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- 砂漠の花園 第11回 「神のすばらしい創造と設計」
フォトグラファー サンティラン前田登茂恵冬の白い雪山、夏の赤茶けた荒れたはげ山、春の美しい緑と花が一枚の構図に収まるとき、「これぞ南カリフォルニア!」と思います。「一体何の季節?」とも思いますが(笑)。そして、今回この構図に収まった花が、また最高です!ほとんどの花が太陽に向かって咲く中、この花は天から降ってきたように、下を向いて咲くのです。その名も「シューティングスター(流れ星)」! その色の組み合わせといい、形といい、すばらしいデザインです。「さすが、主です!」なんて言いながら、感動して写真を撮ります。このような荒地砂漠のワイルドフラワーの写真を撮ると、英知をもってこれらすべてを創造され、その偉大な御力でもってこれらすべてを支配しておられる神をあがめずにはいられません。「ああ、主よ。全地は
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- 『歎異抄』と福音 新連載 第一回 親鸞人気を支えているもの
大和昌平 やまと・しょうへい1955年、大阪市生まれ。子供時代に浄土真宗に触れ、高校時代にキリスト者となる。東京基督神学校に学び、福音交友会・京都聖書教会牧師を25年務める。その間、佛教大学大学院で仏教学を研究する。現在は東京基督教大学教授(東洋思想・実践神学)。著書『牧師の読み解く般若心経』(ヨベル)等。 現代日本人がもっとも尊敬する日本の思想家は親鸞であるといわれる。五木寛之が満を持して著した『親鸞』(青春篇・激動篇・完結篇)には、血沸き肉躍る活劇もあり、しっとりとした恋愛譚も添えて、千年の都が武士に乗っ取られた驚天動地の世の中に、生身の親鸞が描かれている。鎌倉時代の仏僧が、現代日本でなぜこれほどに人気を博し、高く評価されるのだろうか。親鸞はキリスト教の組織神学書にあたる『教行信証』を壮
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- 時代を見る眼288 経済から福音を考える [3] 共に生きるために
日本メノナイトブレザレン教団福音聖書神学校 教務石橋キリスト教会 副牧師南野浩則申命記15章11節に「あなたの地にいるあなたの同胞で、困窮している人と貧しい人には、必ずあなたの手を開かなければならない」とあります。それは「共同体に属する者を飢えさせない」という神の価値観の表明と解釈できます。初代教会はこの理念を教会の枠を越えて拡大して、新たに共同体を建設していったと考えられます。かつて「神の民」には生活共同体としての性格がありました。一方、現在では教会と社会との接点はほぼ伝道に限られ、ときに政治に関心を寄せる人々がいても、経済が広い意味で議論されることはありません。主が私たちの生活のすべてを支配していると告白しつつも、経済の議論は避けられてきました。* * *震災の経験、
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- 特集 聖書を読むということ 呼吸法と黙想
エッセイスト・ラジオパーソナリティー 飯島寛子朝は私にとって最も心静かにできる時間。マラソンの練習の前後に行うのが聖書を読むこと、そして聴くことです。教会では聖書通読とともに、【聖書通聴(造語)】が奨励されていて、五年前から行うようになりました。「信仰は聞くことから始まり……」(ローマ10・17)とありますが、耳からみことばを味わうということを実践しています。けれども、読むにしろ聴くにしろ、自分の心が散漫で、脳が雑念でいっぱいではうまくいかない。いわゆる無の状態にならないとなかなか神さまからの声が聞こえてきません。特に心配ごとが渦巻くときなど、集中できないままで終わることがあります。そこで私が黙想のときに取り入れているのが呼吸法です。*マラソン・水泳・ヨガなどをしている方々は体得していること
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- 「信仰と仕事」を統合するための必読の書
『この世界で働くということ―仕事を通して神と人とに仕える』ティモシー・ケラー 著峯岸麻子 訳B6判 2,000円+税いのちのことば社グレースシティチャーチ東京Lightプロジェクト・ディレクターサックス知子本書は働いているすべての人にお薦めしたい本です。一般社会、家庭、教会という働く場所を問わず、有給無給に関係なく、すべての働いている方々が対象です。毎日私たちは、多くの時間と労力を仕事に費やしています。しかし、クリスチャンとして信仰をどのように仕事に生かせばいいのか、今の仕事が神から与えられた召しなのだろうか、仕事の意味は何なのだろうかと、一般社会で働くほとんどの人は悩んでいるか、または割り切って信仰と仕事を分けているのが現状です。この本の共著者キャサリンも、かつてビジネス・ウーマンとして、
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- しあわせな看取り―果樹園の丘の訪問看護ステーションから 第9回 私の出エジプト
