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- 確かさという名の偶像(2)
(その1)今回からグレッグ・ボイドの著書Benefit of the Doubt(『疑うことの益』)の内容を少しずつ紹介していきます。今回は序章を取り上げます。(前回の記事では、留学時代に通っていた教会の牧師でもある同氏を「ボイド師」と呼んでいましたが、レビューという性格もあり、記述の簡潔さのためもあって、以後は敬称なしで書かせていただきます。)ちなみに”benefit of the doubt”というのは、「疑わしきは罰せず」を意味する英語の慣用表現ですが、キリスト教信仰における疑いの肯定的な役割にひっかけたタイトルになっています。「信仰」とは何か?これが本書の大きなテーマですが、ボイドは「信仰が強い」とはどういうことかについて考察します。彼自身が最初に回心した教会
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- 神の愛を呼吸する祈り
グレッグ・ボイドの著書をシリーズで紹介中ですが、彼のReKnewというミニストリーのサイトで、「不安になった時のための祈り」が紹介されています(元記事はこちら)。これは彼の著書Present Perfectから取られたものです(pp. 69-71)。ボイドはこれを「祈りの訓練prayer exercise」と呼んでいます。これは特に不安を抱えているときだけでなく、日常的に祈るにも良い祈りだと思いますので、要約して紹介します。* * *あなたにとって究極的に大切なのは、今この瞬間に神の愛に浸りきることだけであることを覚える。神が人となり、十字架の上でいのちを捨ててくださった完全な愛が今、あなたを包み込んでいることに意識を集中する。このことは、あなたが過去に達成したことにも、将来
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- 聖書に関するDVDと翻訳書2点
このところ多忙のため、更新が一ヶ月以上滞ってしまいました。最近の活動について、2つほど紹介します。まず、『なるほど!聖書』(リバイバル聖書神学校)というDVDを出しました。これは聖書についての入門的レクチャーを収録したもので、次の2つのビデオ(それぞれ約30分)から構成されています。1.なるほど!聖書の全体像(平岡修治師との対談)2.なるほど!聖書の読み方このうち、「全体像」では聖書とはどのような本であるかについて説明し、「読み方」では実際にどう読んでいったら良いのかについて、いくつか具体的な提案をさせていただいています。信徒向けの平易な聖書解釈学という感じの内容になっています。ところで以前、JCFNが主催したGlobal Returnees Conference 2015についてご紹介した
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- 確かさという名の偶像(25)
(シリーズ過去記事 第1部 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 第2部 11 12 13 14 15 第3部 16 17 18 19 20 21 22 23 24)グレッグ・ボイド著Benefit of the Doubt(『疑うことの益』)の紹介シリーズ、今回は「結びのことば:信仰をどう生きるか」を取り上げます。この最後の章でボイドは、彼自身が信仰と疑いをどのように生きているかについて語ります。たしかに、私たちは信仰の歩みの中で自分が信じていることがらについて深い確信を抱くようなときがあります。それについてボイドは言います。私はそのような時を大切にはする。しかし、それらを追求することはしない。時として確信を持つことができるなら、それは賜物である。けれども心理的な操作によって確信を持と
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- 歴史の中の十字架、聖書の中の十字架
教会暦では、今日はイエス・キリストが十字架にかけられ、死なれたことを覚える受難日にあたります。毎年の受難日にはキリストの十字架にちなむ音楽を聴きながら十字架について黙想するのですが、今年はサミュエル・バーバーの「アニュス・デイ」を聴きました。この曲は、バーバー本人の有名な「弦楽のためのアダージョ」のメロディに、ミサ曲で用いられるラテン語のテクストをつけて合唱用に編曲したものです:Agnus dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.Agnus dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.Agnus dei, qui tollis peccata mundi, dona nobis pacem.世
