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若者は幻を見、老人は夢を見る」

今日は、"若者は幻を見、老人は夢を見る"という聖書の言葉を考えてみました。東京に聖路加国際病院という病院があります。この病院に『聖ルカ病院』という名前がついているのは、『ルカの福音書』を書いたルカが医者であったからだそうですが、この病院は、医師であり宣教師であったルドルフ・トイスラーによって開設されました。ドクター・トイスラーは、この病院にこういう夢を託しました。「この病院は、クリスチャンの愛が人の苦しみを救うために働くとき、人を変える力となるということを誰もが確信するようになるための生きた器官である。」この創立の精神は今もしっかり引き継がれ、日本で最も進んだ病院として脚光をあびています。この病院をさらに有名にしたのは、日野原重明という人です。日野原先生は1911年生まれで、今年の7月18日

ヴィア・ドロローサ (悲しみの道)

ヴィア・ドロローサ(悲しみの道) 今日は、GoodFridayです。今から約2000年前の今日、人類史上最大の事件がありました。それは神の子キリストが人類の罪を贖うために十字架に架かられた事件です。イエス・キリストはピラトの官邸で行なわれた裁判で死刑判決を受け、十字架を担いで処刑の場となったゴルゴダの丘まで歩いて行かれたわけですが、その曲りくねった道をVia Dolorosa(悲しみの道)と呼びます。そして、その道に沿ってイエス・キリストにまつわる出来事を記念した14のステーションが設けられています。まず、第一ステーションから第九ステーションまでは旧市街の通路の傍らにあります。最初の地点は主イエスが裁判を受けたとされる総督ピラトの官邸の跡地です。そこからライオン門通りを隔てた向かい側に第二

若さの秘訣」

今日は、’若さの秘訣’について考えてみました。私も先月64歳になり、物忘れ、記憶力の低下、体力の衰え、食欲の低下、と身体のいろいろな機能が低下していることを少しずつ感じるようになりました。そして若い時には思ったこともない「若いっていいなあ」ということを時どき思うようになりました。しかし、周りを見渡したり、テレビや雑誌を見たりして思うことは、男性でも女性でも、70歳、80歳、90歳という人々の中に10歳も20歳も若く見える溌剌とした方々がおられるということです。また、見かけだけでなく、体力的にも10歳から30歳も若い体力を持っている方が実際におられることには驚きです。さて、私たちが生きている世界には、すべての生物に共通して働いている法則があると言われます。その法則の一つが【成長の法則】です。例

人生は選択である」

今日は、‘人生は選択である’ということについて考えてみました。あなたは、ご自分の目の前の生活と環境は、あなたが自分で選んできたものであることにお気づきですか。たとえ、目の前のものが、あなたが望んでいたものと違うものであっても、それはあなたが自分で選んできたものであるという事実を認めることは、豊かな人生を送るうえで非常に重要なことです。人生は選択の結果である、と言われます。それは朝起きる時間を選ぶことから始まって、夜寝る時間を選ぶことに至るまで、毎日の行動はすべて選択の結果であり、毎日の連続が人生であることを考えれば、人生は選択の結果であると言えるわけです。また選択は、その人の物の考え方によって決定されるとすれば、人生は物の考え方の結果である、とも言うことができます。ですから、もしあなたが今ま

世界に絶大な影響をもたらした本」

今日は、“世界に絶大な影響をもたらした本”について考えてみました。チャールズ・ディケンズが 「聖書は、この世界でいまだかつてなかった、また今後あろうとも思われない最善、最良の書である」と言ったように、聖書は、知れば知るほど世にも驚くべき本であることに目が開かれていきます。「聖書」という言葉は、新約聖書が書かれたギリシャ語では「ビブリオン」と言いますが、その意味は「本」、つまり「本の中の本」ということです。またこの聖書は、世界中の人々に圧倒的な影響を与え、これ程までに人々の心に変革をもたらしたものはどこにもありません。聖書は古い本ですが、今も生き続けています。そして、2000以上の言語に翻訳され、毎年5億冊が印刷され、世界中の人々に愛読されています。1455年頃に、活版印刷術が発明されたとき、