岸本みくに惠泉マリア訪問看護ステーション所長札幌キリスト召団 余市教会員大阪、堺市生まれ。幼い時に父を交通事故で亡くし、母の、「手に職をつけ早く自立するように」との教育方針で、子どもは3人とも医療系に進んだ。卒後15年間大阪の淀川キリスト教病院に勤め、その後、地域医療や福祉、キリスト教の共同体などに関心を持ち、各地をうろうろ。2008年より現在の惠泉マリア訪問看護ステーションに勤務。現在同ステーション所長。北海道に住んで20年、大阪弁と北海道弁のバイリンガル。「彼らは、その兄弟たちの部族の中で相続地を持ってはならない。主が約束されたとおり、主ご自身が、彼らの相続地である」(申命記18・2)このみことばは、私が自分のライフワークと思い、取り組んできたホスピスの働きを諦めなければならない事態に直
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- 特集 聖書を体験する。教会暦に沿ってみことばを日毎に味わう
さまざまな思い渦巻く新生活のスタートに向け、今までにない角度から、より深い部分で神様との交わりを持つための手引きとなる本をご紹介!ジョン・ストット日毎の聖書ジョン・ストット 著中台孝雄 訳定価3,200円+税東京基督教大学大学院 特任教授 倉沢正則多くの人が一年で聖書を通読しようと志しますが、それによって聖書の全体が理解できるかというと、必ずしもそうではありません。日毎のデボーションで用いるツールも、手頃で短く聖書の一節から今日の糧をひもとくものから、ある特定箇所の聖書研究的なものまで多様ですが、聖書の全体を理解するように意図されているものは少ないようです。しかし本書は、聖書の全体をしっかり学べて、しかも日毎のデボーションで用いることのできる優れものです。教会暦に沿って創世記から黙示録までの
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- 「ダビデの子」イエス・キリスト 第11回 「『ダビデの子』がエルサレムに入場して」
三浦譲日本長老教会横浜山手キリスト教会牧師、聖書宣教会聖書神学舎教師マタイの福音書だけが、エルサレム入場の前からイエスを人々の病を癒やす「ダビデの子」として描きます(9・27―31、12・22―23、15・21―28)。しかし、イエスのエルサレム到着あたりから、共観福音書のすべてが「ダビデの子」と呼ばれるイエスを記録します(マタイ20・29―34、マルコ10・46―52、ルカ18・35―43)。 *つまり、イエスはエルサレムに「ダビデの子」として入場します。この場面から、共観福音書ではダビデとつながりの深い詩篇が引用されていきます。今回は、そのうちの最初の二つの詩篇引用を取り上げます。詩篇118篇まさしくイエス・キリストがエルサレムに入場する場面で、詩篇118篇26節「主の御名によって
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- 書評Books 苦闘する女性たちの背後にある 神の摂理を描く
『限りない愛に魅せられて』遠藤芳子 著四六判 1,200円+税いのちのことば社聖書神学舎 校長 鞭木由行この書物は、前作『もういちど会える日まで』の続編で、やはり二部構成になっています。第一部では、著者が、牧師であり夫であった遠藤嘉信先生を天に送った後の約九年間の歩みが証しされ、第二部「その翼の下に ルツ記に表された神の愛」には、著者が奉仕する和泉福音教会で語ったルツ記の連続講解説教五篇が収められています。遠藤嘉信先生は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病が発覚してからわずか一年余りで天に移されました。あれから間もなく十年が経過しようとしています。それは、多くの人々にとって今も忘れることのできない悲しみであれば、ご家族にとって、格別に伴侶として歩まれた著者にとって、どれほどの心の痛みを伴
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- 書評Books 「教会である」とは何かを教会に問う
保守バプテスト同盟 北上聖書バプテスト教会 牧師 佐々木真輝『痛みを担い合う教会―東日本大震災からの宿題』第6回日本伝道会議「痛みを担い合う教会」プロジェクト 編 A5判 1,200円+税いのちのことば社本書は福音的であることを自認する諸教会に「教会であること」の意味に正面から取り組むよう訴えるものです。「傷みを担い合う教会」というテーマは言葉としては何となく分かりますが、いざ「痛み」とは何か、「担い合う」とはどういうことか、そもそも「教会」が痛みを担うとはどういうことかと問われると、案外答えに詰まるものです。そんな問いに被災地支援の現場に立ち続けた三人の視点と、震災以前から地方伝道や社会的弱者との共生を課題としてきた三人の視点が組み合わさることで、日本のキリスト教界が抱え続けている課題を立
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- ミニ特集 信仰の成長に必ずや貢献してくれる物語
日本キリスト合同教会 板橋教会教会員大井百合江『祈りのちから』クリス・ファブリー 著中嶋典子 訳定価2,300円+税昨年公開された映画「祈りのちから」を観たクリスチャンの多くが、祈ることの素晴らしさを感じたことと思います。この本は、その映画の原作ではなくノベライズです。映画を観た私などはその映像を思い浮かべ、そのときの「あぁ、私も特別に祈りの部屋を作って(日本人の多くにとっては、このスペースの確保が難題ですが)、みことばをたくさん読んで、何でも祈ろう」と決心したことを思い出しました。*映画では表現しにくかった登場人物の心情が、文章だと繊細に描かれているので、小説として初めて読む方も十分に感動することでしょう。感動と書きましたが、クリスチャンであれば、信仰の成長に必ずや貢献してくれる物語なので