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- 新刊紹介『ユダヤ人も異邦人もなく』(山口希生師ゲスト投稿)
パウロ研究、特にいわゆる「ニュー・パースペクティブ」に関心のある方々にとって注目すべき新著が刊行されます。このブログでも何度か寄稿してくださった山口希生先生による、『ユダヤ人も異邦人もなく』(新教出版社)です。今回はこの本の刊行に際して、山口先生ご自身がその内容を紹介してくださいます。ぜひお読みください。(山口先生の過去のゲスト投稿記事 1 2)『ユダヤ人も異邦人もなく―パウロ研究の新潮流』の公刊に寄せて山口 希生今年の4月に公刊される拙著『ユダヤ人も異邦人もなく-パウロ研究の新潮流』(新教出版社)について、山崎ランサム和彦先生のご厚意で、先生のブログに紹介文を掲載させていただくことに心から感謝します。本書は、日本でも長らく注目を集めてきた「ニュー・パースペクティブ」と呼ばれるパウロ研究の新
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- 神は飛行機に乗らない(詩)
神は飛行機に乗らない神は飛行機に乗らない鉄道も車も使わない天使の輿から降りて神は歩く神は歩く地のちりの上を花咲く緑の野を風そよぐ麦畑の中を歩くために神は足を持つあたたかい血の通う肉と骨でできた足をサンダルの紐がくい込み擦りむけば血のにじむ足ほこりと汗にまみれ悪臭を放つ足それでも人にとって歩くことは生きることだから人と共に生きるために神は歩く神は歩く灼熱のシナイの荒野をバビロンに続く死の陰の谷をゴルゴタの丘を登る坂を 神がもう歩けないように人はその足を木に打ちつけただが三日目に 釘痕を残した足で神はエマオへと歩き出した約束の地へと至るために神は飛行機を使わない柔らかな座席に身を預けながら丘や谷を見下ろすことはしないファーストクラスのチケットを返上して民とともに 足にまめを作りながら一歩一歩
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- 遠隔授業事始
新型コロナウイルスは、神学教育にも甚大な影響を及ぼしています。感染拡大防止のため、はじめに首都圏で、さらに全国で緊急事態宣言が出され、私たちの神学校も事実上の閉鎖状態になりました。通常は教室で教師と学生が顔を合わせながら行う授業ができなくなり、すべてをインターネットを通して行う必要が出てきました。私が教えている神学校でも、前年度末から休校になり、新年度の開始も4月末に遅らせた上で、すべての授業をオンラインで開講することになりました。とは言え、私たちの神学校にとっては初めてのことであり、何をどうしたらいいのか皆目検討もつかないまま、手探りで準備が始まりました。これはおそらくITネイティヴの若い世代の学生より、教師の側に大きなストレスをもたらしたのではないかと思います。私も含め多くの教師は伝統的
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- ルカ文書公開セミナーのお知らせ
来る10月27日より、「ルカが語る福音の物語(ストーリー)~ルカ文書への招待」と題して、東京の聖契神学校にて6回シリーズでルカ文書に関する公開セミナーを行います。使徒パウロの同行者ルカが書いた二部作(ルカ福音書・使徒の働き)は、新約聖書の1/4を超える大きな割合を占めています。紀元1世紀の地中海世界を舞台に、60年余にわたって展開する壮大な福音のドラマをご一緒に体験してみませんか?今回のセミナーでは、ともすると別個の書として読まれがちなルカの福音書と使徒行伝を二部作の一貫したナラティヴとしてたどりながら、ルカ文書全体の構造や福音書と使徒行伝の関係、全体のテーマ、今日的意義などについて、専門家でない方々にも分かりやすくお話しします。スケジュールは次の通りです:2018/10/27(土)ルカ文書
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- ピーター・エンズ著『確実性の罪』を読む(1)
最近読んで感銘を受けた本を紹介します。ピーター・エンズが昨年出版したThe Sin of Certainty(『確実性の罪』)です。ピーター・エンズについては本ブログでも取り上げたことがありますが、米国ペンシルバニア州にあるイースタン大学の聖書学教授です。旧約聖書学や聖書と科学の関係などについての多くの著作があります。さて本書『確実性の罪』についてですが、「なぜ神は私たちの『正しい』信念よりも信頼を望まれるのか」という副題が、本書の内容を的確に要約しています。エンズは信仰の知的側面を決して否定しませんが、神に関する正しい知識を持つことを偶像礼拝的なまでに強調する一部のキリスト教のあり方を批判し、疑いや不確実さの中にあってもなお神に信頼していく姿勢こそ、信仰の本質であると論じます。エンズによる
