底知れぬ深みの坑から出て来るいなごに襲われるのは、額に神の証印のない人々です。(啓示9:4)そして、そのいなごの軍勢にはアバドン、あるいはアポルオンという名の王がいます。(啓示9:11)
この額に神の証印のない人々とは誰でしょうか。さらに、このいなごの王は誰を表わしているのでしょうか。今回はこの点を検討します。
(1)額に神の証印のない人々とは何を意味するか
この「額に神の証印のない人々」とは何を意味しているでしょうか。(啓示9:4)反対に額に神の証印のある人々とは、どんな人々を表わすでしょうか。 神の奴隷の額に神の証印を押す業が啓示7章に出てきます。啓示7章によると、「別のみ使い」は、「生ける神の証印を携えて」,地と海を損なうことを許された四人のみ使いに、自分たちが、「神の奴隷たちの額に証印を押す」業を行なう間、四方の風をとどめるように依頼します。(啓示7:2,3) 額に名が書かれているとは何を意味するのでしょうか。啓示14章によると、十四万四千人の者が,子羊の名と彼の父の名をその額に書かれてシオンの山に立っていました。(啓示14:1)野獣とその像の崇拝者が自分の額に野獣の名もしくはその名の数字という印を受けるのですから、額の名は、その者の崇拝の対象であり、その者が属している者です。(啓示13:16,17;14:9)
ですから、額に神の証印が押された神の奴隷とは、エホバ神の真の崇拝者であり、イエスの真正な弟子たちを表わしています。(啓示22:4)とりわけ、昔エルサレムのあったシオンの山に立っているのですから、新しいエルサレムの成員になり、神の王国に入るクリスチャンたちを表わしています。(啓示3:12)
エフェソス書には、神の王国の希望を持つクリスチャンが、「聖霊をもって証印を押され」たことが書かれています。(エフェソス1:13,14)宣べ伝える者を通して「真理の言葉」、すなわち「救いについての良いたよりを聞いて」信じた後,イエスによって、「約束の聖霊をもって証印を押された」と書かれています。
聖霊が注がれた初期クリスチャンは額に神の証印を持った真のエホバ神の崇拝者だった
ですから、額に神の証印が押された神の奴隷とは、真の王国の良いたよりを聞いた後、エホバ神からイエスを通して聖霊を注がれたクリスチャンたちです。(テトス3:6,7。使徒1:5)
一世紀のクリスチャンは、イエス・キリストについての良いたよりが宣べ伝えられ、神の王国に入るという希望が与えられ、それを受け入れた人には、聖霊が注がれました。(使徒2:1-4)このことは、彼らが、額に聖霊をもって証印を押されたと表現していいと思います。 ですから、「額に神の証印のない人々」とは、神の王国に入るという希望を与えられているクリスチャンであると自称しながら、真のエホバの崇拝者でないことをその行いで示しているクリスチャンたち、あるいは、クリスチャンであると主張しながら、真の神の王国の良いたよりを聞いていない聖霊で聖霊で油そそがれていないクリスチャンたちを意味するのではないかと思います。(啓示9:4)
額に神の証印をもたない人々とはクリスチャンであると自称しても聖霊で油そそがれていない宗教指導者たち
それで、額に神の証印のない者たちは、いなごの軍勢から総攻撃を受けるのですから、エホバ神とイエス・キリストの保護に欠けているように思います。
(2)いなごの王である「底知れぬ深みの使い」の実体は何か
いなごの王である「底知れぬ深みの使い」とは誰でしょうか。(啓示9:11)これには、聖句に基づいて解釈しようとすると、ふたつの解釈の可能性があるように思われます。
啓示20章には、ひとりのみ使いが「底知れぬ深みのかぎ」と大きな鎖を手にして天から下って来て「悪魔またサタンである龍,すなわち初めからの蛇」を捕らえて,千年のあいだ縛り、「底知れぬ深みに投げ込み」ます。(啓示20:3)
この部分を解釈の土台とするならば、「底知れぬ深みの使い」とは、イエス・キリストです。このみ使いは、「底知れぬ深みのかぎ」を持っているからです。悪魔サタンより強い力を持つみ使いとは、イエス・キリストキリストしかいないでしょう。
一般のみ使いは、悪霊たちと戦うと難儀することがダニエル書に書かれています。(ダニエル10:13)悪魔サタンを捕えて縛ることができる力があるのは、み使いの頭ミカエルであるイエス・キリストです。ミカエルとその使いたちは、悪魔サタンと悪霊たちとの天での戦争に勝利し、悪魔サタンよりも力があることを証明します。(啓示12:7-9)
こうしたことに基づいて、エホバの証人は啓示9章のいなごの軍勢の王は、イエス・キリストであると解釈しています。それゆえに、エホバの証人は、いなごを聖霊で油そそがれたクリスチャンの奉仕者として解釈しています。
