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- ― 音のりぼん コンサート ―
3月23日水曜 午後時半から、当教会Las Vegas Japanese Community church にて「音のりぼん コンサート」が行われます。「音のりぼん」は様々なハンディを持ちながら、ピアノ演奏をする日本のグループです。音のりぼんの活動目的、規約、第3条:「この団体は、知的障害・身体障害等を持つ者とその親たちが演奏活動を行うことを目的とする。」私達(音のりぼん)は、私達の演奏を通じて障害があっても打ち込めるもの、努力する精神があれば何かを成し遂げられるということ、そして誰もが希望を失わないで欲しいということを多くの人に伝えたいと思います。この度アメリカで演奏する目的は、コンサート活動を通して障害者の可能性を広げること、音楽を通じた国際交流を図ることです。・3月19日にCAのサクラ
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- ストレスは人生のスパイス
“ストレスは人生のスパイス”現代はストレス社会です。人々は「ストレス」という言葉をよく口にします。それだけ多くの人がストレスを溜め込んでいるということでしょう。あなたはいかがですか?もともと「ストレス」というのは物理学で使われていた言葉で、外からかかる力による物質の歪(ひずみ)を意味するものでした。それをカナダの生理学者ハンス・セリエ博士が人に当てはめ、「ストレス学説」として1936年に発表し、世界中で広く受け入れられるようになりました。医学的には、外からの刺激に対する体や心の反応のことを「ストレス反応」と呼び、その反応を生じさせる刺激(ストレスの原因)のことを「ストレッサー」と呼んでいますが、一般に言うストレスはこの両方の意味を含んでいます。最近の研究によると、自殺者の7割以上が鬱を伴って
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- 隣人に対する責任」
今日は、”隣人に対する責任”ということを考えてみました。「自分自身を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」とは、聖書の中で最も大切な教えの一つです。また聖書は、「わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さを担うべきである」と教えています。世の中には、人知れず負いきれない重荷を背負って生きている人々がいるものです。そういう現実の中で、もし私たちクリスチャンが、自分のように隣人を愛し、強くない人たちの弱さを担うことを心掛けるなら、多くの人を救うことができるかも知れません。先日、こんな記事が目に留まりました。2006年2月1日、京都市の桂川河川敷で、冷たい雨の降りしきる中、2人の血まみれの男女が発見された。女性の方はすでに死亡していたが、男性の方はまだ息があった。無職片桐康晴被告(当時54歳)と、その母
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- 人を思いやることの難しさ」
今日は、”人を思いやることの難しさ”について考えてみました。人の心を思いやるということは何と難しいことでしょうか。特に人の隠れたところにある事情を知らないとき、私たちは人の見える部分だけを見て相手を判断し、さばいてしまうようなことがないでしょうか。人はしばしば、誰にも言えない隠れた重荷を抱えて生きている、ということがあるものです。ある高校生がこんな事を書いていました。私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない質素で見映えの悪い物ばかりだった。友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。ある朝、母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。私は生返事でそのまま高校へ行き、こっそり中身を
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- 爆発する命の力」