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- 書評Books 喜びのある人生を得たいと願っているあなたに
社会保険労務士 アスリート事務所 富所正史 『いのちに向かう道―「世の光」「ライフ・ライン」バイブルメッセージ集』太平洋放送協会(PBA)企画構成四六判 287 円+税いのちのことば社あなたは今、心から喜びのある人生を過ごしていますか。喜びに満ちた幸せな人生を歩んでいますか。もし、人生の迷いの中にあるなら、そのような方にこそ読んでほしい『いのちに向かう道―「世の光」「ライフ・ライン」バイブルメッセージ集』です。太平洋放送協会は、今年、創立六十五周年、電波を通して多くの牧師たちのメッセージを発信してきました。その働きに心から敬意を表したいと思います。この本の冒頭に羽鳥明先生の「波長を合わせる」(詩篇19・4)があります。「素晴らしいメッセージが発信されていても、聞く人がスイッチをONにしなけ
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- 連載 恵みの軌跡 第四回 精神科医としてのスタート
柏木哲夫一九六五年、大阪大学医学部卒業。ワシントン大学に留学し、アメリカ精神医学の研修を積む。一九七二年に帰国し、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設。翌年日本で初めてのホスピスプログラムをスタート。一九九四年日米医学功労賞、一九九八年朝日社会福祉賞、二〇〇四年保健文化賞を受賞。日本メノナイト ブレザレン石橋キリスト教会会員。医学部を出て、一年間のインターンを終えて、大学の精神神経科の医局に入りました。学生のときに精神科の講義の中で興味があったのは、心身医学でした。簡単にいうと、心の状態が体に現れるということです。特に心因性の蕁麻疹の講義は印象的でした。心の持ち方で蕁麻疹が出る、やや過酷な実験でした。鯖で蕁麻疹が出ると訴える患者さんに、心因性の要素が強いことを知ってもらう実験です。本当にエキ
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- 書評Books 西郷どんは、聖書を読み、教えておられた
『西郷隆盛と聖書―「敬天愛人」の真実』守部喜雅 著四六判 1,200円+税フォレストブックス日本バプテスト連盟 伊集院バプテスト教会 協力牧師 麦野 賦二〇一八年NHK大河ドラマ「西郷どん」は、明治維新百五十年を記念する番組として地元・鹿児島では高視聴率を維持し、書店には「西郷隆盛の生涯」などに関する本が百冊以上並べられ、多くの人々が関心を寄せています。西郷隆盛の出身地である鹿児島では、島津斉彬(薩摩藩主)、篤姫(斉彬養女、徳川御台所)、小松帯刀(薩摩藩家老)、大久保利通(明治維新元勲)らを大きく引き離して敬愛されています。西郷隆盛が好んで使い、揮毫したとされる「敬天愛人」の言葉は、多くの人々に親しまれ、わが家では額縁に入れて掲げています。本書『西郷隆盛と聖書―「敬天愛人」の真実』のはじめ
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- 書評Books 人々の悩みや悲しみに対して、時代を超え慰めと励ましを与える
『いこいの水のほとりにて―魂への慰めのことば』C・H・スポルジョン 編佐藤 強 訳A5判 3,000円+税いのちのことば社淀川キリスト教病院 理事長 柏木哲夫このたびいのちのことば社より、C・H・スポルジョン編、佐藤 強訳『いこいの水のほとりにて?魂への慰めのことば』という聖書日課が発売されました。貧困、犯罪、疫病、孤児であふれかえっていた十九世紀のロンドンで、厳しい現実の中で失望し、痛む教区民を前に、「説教者の中の説教者」と呼ばれたスポルジョンが実際に語った説教が収録されています。スポルジョンの著書はすでに十数冊日本語で翻訳出版されていますが、訳者の佐藤強先生が、本書を世に出したいと願われた理由が「あとがき」に記されています。先生が淀川キリスト教病院の伝道部でチャプレンとして働いておられた
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- 私はこう読んだ『聖書 新改訳2017』を手にして
第6回評者吉川直美単立シオンの群教会牧師。聖契神学校教師。女子寮主事。新しいぶどう酒を注がれて初めて熟読した聖書は、新改訳聖書の第二版だった。未知なる聖書の世界に興奮冷めやらず、いやというほど付箋を貼り、書き込みや色とりどりのマーカーをしたものだった。第三版に切り替えてからは書き込みを控えるようにしたが、何章何節はおおよそ左下にあるというように、聖書箇所を視覚で記憶し、暗唱聖句も耳に残っている。新しい聖書に切り替えるということは、心とからだに染みついた記憶を再編し、そこに新しいことばが注がれていくという、信仰人生の中でそう何度も経験することのない貴重な機会である。『聖書 新改訳2017』という新しいぶどう酒はどのような味なのだろう、私はその新しい酒を受け入れ、存分に用いることができるだろうか
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- 時代を見る眼277 [1]宗教改革500周年をこえて 「恵み」は「優美」??