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- [予告] N・T・ライト著『シンプリー・グッドニュース』邦訳出版
このたび、あめんどう社からN・Tライトによる『シンプリー・グッドニュース』の邦訳を出版することになりました。表紙画像はあめんどう社サイトより本書のテーマは、ずばり「福音」です。「福音(良い知らせ)」は、言うまでもなくキリスト教信仰の核心に位置する概念の一つであり、キリスト者によって日常的に使われる言葉でもあります。けれども、その意味は必ずしも正しく理解されてこなかった、とライトは指摘します。本書で彼は、聖書が告げる「福音」とは何か、特にその「知らせ(ニュース)」としての意味を明らかにしていきます。2015年に出版された原書 Simply Good News は、「N・T・ライトのグレイテスト・ヒッツ」と評されたこともあります。それまでライトが書物や講演を通して世に問うてきたさまざまな主張が、
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- 聖書信仰(藤本満師ゲスト投稿 その7)
(その1 その2 その3 その4 その5 その6)(『聖書信仰』書評)藤本満先生によるゲスト投稿ですが、最終回の今回はフェミニズム神学について語ってくださいます。私は男性がフェミニズム神学を論じることも、白人やアジア人が黒人神学を論じることも、重要であると考えています。「フェミニズム神学は女性がする神学」というステレオタイプが固定してしまうと、そもそも男女間の間にある隔ての壁を突き崩す可能性を持った神学が、より一層両者の溝を深めるセクト的神学にとどまってしまうのではないかと思います。ですので、今回藤本先生がフェミニズム神学を取り上げてくださったことを感謝しています。しばらく間が空いてしまいました。先生のブログ読者の方々にも申し訳ないと思います。ところで、このブログの主催者のaboutのところ
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- からっぽの神さま(詩)
からっぽの神さま神さまに願いごとをしました求めているものを与えてくださいと切に祈りました神さまに会うと神さまはさびしそうな顔で両手を広げましたその手はからっぽでした願っていたものはそこにはありませんでしたとても悲しくなりましたでも神さまはからっぽの両手でわたしを抱きしめてくれましたその両手には釘の痕がありましたわたしは神さまの腕の中でほんとうに求めていたものを見つけましたそして神さまの手はもうからっぽではありませんでした
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- 「平和をつくる者」(JETS全国研究会議開会礼拝説教2024.11.18)
ただ今より、日本福音主義神学会、第17回全国研究会議を始めます。この度は完全オンラインでの開催となりましたが、このようにたくさんの方々が日本中から、また海外からも参加してくださっていることを感謝します。私は東部部会の理事長、また今回の全国研究会議の実行委員長を務めております、山﨑ランサム和彦と申します。福音主義神学会を代表して、皆さまを心より歓迎申し上げます。福音主義神学会は三年に一度全国研究会議を開催しておりますが、今回の全体テーマを「平和」とさせていただきました。これから三日間、ともに平和について考え、対話をしていきたいと願っていますが、はじめに開会礼拝として、聖書を開かせていただきたいと思います。「平和をつくる者は幸いです。 その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。」
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- 藤本満師による公開講演会
このところ多忙によりブログの更新ができていませんが、来週5月16日(火)に名古屋で行われるイベントについてお知らせします。福音主義神学会中部部会では、毎年5月に部会外から講師をお招きして、公開講演会を開催しています。昨年は鎌野直人先生をお迎えして、旧約聖書における「福音」の概念について語っていただきました(こちら)。そして今年は藤本満先生を講師としてお迎えできることになりました。藤本先生についてはこのブログで何度も取り上げさせていただき、またゲスト投稿をいただいたこともありました。先生の書かれた『聖書信仰』(いのちのことば社)は福音派の間で大きな反響を呼びましたが、当ブログでも簡単な紹介記事を掲載させていただきました。ということで今回の講演会も個人的にたいへん楽しみにしています。今回は東海聖
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- グレッグ・ボイド・インタビュー(6)