『爆発する命の力』 エジプトのピラミッドの中で一つの壺が発見され、それがロンドンの博物館に納められました。ところが、ある時、係りの人がその壺を落とし壊してしまいました。すると壊れた壺の中から何か小さなものが出てきたので鑑定に回したところ、なんとそれは何千年も前の小麦の種でした。それからしばらくして、壺の落ちた辺りから小麦が芽を出し大変な話題になりました。その種は何千年も前のものですっかり干からびていましたが、まだ命があったのです。 さて、マタイの福音書の13章31、32節は有名な「からし種の譬え話」ですが、このたとえ話の中には祝福された人生の秘訣があります。イエス様は、福音書の中で神の国の真理を語られるのに、種を何度もたとえに用いておられますが、それは、種には命があるからです。そして、この種
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- 福音を恥としない
6福音を恥としない 久しぶりに羽鳥明先生の代表的なメッセージ「福音を恥としない」を聴いて涙が止まりませんでした。この感動的なメッセージは、1974年2月、「九州総伝道クリスチャン修養会」で語られたものです。下のURLをクリックしてお聴きください。www.chiiroba.net/MatsudaFamily/Tamashii/HatoriAkira.mp3 羽鳥明先生は1920年、群馬県高崎市でお生まれになりました。羽鳥少年の福音との出会いは、1936年16歳の時の前橋中学時代に訪れます。日本が軍国主義の道を突き進んでいたとき、ある日、学校の軍事教練の時間に、担当の陸軍中佐が「お前たちのうちに、ヤソはおるか」と問い詰めました。その時、舟木順一という同級生が手を挙げ、「私は私を救ってくれたイエ
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- 質問力”は幸せな人生のスキル」
今日は、”質問力”は幸せな人生のスキル ということを考えてみました。ある人がアインシュタインにこう尋ねました。「もし、あなたがが死にそうな状況になって、助かる方法を考えるのに1時間あるとしたら、どんな事をしますか?」 アインシュタインはこう答えました。 「最初の55分は適切な質問を探すのに費やすだろう。」 このアインシュタインの言葉は、質問をすることに如何にパワフルな要素があるかを物語るものです。正しい質問をすることには計り知れない力があり、時には本当に命を救うこともあるのです。幸せな人生を送る最も重要なスキルの一つは”質問力”です。なぜなら、私たちは無意識的に自分に質問を投げかけ、その質問に応答しながら人生を築いているからです。日常的に肯定的な質問をすることで肯定的な未来を築き、否定的な質
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- 牧師室#472:夢の実現
夢の実現 皆さんは、新年をどのようにお過ごしですか。新しい年を迎えると、新鮮な思いが与えられ、それぞれに新しい夢と目標をもって生きようという気持ちになりますね。どうか皆さんが、その気持ちを大事にされ、ぜひ夢の実現を目指していただきたいと思います。 夢を持ち続け、そのための新しい習慣を続ければ、その習慣がもたらす結果(夢の実現)を自分のものにすることができます。今の時代は、色んな意味で難しい時代です。しかし、こういう困難な時代にあっても、夢を持ち続けることのできる人はピンチをチャンスに変え、新しい道を切り開いていくことができます。 夢を実現させるにはいろいろな要素がありますが、ひとつの大事な要素は明確な目標を持つことです。目標のない人生は成り行きまかせの人生で、いつまでも堂々巡りで前進がありま
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- 人生は旅」
今日は、“人生は旅”ということを考えてみました。人生はよく四季に例えたり、旅に例えたり、宝石に例えたり、いろんなものに例えます。ある人は、人生とは“人 + 牛”のようだと言いました。どういう意味かと思ったら、人牛は人生に似てるということでした。(笑)さて、今回は人生を旅に例えて考えてみたいと思いますが、聖書的観点から人生を旅に例えるなら、その旅は、私たちが目的地を決めてから出発した旅ではなく、気がついた時には、もう既に列車に乗っていたという旅です。しかも、自分が行き先を決めていないばかりでなく、その列車にも行き先が表示されていないのです。そこで近くに座っている同乗者に尋ねるのですが、誰も最終目的地を知りません。しかし一つだけ同乗者の意見が一致していることは、次の停車駅が「死」という名前の駅だ
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- コペルニクス的転回
