖書は、愛されることを求める代わりに愛することを、得ようと努める代わりに与えることを勧めながら、愛することが愛される道であり、与えることが得る方法であると教えています。つまり、自己中心ではなく他者中心(神中心)の生き方こそ、私たちに良い結果をもたらすのであるということで

すべての事に感謝します アシュリー・ヘギ

(11歳のアシュリーさんと母ロリーさん)プロジェリア症候群という病気をご存知ですか?この 病気は普通の人の8~10倍の早さで歳をとっていく病気です。プロジェリアは遺伝子異常による病気で、800万人に1人の割合で発生し、世界で30~40人の方が発症しておられ、平均寿命は13歳位と言われています。今のところ原因がわからず、治療法も発見されていないという難病です。カナダで生まれたアシュリー・ヘギさんもこの難病を持って生まれました。すでに日本で何度もTV放映をされているので、アシュリーさんの事をご存知の方も多いと思います。そして、アシュリーさんを通して、多くの方が生きる励ましを受けました。平均寿命は13歳と言われていましたが、アシュリーさんは17年の人生を神様によって与えられました。アシュリーさんは

マウントハーモンの証しその③岩田みちこ姉

私は、今年初めてマウントハーモンに参加しました。参加に当たって、とても楽しみな思いとナーバスな思いがありました。始めて、お母さんも弟もいない経験だったので、少し戸惑いましたが、キャンプでは、キャピンリーダーやキャビンメートと、すぐに仲良くなることができました。毎日、クワイエットタイム(静思のとき)が与えられ、神様との個人的な時間を過ごすことができました。毎日、神様は、講師を通して、神のために生きると言うことをお語りになられました。毎日の集会の後は、キャビンメートと一緒にスモールグループの時間がもたれ、集会での学びを共に振り返りました。このキャンプで、私たちは、神の子であると言うことを再確認しました。神様は、私たちを愛しているが故に、御子イエス様によって、私たちを神様の養子としてくださいました

"自分を変える"

今日は、”自分を変える”ということについて考えてみました。エペソ人への手紙4章22-24節に以下のような言葉があります。「すなわち、あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、 心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」(エペソ4:22-24)神は、私たちを即座に変える事もお出来になりますが、ゆっくり私たちを開発する方法を選んでおられます。主イエスは、ちょうど神がイスラエルの民に『約束の地』を“少しずつ”占領させていかれた(申命記7:22)ように、弟子たちの訓練においても慎重でした。神は私たちの人生にも段階を追って働かれることを好まれるのです。では、なぜ私たちが変わり、成長するのに、そんなに時間が掛かるのでし

I’m OK”(私は私で良い)

今日は、‘I’m OK’(私は私で良い)ということについて考えてみました。豊かな人生を送るうえで大切なことは、人を愛し、受け入れ、赦すということにおいて積極的であることです。そのためには、自分が自分を愛し、受け入れ、赦すことができていなければなりません。私たちは誰でも、程度と割合の差こそあれ、光と影、長所と短所、得意と不得意な面を持っています。しかし、神はそういう私たちを丸ごと愛し、赦し、受け入れていて下さるのです。ですから、私たちも安心して、そのような自分自身を受け入れれば良いのです。以前に、ある身体障害者の方が、ご自分について、「これは障害ではなく、私の特長なのです」と言われたことがありますが、とても素晴らしい自己認識だと感動したことがあります。私たちは生まれてからずっと、この世の価値基

主がともにおられる”

今日は、“主が共におられる” ということを考えてみました。今朝、旧約聖書のサムエル記を読んでいたときに、サムエル記上の7章に目が留まりました。そこには、絶えずイスラエルを苦しめたペリシテ人に対するイスラエルの勝利が記されています。この時代、イスラエルの民は、神の臨在の象徴とも言える「契約の箱」を失い、20年間もぺリシテの圧制に苦しめられながら敗北の生活を味わっていました。そのとき、民は心を一つにして、自分たちの罪を悔い改め、いけにえの規定に従って、子羊を全焼のいけにえとして捧げ、主に助けを求めて熱心に祈ったのです。イスラエルの民の悔い改めと祈りを聞かれた神は、イスラエルに大勝利をもたらされました。この勝利は、決定的な勝利でした。そして、その勝利は全焼のいけにえの子羊を捧げた直後にもたらされた

“心の適正距離”

今日は、“心の適正距離”ということについて考えてみました。わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さを担うべきであって、自分だけを喜ばせることをしてはならない。わたしたちひとりびとりは、隣り人の徳を高めるために、その益を図って彼らを喜ばすべきである。これは、新約聖書のローマ書15章1-2節の言葉です。ここで言われている強い人というのは、幅広い意味での解釈が可能ですが、信仰によって本当の自由と確信が与えられた人のことです。なぜなら、人間の本当の強さは、そこにあるからです。そういう人は、弱い人の弱さを担い、その人の益を図って喜ばせてあげなさい、と勧められています。このように、他者に対する愛の配慮はとても大切な聖書の教えですが、相手の本当の益のために何かをするということは簡単なことではありません。良

