Q:私は、旧約聖書39巻、新約聖書27巻、合計66巻を、霊感を受けた神のことばと信じています。そのことを友人に話したところ、それは人間が決めたのだろうと言われてしまいました。聖書の範囲は、誰が決めたのですか。
A:キリスト教信仰は、聖書の上に乗っています。それゆえ、どこまでが正典であるかを定めるのは、極めて重要なことです。そこが曖昧だと、誤った教えを吟味する基準がなくなります。いつものように3つ申し上げます。
1番目に、聖書66巻の各書は、それが書かれた瞬間から神のことばです。
神は、御自身の計画を明らかにするために、さまざまな人物を選び、彼らに啓示の内容を書かせました。それゆえ、聖書の各書は、書かれた最初から神のことばなのです。ただし、どの書が神のことばであるかを人間が認識するためには、多少の時間がかかりました。つまり、聖書の範囲は、あるプロセスを経て決まったということです。
2番目に、旧約聖書の正典の認定は、主にユダヤ教のラビたちによって行われました。
新約聖書と比べると、旧約聖書の正典の認定は、さほどの論争なしに合意に至りました。ユダヤ人たちは、神から遣わされた預言者が誰であるかを見抜き、彼らが語る預言を神のことばとして受け入れました。イエスも、旧約聖書39巻の正典性を認定されました。 「まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。すべてが実現します」 (マタ5:18)
3番目に、新約聖書の正典の認定は、教会によって行われました。
執筆直後から、神のことばとして認識されたものがあります。ペテロは、パウロが書いたものを神のことばと認めています(第二ペテロ3:15〜16)。また、パウロ書簡のいくつかは、諸教会で回覧して読むべき神のことばと認識されていました(コロサイ4:16、第一テサロニケ5:27)。時の経過とともに、正典と認識される書の範囲が広がっていきました。(1)紀元95年に、ローマのクレメンスは、8つの書を正典と認識しました。(2)紀元108年、ヨハネの弟子ポリュカルポスは、15の書を正典と認識しました。(3)紀元185年、エイレナイオスは、21の書を正典と認識しました。(4)論争を生んだ書は、ヘブル人への手紙、ヤコブの手紙、ペテロの手紙第二、ヨハネの手紙第二と第三です。(5)最終的に、紀元397年のカルタゴ会議で、新約聖書の27巻が認識されました。これは、人間が聖書の範囲を決めたのでなく、神が最初から意図しておられたことを、人間が時間をかけて認識したということです。そのプロセスにおいて、神の守りがあったことを言うまでもありません。
「その手紙でパウロは、ほかのすべての手紙でもしているように、このことについて語っています。その中には理解しにくいところがあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の箇所と同様、それらを曲解して、自分自身に滅びを招きます 」(第二ペテロ3:16)
聖書の範囲を認識する過程において、神の守りがありました。
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
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