いなごの王底知れぬ深みの使いとはイエス・キリストでしょうか
しかし、ヨエル書のいなごは神の民を攻撃し、略奪を行なう大勢の兵士からなる軍勢なのですから、彼らの王がイエス・キリストであると考えるのは、おかしいです。イエスは神の民を攻撃したり略奪する先頭にいるわけではないでしょう。
それで、天から落ちた星に「底知れぬ深み」のかぎが与えられたのですから、いなごの王となるのは、「底知れぬ深み」のかぎが与えられる天から落ちた星の中の中心的な人物を意味しているのではないでしょうか。(啓示9:1)
天から落ちた星とは、現時点では、わたしは北の王によって率いられたイスラム教の会衆であると解釈しています。それで、天から落ちた星の中心的な人物は北の王でしょう。「底知れぬ深み」の坑から登場するいなごは、神の民を攻撃する強大な軍勢なのですから、その王は、北の王とみなしていいのではないかと思います。
(3)北の王は驚くような仕方で滅びをもたらすことが預言されている
いなごの軍勢の王には、ヘブライ語で「アバドン」ギリシャ語で「アポルオン」という名があります。(啓示9:11)洞察の本によると、ヘブライ語アヴァッドーンは「滅び」を意味します。アバドンは、「埋葬所」や「シェオル」や「死」と並行的に用いられています。(詩編88:11。 ヨブ 26:6; 28:22。箴言15:11)
また、対応するギリシャ語の名前アポルオンには,「滅ぼす者」という意味があります(啓示9:11)。このことは、いなごの王がその攻撃する対象に死や滅びをもたらしシェオルに追い落とすことを意味しているのではないかと思います。もちろん、このいなごの軍勢は、当初、「額に神の証印のない人々」の命は奪わないことが示唆されています。
このいなごの軍勢は、最初は、神に不忠実になっている神の奉仕者を攻撃しますが、後には、二億の騎兵隊となって「大いなるバビロン」を攻撃することになります。その時には、その司令官は、まさに、「アドバン」「アポルオン」という名前にふさわしく行動し、大いなるバビロンを滅ぼすことになるでしょう。(啓示17:16)
北の王が驚くような仕方で、滅びをもたらす王になることを示唆する、聖書の表現があります。ダニエル8章には、北の王を表わすと思われる「王国の末期」、「違反を行なう者たちが極みに進む時」、顔つきが猛悪であいまいな言いまわしをよく理解するひとりの王」が立ち上がります。その王は、「驚くような仕方で滅びをもたらし」、必ず成功を収めて「効果的に事を行ない」ます。(ダニエル8:23,24)
それで、北の王は、「驚くような仕方で滅びをもたらす」ことが予告されているのですから、いなごの軍勢の王が「滅び」「滅ぼす者」という名が与えられていることと調和しています。
それで、いなごの王といなごの軍勢は、エホバの日に北の王と彼に率いられる軍勢がいかに恐ろしく残酷で、その攻撃する対象に大量の死と滅びをもたらすことになるかということを強調しているのではないかと思います。
しかしながら、そのいなごの軍勢の攻撃を受けてもエホバ神に叫び求めるようにと命じられているということは、救われる可能性があるからではないかと思います。実際、さまざまな聖句を検討すると、啓示の書のいなごの軍勢の攻撃を受けるのは、とりわけ、キリスト教の宗教指導者たちで、また、彼らはある時点で生きながら捕えられるようです。
額に神の証印のない人々がいなごから責め苦を受けるのは、神の律法に「違反」して、剣をとって自ら戦ったか、そうするように教会員たちに奨励したからでしょう。(エゼキエル44:12)神の律法の違反である流血行為はエホバの怒りをもたらします。このことを考えると、南の王と共に流血行為をすることを慎みましょう。
いなごの災いは額に神の証印のない者たちが剣をとって戦ったゆえにもたらされる
キリスト教の聖職者たちは、剣をとって戦うように信者に奨励しないことが重要です。自ら剣をとって戦ったり、剣をとって戦うように信者に奨励したりして、流血をすることに率先するなら、そのクリスチャンは、神の王国に入ると自称していても、エホバ神の是認を得てはいません。
イエスはご自分の弟子たちに剣をとって戦うことを禁じられました
イエスの命令に従い神の是認と保護を保ちましょう
神とイエス・キリストの保護は得られず、神は不忠実なクリスチャンが軍事強国の兵士たちから攻撃を受け、捕らわれになることを許されることになるでしょう。
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
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