牧師室より # 5

さて今日は、収穫の原則について考えてみました。  「蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます」(IIコリント9:10) あなたは、自分の必要の供給源として、神だけに頼る決断をすることの大切さを考えたことがありますか。私たちクリスチャンは、自分の必要を満たすために、神だけを頼りにし、他の何ものにも頼らないことを神に申し上げる必要があります。 私たちは、供給のチャンネルを供給の源と勘違いすることがあります。神は、あなたの必要を備えるために、そのチャンネルとして、仕事から得る給料を用いられるかも知れません。しかし、あなたの雇い主は神の備えの単なるチャンネルに過ぎないのです。そして、神が望まれるなら、いつでも別の

赦しの力”

今日は、 “赦しの力”について考えてみました。赦しということは聖書が取り扱う重要なテーマです。聖書は、この赦しという重大なテーマを二つの意味で取り扱っています。一つは、人間の罪に対する神の赦し、そしてもう一つは、人間同士の赦し合いということです。この赦しが聖書の重大なテーマである理由は、その人の罪に対する神の赦しがなければ、その人が永遠に滅んでしまうからであり、また、この世の人生で、人が人を赦すことができなければ、その人の人生を台無しにしてしまうからです。誰かを憎み続けるということは、大変なエネルギーのいることです。絶対に赦さないと思うことは、相手を縛り付けることでもありますが、それ以上に自分自身の心を憎しみという感情に縛り付けてしまいます。ですから、どちらが正しいかの問題ではなく、自分の心

地球の起源を考える

地球は明らかに来るべき消滅の徴候を見せています。熱力学第二の法則(エントロピーの法則 : 閉鎖系における混沌は時とともに増大する)が示すように、地球上のすべてのものは上方ではなく下方へ向かっているという悲しい現実があります。進化論の主張に反し、自然は生物も無生物も無から生じさせることができないばかりか、改良すらできないことを多くの自然科学者たちは確信するようになりました。 太陽系の恒星である太陽も、毎秒 400 万トンにものぼる膨大な質量を失いながら巨大な核エネルギーを発散していますが、その損失は取り返すことができません。こうして、高レベルのエネルギー系は必然的に低レベルのエネルギー系まで下げられており、その法則は生物系においても同様で、人間も動植物も進化論の必然的進歩という考え方とは逆に、

本当の幸せ”

今日は、‘本当の幸せ’ということについて考えてみました。中国の故事に、「晴雨物語」というのがあります。この物語に二人の兄弟が出てきます。兄は唐傘(からかさ)を作るのが商売で、弟は草履(ぞうり)を作るのが商売でした。この二人の兄弟には祖父母がいて、お祖母さんは雨が降ると「弟の草履が売れない」と言って嘆き、天気になると「兄の傘が売れない」と言って嘆くのです。ところが、お祖父さんは、反対に雨が降ると兄の傘が売れると言って喜び、天気になると弟の草履が売れると言って喜ぶのです。   つまり、同じ境遇の中にいながら、お祖母さんは毎日悲しんでばかりいながら一生を送り、お祖父さんは毎日喜んで感謝をしながら一生を送ったというのです。この話は一つの例え話ですが、人間の幸せは、置かれた環境によるのではなく、どうい

人類のために 野口 英世

「絶望のどん底にいると想像し、泣き言をいって絶望しているのは、自分の成功を妨げ、そのうえ、心の平安を乱すばかりだ。」世界の舞台で活躍した日本の代表的な医学者/細菌学者・野口英世の言葉です。英世は黄熱病の研究はのみならず、ヘビ毒の研究、梅毒の研究、トラコーマの研究、小児麻痺の研究、狂犬病の研究などなど・・・彼の残した業績は計り知れないものがあります。野口英世は187年福島県・猪苗代町で生まれ、清作と名づけられました。父は、酒と博打が好きであまり働きませんでした。 清作が1歳の時に、母親が目を離したすきに火のある囲炉裏に右手を入れてしまったのです。そのせいで、右手の指が火傷し握った形で全部くっついてしまいました。母親は、清作がこのようになったのは自分のせいだと罪責を感じ、「手が利かないのでこの子

息子の肖像画”

今日は、息子を失い、その息子に託した父の思いについて考えてみました。皆さんも一緒に考えてみてください。ある裕福な男性と彼の一人息子は、珍しい絵画の収集が趣味でした。ピカソからラファエルまで、彼らのコレクションは実に目を見張るものがありました。そして、二人はいつも一緒に座って、価値ある作品を眺めながら、その一つひとつの素晴らしさを語り合いました。 ベトナム戦争が始まり、息子は出征していきました。そして勇敢にも一人の兵士仲間を救い出そうとして犠牲になり、戦死してしまうのです。やがて父親にその知らせが届き、父親は一人息子の死を深く悲しみました。 一ヶ月が過ぎた頃、ちょうどクリスマスの前の日に、玄関のドアをたたく音がありました。ドアを開けると、一人の青年が大きな包みを持って立っていました。その青年は

The Cross Pendant

He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel

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Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......

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