神戸改革派神学校 校長吉田 隆 “宗教改革500周年”という言葉が昨年あたりから盛んに見受けられ、今年は肝心の10月31日に行き着く前にすでに食傷気味である。お祭り好きなのは、日本人に限らないらしい。今年は、本場ドイツもそうとうな盛り上がりようで、さまざまな行事が目白押し。ルター・グッズも、定番の記念切手やTシャツからルター人形や“ルター・バーガー”まで。私は今年ドイツに出かけた同僚牧師から「メガネ拭き」をお土産にもらった。表面にはルターの肖像とエペソ2章8節のみことば(もちろん、ルター訳!)。「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です」。このメガネ拭きで汚れた眼鏡を拭くと、何とまぶしいほどに神の恵みを再発見する! という
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- 聖書 新改訳2017 どう新しくなるのか? 新連載〈1〉 全面改訂がなぜ必要なのか
新日本聖書刊行会・新約主任前橋キリスト教界牧師 内田和彦十数年にわたる『聖書 新改訳』の改訂作業が、間もなく終わろうとしています。今年十月の宗教改革記念日ごろには、新しい『聖書 新改訳2017』を皆さんの手に取ってごらんいただける予定ですが、どのように変わるのか、なぜそう変えるのか、概要をご紹介しましょう。*全面改訂は、なぜ必要なのでしょうか。新しい聖書は新鮮でも、なじむのに時間がかかるでしょう。「右側の上の段にあった、あのみことば」が別の位置に移って、見つけにくくなるかもしれません。聖句暗記も、すべてではないにしても、し直すことになるでしょう。古い版と新しい版を併用すれば、輪読がしにくくなります。もちろん、購入する負担もかかります。そのような「不便」や「負担」が生じても、聖書を改訂する必要
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- 特集 宗教改革から何を学ぶか ドイツで経験する宗教改革五百周年
ドイツ・ハンブルク在住 宣教師 井野 葉由美今年はマルティン・ルターがヴィッテンベルク城教会の扉に九十五か条の提題を貼り付けた一五一七年十月三十一日から、ちょうど五百年に当たります。一般にこの時から、プロテスタントの宗教改革が始まったとされ、十月三十一日は宗教改革記念日となっています。ドイツでは、今年に限り、この日を国民の休日としています。*全世界のプロテスタント教会において、今年は何かと記念行事が行われているでしょうが、発祥の地ドイツでも、数年前からこの年のために、さまざまな準備がなされてきました。ドイツでは、二年に一度五月ごろに、全ドイツプロテスタント教会大会が、各都市持ち回りで行われるのですが、今年の会場として、ベルリンとヴィッテンベルクが選ばれていました。城教会のあるヴィッテンベルク
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- 『歎異抄』と福音 第七回 十字架における神の義と愛との違い
大和昌平「罪悪深重煩悩熾盛」と畳み掛ける表現は、一度聞くと忘れられないインパクトがある。『歎異抄』第一章には、生きるものが根底に抱える悪性ゆえの苦しみへの阿弥陀仏の憐れみが語られていた。印象的な表現を再度引く。◇「弥陀の本願には、老少善悪のひとをえらばれず、たゞ信心を要とすとしるべし。そのゆへは、罪悪深重煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。」(第一章)|阿弥陀仏の本願は、老人であろうが若者であろうが、善人であろうが悪人であろうが関係はないのです。ただ信心だけが必要なのだと知るべきです。その理由は、深く重い罪悪と燃え盛るほどの欲望を抱える我々を助けようとしての本願だからです。ここには善悪の区別を超えた救済を語る点でキリスト教との類似性がある。信心が要だとするのも、「信仰のみ」の宗教

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
