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ティンデル聖書注解大解剖 [推薦文]コンパクトで信頼のおける注解書

伊藤明生東京基督教大学 学部長(新約学専攻) 大学生時代のことでありますから、かれこれ二十年以上も前のことです。教会の青年会で、聖書研究をすることになり、CLCブックス御茶ノ水に適当な注解書がないかと探しに行ったところ、洋書部の店員が紹介してくださったのがティンデル聖書注解でした。 その際、 聖書研究に取り上げたのはテモテへの手紙第一(確か!)で、お世話になったのはドナルド・ガスリーの牧会書簡の注解でした。以来、神学生時代、留学時代、神学校の教師になってからも、時に応じて私の必要に応えてくれたのが、ティンデル聖書注解でした。留学時代は、マタイの福音書で論文を書いたので、ディック・フランスのマタイの注解には、たいへんお世話になりました。 「ティンデル」とは、英国の宗教改革者であり、聖書翻訳事業

踊るクリスチャン 第一回 賛美のかたち

清水好子単立・入間聖書バプテスト教会牧師夫人 世界的に有名なバレリーナ、アンナ・パヴロワのことを知ったのは、小学校四年生のときです。少し言いまわしが違うかもしれませんが、「どんなに足が痛くても、どんなにつらくても、パヴロワは一生懸命練習しました」という言葉と一緒に踊っているパヴロワの写真を見たことがあります。それが、私とバレエとの出会いでした。 自分で探し、初めて訪れたお稽古場。初めてのレッスン。そしてフリルのついたレオタードとバレエシューズ。毎週楽しみに通いました。でも、やっとトウシューズをはき始めた頃、事情があってやめることになりました。それでも、「いつか、またやらせてください」と祈っていました。 いつも疑問に思っていることがあります。聖書には舞踊の記述があり、舞踊は神への賛美、人間の喜

折々の言 20 「沈黙」に裏打ちされたもの

工藤 信夫平安女学院大学教授 精神科医一、黙想のすすめ 以前私は、この連載の中で信仰者の「多弁」は宗教性の喪失だけでなく、文化の浅薄さ、衰退を意味しかねないこと(7月号)、安易な「言語化」つまり概念化は人と神とをパターン化し、その神秘性や創造性を危うくする側面があるという話をしたことがある(2月号)。 この点、スイスの精神医学者、P・トゥルニエのたどった心の軌跡は示唆的である。 彼は、すぐれた臨床医、神学者、キリスト教思想家として深い人間理解と洞察の書を表し、生涯おびただしい数の講演活動をした人物であるが(1977年来日)、彼は晩年、自分の仕事のほとんどは、朝の「黙想」「瞑想」から生まれたと言っているからである(『人生を変えるもの』山口實訳 ヨルダン社 138頁)。 つまり彼は「多弁」や「多

21世紀の伝道を考える 9 全世界に福音が伝えられるために(1)

ロアルド・リーダル新生宣教団 総支配人厳しい現状を見つめる ここ数年、多くの国々が経験してきたリバイバルは、かつてないほど大きなものです。まず今日のアフリカでは、人口の18~20%がクリスチャンだと言われています。そして、東南アジアの少数民族のクリスチャン人口の割合は、その比率をはるかに超えています。そしてロシアをはじめとする周辺の共和国や東欧では、数えきれないほどの人々がキリストを受け入れています。そして中国のリバイバルは、すべての面においてこれらの国々の勢いに勝っているようです。 これらの国々の他にも多くの国では、必要とされる聖書の最低数を大きく下回り、厳しい現状にあえいでいます。中国ではすでに数々の異端グループが生まれ、アフリカでも間違った教えを信じたり、信仰を失う人が多く、教会の人々