箴言8:17の黙想

6箴言8:17の黙想 「わたしを愛する者を、わたしも愛する。わたしを熱心に探す者は、わたしを見つける。」(箴言8:17) 箴言8章17節は、神の知恵が私たちに語りかける愛と約束の言葉です。この知恵は単なる知識や情報ではなく、神が与えてくださる霊的な洞察と人生の導きです。この御言葉から、現代社会の中でどのように神の知恵を求め、生かすべきかを考えます。 1.現実社会の中での神の知恵の必要性私たちが生きる現代社会は、情報過多の時代です。インターネットやSNSを通じて膨大な情報が溢れ、何が真実で、何が価値あるものかを見極めるのが難しくなっています。その中で、神の知恵は私たちに正しい選択をする基準を与え、混乱の中で心の平安をもたらします。企業や教育現場でも、短期的な成功を追い求める価値観が蔓延していま

障害者という者は存在しない 」

障害者という者は存在しない皆さん、お元気ですか?まずはこちらの動画をご覧ください。私はこれを見て甚く感動し、忘れかけていた大切なことを改めて教えられました。いつ頃からか、アメリカでは障害者のことをHandicapped personやDisabled personではなくChallenged personと呼ぶようになりました。これは障害を持った人を「挑戦という使命を与えられた人」「挑戦する機会や資格を与えられた人」と呼ぶことで、障害を否定的に捉えるのではなく、もっと肯定的に、さらに言えば、障害者と呼ばれてきた人たちの本当の存在目的をこの世に示そうとしているのだと思います。ところで、この動画の青年を見て、あなたはどんな事を感じられましたか? 彼を可哀想な人、気の毒な人だと思われましたか? そ

詩篇95篇の黙想

詩篇95篇の黙想さあ 主に向かって 喜び歌おう。私たちの救いの岩に向かって 喜び叫ぼう。(1節)詩95篇は、イスラエルの民が礼拝をどのように考えていたかを知る上でとても重要です。礼拝とは神との人格的な出会いです。1節と2節は、礼拝に大きな喜びがあることを教えています。イスラエルの民は、ただ機械的に礼拝を守っていたのではありません。彼らが讃美や祈りをささげる時、その心は喜び、生ける神に向かっていました。彼らは神に向かって讃美と祈りをささげ、また神からの言葉を聞いたのです。これらを繰り返す中で、彼らは対話をするように神と出会い、神との人格的交わりを喜んでいました。続いて3節-5節には、なぜ神と出会うことが喜びなのかが語られています。それは、神が偉大なお方だからです。夜空を見たり、広大な海や美しい

信仰と希望と愛

信仰と希望と愛ストラディヴァリウスというバイオリンの名器があります。バイオリニストであれば誰もが手に入れたいと思う最高の名器です。しかし、最高級のストラディヴァリウスは数億円もする上に、なかなか売り手がないので簡単には手に入りません。しかし、何としてでもこの最高の名器を手に入れようと、長年、捜し求めていたあるバイオリニストが1700年代の初めに作られた最高級のストラディヴァリウスをあるスイスの大富豪から手に入れることが出来ました。 それまで手にしてきたバイオリンとは比較にならない美しい音色を出すその最高の名器を手に入れ、彼女は、心から満足し、それ以外の楽器を欲しいとは思わなくなったそうです。このように、最善のものを探し続け、それを見出すためには、最善を求める心が大切だということです。聖書の中

3チャンスとは手繰り寄せるもの

“チャンスとは手繰り寄せるもの”  先日、瞑想の中で、「チャンスって何だろう?」ということを暫く考えていると聖書のこの言葉が頭に浮かんできました。  「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」(2コリント4:18) なぜこの言葉が思い浮かんだのか判りませんが、おそらくチャンスだと思えた事が必ずしも好転に結びつかず、逆に問題だと思えていた事が大きなチャンスに変わるということが人生にはあるものだ、というようなことを考えていたからでしょうか。  私たち人間は、どうしても目に見えるものに大きく左右されがちです。しかし経験的にも分かることは、見えるものは一時的な場合がしばしばで、結局のところ、多くの事柄が普遍的な原理に