コペルニクス的転回 コペルニクス的転回とは、もともとはインマヌエル・カントが自らの哲学を評するために使った言葉ですが、これから派生して、旧来の天動説に対するコペルニクスの地動説のような、物の見方が180度変わる大転換をコペルニクス的転回と言うようになりました。 また、このように、人は人生の様々な特殊体験を通してコペルニクス的転回を経験し、物の見方が180度変わることによって、その生き方が変わり、人生が大転換されるものです。 たとえば死から復活されたキリストとの出会いを通して、キリスト教の大迫害者からキリスト教の大伝道者に変わった使徒パウロなどは、まさにこのコペルニクス的転回の経験者の良い例です。また、ニクソン政権の大統領補佐官であったチャック・コルソンもその一人として挙げることができるでしょ
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- クロノスとカイロス」
『クロノスとカイロス』 現代はスピードの時代、また競争の社会ですから、何でも急かされるビジネスマンにとって、いかに時間を有効に使うかは重要な課題です。たとえ能力が同じでも、時間の使い方が上手な人は、より多くの仕事をすることができます。もちろん、ビジネスマンだけでなく、時間を大事にすることは誰にとっても必要なことです。 昔から、時間にまつわる諺がたくさんあることを思えば、時間の大切さというものを多くの人々が認識していたことがよく分かります。私たちに与えられている人生という時間は無限ではありません。時間を大切にするということは、生きるということを大切にすることであり、時間を無駄にするということは、生きるということを無駄にしていることです。 ではご一緒に、時間、また時ということについて考えてみまし
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- "過去に捕われて生きてはならない"
今日は、”過去に捕らわれて生きてはならない”ということを考えてみました。あなたは自分の過去に捕らわれて生きていませんか。過去の失敗や屈辱、あるいは過去の栄光に捕らわれて、現在をまっすぐに見ることができず、未来に向かって進めないでいる人が少なくありません。過去の思い出を大切にするのは良いことですが、過去の失敗や栄光に捕らわれて生きることは、幸せな人生を歩む大きな障害となります。私たちは、過去の失敗に捕らわれてはなりません。なぜなら、失敗は必ずしも悪いことではないからです。むしろ”失敗は成功のもと”と言われるように、失敗をしなかった成功者は一人もいません。私たちは失敗を重ねながら成長し、一歩ずつ成功に近づくのです。トーマス・エジソンは、白熱電球を発明するまでに一万回以上の実験に失敗しましたが、一
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- 箴言13:4の黙想
6箴言13:4の黙想「怠け者の心は欲を起こしても何も得ない。勤勉な者の心は豊かに満たされる。」(箴言13:4) この箴言の言葉は、非常に現実的でありながら、私たちの信仰生活にも深く関係する真理を教えています。「怠け者」と「勤勉な人」という対照的な人物を通して、私たちに働きと信仰の関係、また望みと努力の関係を問いかけています。 「怠け者の心は欲を起こしても何も得ない」とは、ただ単に努力しない人は成功できないという一般的な教訓ではありません。ここで語られているのは、心の中にいくら望みがあっても、実際に行動しなければ何も実を結ばない、という霊的な原則です。信仰者であっても、神の恵みをただ待っているだけで、自ら何の応答もしなければ、その祝福は現実のものとはならないのです。聖書には、「人は蒔いたものを
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- 救いは信仰による」
今日は、ローマ書1:1-23から、"救いは信仰による"ということを考えてみました。 今、世界には「信頼」というものが失われています。私たちの住む社会は、いくら問題があったとしても、お互いを信じ合う心があれば、多くの問題を乗り越えることができます。しかし、互いに信頼できなければ、一日たりとも安心して過ごすことはできません。また、いくら素晴らしい家に住んでいても、家族の間に信頼がなければ家庭は幸せではありませ ん。信頼は、どこに行っても求められるものです。 しかし、私たち人間は、これだけでは生きることはできません。私たちを最も根本的に生かすものは、水平的な信頼ではなく、垂直的な信頼です。つまり、社会的・人間的な信頼ではなく、霊的な信頼、霊的な信仰が人を生かすのです。そして、その霊的信仰は
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- 3本当の幸福を見つけよう!