すばらしい本との出会い 読書は平和への祈りと神ご支配への感謝

玉木 功日本バプテスト連盟 東山キリスト教会 牧師日本クリスチャンペンクラブ 副理事長 「数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。」(黙示録二〇・一二) 今回、私はタイトルを「読書は平和への祈りと神ご支配への感謝」とつけました。私はどのような本を読んでも、このような思いに立っています。例えば今、日野原重明先生の『現代医学と宗教』(岩波書店)という本が手元にあります。三年前に息子の真一から贈られたものです。当時もそして現在も「読書は平和への祈りと神ご支配への感謝」だとしみじみと感じつつ、この本を読んでいます。私の読書傾向はこのタイトルそのものといえるでしょう。 もちろん他の本は絶対に目にしないという姿勢ではありません。たとえば今秋話題になり、今も残さ

被爆60年 キリスト者として 戦後60年を記念して いのちのことば社の新刊紹介

ヒロシマ・ナガサキの思い、未来へいのちのことば社編「あの日」B29から落とされた「新型爆弾」は、二つの町と市民を死に追いやり、世界を変えてしまった。その瞬間を目撃し、廃墟の中を生き抜いてきた人々が六十年を経た今、核の恐ろしさと戦争の非情さ、さらに平和の尊さをあらためて訴える。B6判 予価1,260円アンクル・ジョンとよばれた男リアム・ノーラン著 菅野和憲訳歴史に埋もれた偉大な日本人の記録である。第二次世界大戦中、命を懸けて敵のために奔走した人がいた。ルーテル教会の牧師で捕虜収容所通訳として召集された渡辺潔がその人だ。祖国と敵国のはざまで悩み苦しみながらも、平和を追い求め続けた彼の半生を綴った感動のノンフィクション。1965年にアイルランドのジャーナリストによって著された本書が、ついに祖国日本

世界一弱いお父さんからのメッセージ 止揚くんの成長とともに

止揚くんの成長とともに 西村さんの発病から二年後、雅代さんは四人目の子どもを妊娠。やがて生まれてきた三男は、ダウン症だった。西村さんは「止揚(しよう)」という名前を付けた。「矛盾を乗り越えて、さらに高い次元に進む」という哲学用語である。その名前には「ハンディを乗り越えて、より豊かな人生を過ごしてほしい」という西村さんの祈りがこめられている。 現在、西村さんは、人の二倍も三倍も時間をかけて成長する止揚くんの成長を見守りながら、自らの身体の変化と照らし合わせて、こう記している。 「〈成長と後退〉〈獲得と喪失〉は対立するものと考えていました。でも、改めて日記を読み返すと、私自身の中では対立ではなくて、同心円上のもので、互いに補い合うものと感じているようです」

日本人の精神風土と福音宣教 宗教心にあつい人々

松岡 広和単立 のぞみ教会  牧師 「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。」(使徒一七・二二) 私はあるとき、修験道が盛んなところとして有名な地域の教会に、集会のご用のお招きをいただきました。一般的に、そのような地域は伝道が難しいと思われがちなのではないでしょうか。 ところが、行ってみてわかったのですが、その地域は、人口に対する教会数が決して少なくないということでした。またその集会にも、かなりの方々が来てくださり、近隣の教会からも何人もの信徒の方々が来られていました。 その教会の牧師先生のお話によると、その地域の人々は、修験道という信仰に慣れ親しんでいるがゆえに、かえって、どのような信仰形態にも心が開かれているということでした。都会などでは

天国に行く前に寄っていきたい 現実は厳しくても笑っていける

 その「天国」は大阪堺市にあった。コテコテ関西弁の「天国」だ。そこには、16人のお年寄りが集まり、またそこから自宅にいる大勢のお年寄りに介護ヘルパーを派遣している。「神様がいれば大丈夫」と、突進する男主人、泰三さんと、その姿にややあきれながらもついていく妻、聖子さんは、とにかく神への信仰と、スタッフや家族の支え、そしてお年寄り自身に励まされながら「天国」を切り盛りしている。 聖子さんは小さい頃から書くことが好きで、7年ほど前から、友人の紹介で文章教室に通い始めていた。そして、2001年に公募された第1回「ウーマンズ・ビート大賞」カネボウスペシャル21で、その作品「花、咲きまっか」が2610編の中から大賞に選出。なんと賞金、一千万円。介護事業所「シャローム」を始めた経緯、そこに集まるお年寄り、