エボラ出血熱”

今日は、”エボラ出血熱”のことを考えてみました。今、世界中を震撼させている「エボラ出血熱」は、人類が発見したウィルスの内で最も危険なものの一つで、感染した時の致死率が50-80%という、エイズよりも遥かに怖い急性ウイルス性感染症です。私はこのニュースを聞いた瞬間、黙示録の以下の御言葉を思いました。小羊が第四の封印を解いたとき、私は、第四の生き物の声が、「来なさい」と言うのを聞いた。私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた。(ヨハネの黙示録:7、8)これは患難時代における「七つの封印によるさばき」の第四の内容ですが、キリストが第四の封印を解いて、戦争や飢饉や

心の清い人たちは幸いである"

今日は、八福の教えの中の”心の清い人たちは幸いである”ということを考えてみました。八福の教えの第六番目は、「心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう」というものです。私たちの人生の究極の目標は、神とお会いすることだと聖書は教えています。聖書の一番最後の「ヨハネの黙示録」を見ますと、天国で何がなされているかが書かれていますが、そこでは、神とお会いし、天使たちや大勢の人々と共に神を礼拝している、その光景が繰り返し描かれています。 
私たちの人生の究極の目標は、永遠の天国において、生ける神にお会いし、神を礼拝し続けることです。この八福の教えの御言葉には、「神を見る」ということが書かれていますが、「神を見る」とは、神にお会いするということです。では、どんな人が「神を見る」のでしょうか

詩篇119:71の黙想

詩篇119:71の黙想6苦しみにあったことは 私にとって幸せでした。それにより 私はあなたのおきてを学びました。(詩篇119:71)詩篇119篇71節は、詩篇の中でもよく知られている御言葉の一つですが、試練と苦難が私たちの霊的成長に寄与するという考えを示しています。ここでは、詩人が苦難を通じて神の教えをより深く理解し、その結果として霊的に成長したことを認めています。苦しみや試練は一見否定的に見えるかも知れませんが、これらが神の定めを学び、内面を鍛える機会となることを示しています。 この考えは、ローマ人への手紙5章3-4節の「・・・苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す」という言葉にも反映されています。ここでは、苦難が忍

神にできないことはない」

『神にできないことはない』(マルコ10:17-27)この世の中に絶対に間違いのない統計が一つだけ存在します。それは人間の死亡率が100%であるという統計です。 皆さんは、この死という100%確実な現実と向き合っても希望がありますか。あるいは、死の病に伏している人に向かって絶対的な希望の言葉を語ることが出来ますか。もしそれが出来るなら、あなたが同じ立場に立たされた時に、あなたには希望があります。しかし、もしあなたが死を前にしている人に自信を持って希望の言葉を語れないとしたら、あなた自身、その立場に立たされた時、あなたには希望はありません。  さて、マルコの福音書10章17-27節 に出てくる人物は、この死に対する備えがない人でした。この人物は金持ちの役人で、何不自由ない生活をしていましたが、

『自分の行動の持つ力』

『自分の行動の持つ力』 今日は、以前にも一度ご紹介したことのある、ある若者の感動的なストーリーをご紹介します。鶴田健次訳です。 僕が高校一年生になって間もない頃のことだった。ある日、同じクラスの男の子が学校から歩いて帰るのを見た。彼の名前はカイル。彼は学校から彼の本を全部持ち帰っているようだった。僕は思った。‘いったい誰が金曜日に自分の本をすべて家に持って帰るだろうか。あいつはきっとガリ勉野郎に違いない。’ 僕には週末は色んな計画があった。友達と一緒にパーティーをしたり、フットボールをしたり。僕は肩をすくめて、また歩き出した。歩いていると、突然、たくさんの子供が彼のほうに走り寄るのが見えた。彼らは彼に飛びかかり、彼の腕から本をたたき落とし、彼を地面に倒した。彼の眼鏡は飛んで10フィートほど