本当の幸福を見つけよう! 幸福といっても相対的な幸福の定義は十人十色、百人の人がいれば百の幸福の定義があるかも知れません。通常、私たちが思う幸福とは、「苦しみがなく、人や物事が自分の願い通りに動き、自分にとって都合のいい状態、喜ばしい状態」を指すのではないでしょうか。確かに、嫌な事がなく、経済的に恵まれ、健康で、地位と名誉、美貌や権力などに恵まれれば、人生は楽しいでしょう。だから、人は本能的にそういう生きる条件をよくして、楽に生きたいと願い、自分を取り巻く状況が願い通りになることが幸福だと思うのかも知れません。しかし実際、そのような幸福と思える状態は長続きせず、そういう状態を必死で求めれば求めるほど、辛いことも増してくるのが現実ではないでしょうか。他人の目にはどう映ろうが、この世に生きている
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- 成熟した人」
今日は、‘成熟した人’について考えてみました。スーパーマーケットで、カートは、4番レジの買い物客の荷物を車まで運ぶようにとの店内放送が聞こえたとき、忙しく倉庫仕事をしていたところでした。彼は、もう少しで作業を終え、外の新鮮な空気を吸いたいと思っていたところだったので、すぐに呼び出しに答えました。彼がチェックアウトのカウンターに近づくと、優しい微笑が彼の目を引きました。それは新しいチェックアウト係りで、とても美しい女性でした。彼女はたぶん年上(26歳くらい、彼は22歳)で、彼は彼女に一目惚れしてしまいました。その日の夕方、仕事を終えた彼は、彼女の名前を知ろうとタイムカードを押す休憩室の入り口で待っていました。すると彼女がそこにやって来て、彼に軽く微笑むと、タイムカードを押し、そこを去って行きま
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- 箴言6:6-8の黙想
箴言6:6-8の黙想「怠け者よ、蟻のところへ行け。/そのやり方を見て、知恵を得よ。蟻には首領もつかさも支配者もいないが、夏のうちに食物を確保し、/刈り入れ時に食糧を集める。」(箴言6:6-8) 箴言6:6-8は、ありの勤勉な働きと備えの姿勢を通して、私たちへの重要な教えを示しています。この短い箇所から、いくつかの霊的なポイントを見出すことができます。1.自主的に動く心ありには指導者や監督者がいなくても、自発的に行動し、必要なことを行います。私たちの霊的な歩みも、誰かに命じられるからではなく、神への愛と感謝から自ら進んで行動することが求められています。コロサイ書3:23に「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい」とあるように、働く理由や目的を、神への奉仕と考え
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- アメリカを感動させた昭和天皇の言葉
アメリカを感動させた昭和天皇の言葉 昭和20年11月、天皇陛下とマッカーサーの会談から二ヶ月後、アメリカ政府は昭和天皇の戦争責任を追及するようマッカーサーに要請してきました。しかし、マッカーサーはアメリカ政府の要請を突っぱねます。その後、何度もアメリカ政府は天皇を処刑すべきだと主張してきましたが、マッカーサーはこう言って、天皇の命を守りました。 「天皇陛下を戦犯として告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺が引き起こされ、その結果もたらされる混乱を鎮めるのは不可能であり、もし天皇を葬れば、日本は国家として分解してしまうであろう。」 マッカーサーは誰よりも気づいていたのです。天皇陛下が日本には絶対に必要な存在であるということを。 それから30年が過ぎた昭和50年9月、天皇陛下は戦後
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- 牧師室#473:ゴールデンルール
“ゴールデンルール” ある人が、サンタモニカのモールの外で風船を売っていました。売れ行きが思わしくなくなると、この風船売りは大きな風船を一つ空に飛ばしました。風船が空に舞い上がると、新たに子供たちが集まり、しばらくの間、また風船の売れ行きが良くなるのです。彼は色を交互に変え、白い風船、赤い風船、青い風船、黄色い風船、緑の風船を放ちました。 しばらくすると、小さな黒人の少年が風船売りのズボンを引っ張り、彼の目を見つめながら、こんな質問をしました。「おじさん、黒い風船も手を離したら、飛んでいくの?」。風船売りは少年を見て、思いやりと理解と優しさを込めてこう言いました。「坊や、風船が飛んでいくのは、色には関係なく、中に入っているもののおかげなんだよ。」 すると、その小さな黒人の少年は、満面の笑顔で
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- 本物の友情
6本物の友情これはアルブレヒト・デューラー(1471-1528年)というルネッサンス時代のドイツの画家が描いた「祈りの手」という作品にまるわる感動的なお話です。 今から500年ほど前、ドイツのニュールンベルグの町にデューラーとハンスという若者がいました。二人とも貧しい子だくさんの家に生まれ、小さな時から画家になりたいという夢を持っていました。二人は版画を彫る親方の元で見習いとして働いていましたが、毎日忙しいだけで絵の勉強ができません。思いきってそこをやめて絵の勉強に専念したいと思いましたが、絵の具やキャンバスを買うお金もままならないほど貧しく、働かずに勉強できるほど余裕はありませんでした。ある時、ハンスがデューラーに一つのことを提案しました。

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