(その1 その2 その3 その4 その5)今回からはボイド博士の最新刊についてお話を伺います。十字架の上で人類のためにいのちを捨てた愛の神イエス・キリストを礼拝するクリスチャンにとって、旧約聖書における、一見暴力に満ちた神の描写は大きな問題を引き起こします。このことについて、どう考えたらよいのでしょうか?* * *――今度出版される先生の著書、The Crucifixion of the Warrior God (十字架につけられた戦いの神)について教えてください。GB:現在(注:2016年12月19日)、ゲラ刷りの校正に追われているところです。今度の本は2巻本で合計およそ1,500ページになります。当初はこれほどの長さにする計画ではなかったのですが、だんだんと内容が発展して
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- 復活のキリストにはなぜ傷痕があるのか
現在グレッグ・ボイドのBenefit of the Doubt(『疑うことの益』)の紹介記事を連載していますが、そこでボイドは、十字架上のイエスにおいて啓示された神の姿は、旧約聖書で啓示された神の姿よりも優先するものであり、同時にそれらを解釈するためのレンズであると論じています(第18回、第19回)。それに関連してこの記事では、十字架に先行する旧約聖書に描かれている神のイメージだけでなく、その後に来る終末における神観も、十字架のレンズを通して見なければならないということを論じていきたいと思います。19 その日、すなわち、一週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人をおそれて、自分たちのおる所の戸をみなしめていると、イエスがはいってきて、彼らの中に立ち、「安かれ」と言われた。 20 そう言って
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- ピーター・エンズ著『確実性の罪』を読む(5)
(その1 その2 その3 その4)聖書は多様性に満ち、複雑で、そしてリアルな書です。その中には、画一化されたキリスト教の「敬虔」のイメージに当てはまらないような箇所、多くのクリスチャンにとって、教会で公に朗読するのがはばかれるような箇所もあります。けれども、そのような箇所から目を背けることなく、また自分の信仰理解にこじつけたような解釈を施そうとすることなく、聖書が語りかけることにじっと耳を傾けていくことによって、今まで見えなかった新しい世界が開けてくることがあります。ピーター・エンズは『確実性の罪(The Sin of Certainty)』の3章と4章で、旧約聖書の中からそのような箇所をいくつかピックアップしています。まずエンズはいくつかの詩篇を取り上げます。詩篇は神に対する賛美や感謝の祈
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- 確かさという名の偶像(10)
(シリーズ過去記事 1 2 3 4 5 6 7 8 9)グレッグ・ボイド著Benefit of the Doubt(『疑うことの益』)の紹介シリーズ、第3章「確実性という偶像」を取り上げるのは今回が最後です。確実性の追求という偶像前回までの記事を通して、偶像礼拝の特徴について見てきました。これまでの議論を受けてボイドは次のように結論づけます:ありていに言うと、その真摯な姿勢は否定しないものの、確実性を追求し、疑いを避けようとするような信仰理解は、イエスの時代の宗教指導者たちが捕らわれていたのと同じ宗教的偶像礼拝を反映していると結論づけざるを得ない。確実性を追求するクリスチャンたちが、愛と自己価値と神の前の安全を感じる―つまり自分の「救い」を確信する―ために必要とするのは、自分が正しいことがら
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- 聖なるものの受肉(広瀬由佳師ゲスト投稿0)
今回から何回かにわたって広瀬由佳先生(聖契神学校専門科卒業、立教大学大学院キリスト教学研究科前期課程修了、町田中央教会協力伝道師)に「聖なるものの受肉」というテーマでゲスト投稿を頂きます。広瀬先生はキリスト教倫理のご専門で、『福音主義神学』52号で同名の論文を発表されたほか、ドリームパーティでも2回にわたってこの主題で講演されました(1回目 2回目)。⓪はじめにはじめまして。広瀬由佳です。聖契神学校で学び、いまは「あり得ないほどのスケールで祝福を広げる」ために働いています。今日から恩師である山﨑ランサム和彦先生のブログでゲスト投稿をさせていただけること、とても楽しみにしています。そして、これを読んでくださる方の中に、いろいろな思いが起こされていくことを期待しています。起こされた思いを、いつか
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- 10The USSR was set up based on Marxism

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