内なる人のための糧

数年前のブログで掲載した祈りの人ジョージ・ミュラーをご紹介させて頂きます。ミュラーの自身の証にもありますように、祈り(神様に頼る)事だけで、孤児院の運営をされました。そのことからもどれほどミュラーが祈りの力を信じていたかわかりますが、ミュラーは祈りの前に必ずある事をしていました。それは、「「神の子たちが毎日しなければならない第一の事は、内なる人のために糧を得に行くことです。」と明言されています。ジョージミュラーという名前を聞けば ‘5万回の祈りの回答’‘イギリス孤児の父’という言葉を思い浮かべます。ミュラーは不遇だった幼い時代を乗り越え、信仰の道に入り、25歳の時には瀕死の重病から救われ、44歳の時に最初の孤児院を設立し、生涯の中で祈りだけで孤児院を5つ建てるという偉業をなし遂げました。ミュ

詩篇119:135 の黙想

詩篇119:135の黙想「御顔をあなたのしもべの上に照り輝かせ、あなたのおきてを教えてください。」(詩篇119:135) 詩篇119:135は、信仰者が神の導きと恵みを求める切なる祈りです。この祈りは、神との親密な関係を求める心の表れであり、神の御顔が私たちの上に輝くことを願う姿勢を示しています。神の御顔の光は、神の喜びと好意を意味し、それは信者にとっての導きと恵みの源です。また、「あなたのおきてを教えてください」という言葉は、神のおきてと指示がどれほど重要かを示し、義の道を歩むための知恵を求めています。これに似たメッセージが民数記6:24-26にも見られます。そこには、「主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。主が御顔をあなたに向け

コロンブスの卵

コロンブスの卵  クリストファー・コロンブスが、困難な航海の末にアメリカ新大陸を発見して、援助者のスペイン皇后イサベルのもとに戻ってくると、国民は誰かれの別なくコロンブスを大歓迎しました。まさに英雄であり、大スターであり、爆発的人気にコロンブスはもみくちゃにされるほどでした。  ところが、成功者を見ると、嫉妬して、素晴らしい業績に何かとケチをつけたがる心の狭い人々がどこにでもいるものです。何もできない、また何もしない者にかぎって、うるさく陰口をたたくのです。  ある歓迎の宴会の席で、凱旋将軍のように称賛を浴びているコロンブスの姿を見て、ある男が意地悪く、「新大陸の発見といっても、こんなに大騒ぎをするほどの出来事かな。船をただ西へ西えと走らせて行って、偶然にぶつかっただけじゃないか。さして困難

本当の生きがい

本当の生きがい  心の中にぽっかりと穴があいているような虚しさ・・・・、これは誰もが感じたことのあるものではないでしょうか。どんなに豊かな生活をしていても、あるいはどれだけ能力があって、自分のしたい事をできていても、それだけでは満足できない・・・、それが人間というものではないでしょうか。 いかなる動物も"生きがい"を求めて悩んだりはしません。人間だけが、生きがいを求め、生きる目的や意味を考えるのです。なぜでしょうか?パスカルは、「人は誰でも、神によってでしか埋めることのできない心の真空状態を持っている」と言いました。つまり、神との愛の関係を持つように造られた人間は、その関係を持つまでは心が満たされることがないのです。  今から3000年ほど前、栄華を極めたイスラエル王国のソロモン王は、すべて

ヤマアラシのジレンマ

“ヤマアラシのジレンマ”  19世紀のドイツの哲学者ショーペンハウアーの寓話に次のようなものがあります。  寒空の下、一匹のヤマアラシがいました。ヤマアラシはひとりでさみしく思っていました。そこへ、同じように寒がっているヤマアラシに出会いました。寄り添って温め合えば、さみしくないし、お互いが温かくなると思った二匹は、すり寄りました。  しかし、ヤマアラシたちはある程度近寄ると、自分の身を守るためのとげがお互いの身体を刺し合いました。二匹はどうにかして近寄って温め合おうとしましたが、背中の自分の身を守るためのとげが近寄らせてくれません。どうやっても近寄ることのできないヤマアラシ。二匹はお互いのとげが刺さらない距離を保ちながら、一緒に泣きました。  ヤマアラシたちは泣き合っているうちに、気がつき

The Cross Pendant

He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel

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Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......

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