ブック・レビュー レフトビハインド6『アサシンズ』

津田真吾単立 町田キリストの教会 副牧師神の計画の中に生かされているクリスチャン 前作『アポリュオン』に続き、「レフトビハインド」シリーズの第六巻目『アサシンズ』が発売された。 「アサシンズ」とは「暗殺者たち」という意味である。タイトルのとおり、暗殺が企てられ、そのいくつかが実行されていく。 このシリーズは、今を生きる、そしてこれからを生きていくクリスチャンに大切なメッセージを語ってくれている。 それは、神の計画はキリストで終わったのではなく、今もなお続いているということであり、そして、私たち一人ひとりがその計画の中で生かされ、その計画を負っているということである。 クリスチャンは、そのことをどれだけ意識しながら日々生活しているであろうか。まさに、このシリーズに登場する者たちもストーリーが展

ブック・レビュー 『主の来臨を待ち望む37の黙想』

池上 安西日本福音ルーテル教会 新田キリスト教会 牧師アドベント、クリスマス、キリストの王国到来に備えて 慌ただしい師走を前に、キリストのご降臨に備える「アドベント」の時を過ごすために幸いな一書が出版された。これは好評の既刊『十字架の道をたどる40の黙想』(いのちのことば社刊)の姉妹書であり、「教会暦」に基づくみことばの黙想の書である。 教会暦は一年を、キリスト待望にスタートし、主イエス・キリストの誕生と公生涯、受難と死、復活と昇天、そして聖霊降臨、続く教会の誕生とその宣教に当てている。古来あわせて、歴史的教会は、日々キリスト者がみことばの中心である「主」とともに歩むように、旧・新約の全聖書を通読してきたが、今日も世界の多くの教会が、聖書日課に従い礼拝をしている。 著者も述べているように主日

ブック・レビュー 『キリスト教神学』第1巻

河野 勇一日本バプテスト教会連合 緑教会 牧師、東海聖書神学塾 教師信仰の確信と喜びを与える「福音主義神学」の決定版! 私は約二〇年前、米国のべセル神学校において、エリクソン師による「組織神学」を受講する機会を与えられました。そのとき、いろいろな神学テーマについて歴史上の諸見解や現代における種々の立場を広く、公平に紹介しつつ、福音的な観点から明晰な切り口で分析、評価する師の講義に感動を覚えたものでした。 まもなく、それが三巻にわたる「Christian Theology」として順次刊行されました。すでに帰国していた私は、クラスを再受講するような気持ちでそれを読み、ことあるごとに参考にしてきました。その改訂新版がこのたび翻訳出版され、日本語で多くの人に読んでいただけるようになるとは、実にうれし

弱く、遠く、小さき群れより 第7回 終わらない旅

向谷地生良北海道医療大学 看護福祉学部助教授浦河日赤病院 ソーシャルワーカー《 内容については2006年4月に出版される書籍『「べてるの家」から吹く風』をご覧ください 》

弱く、遠く、小さき群れより 第17回 公私混同のすすめ

向谷地生良北海道医療大学 看護福祉学部助教授浦河日赤病院 ソーシャルワーカー《 内容については2006年4月に出版される書籍『「べてるの家」から吹く風』をご覧ください 》

弱く、遠く、小さき群れより 第4回 「あきらめる」ということ

向谷地生良北海道医療大学 看護福祉学部助教授浦河日赤病院 ソーシャルワーカー《 内容については2006年4月に出版される書籍『「べてるの家」から吹く風』をご覧ください 》

イエスさまに出会った少年の物語 第2話 溢れたパンと魚

橘由喜〈前号までのあらすじ・六十年前、九才の時、イエス・キリストに出会った老人は母に作ってもらった弁当を抱えてイエスの後を追いかけてきた。〉 わたしは、イエス様のすぐそばでうずくまって聞きながら、早くこの弁当をお渡ししたいと、ドキドキしながら機会を狙っていた。もう夕方だったし、早くイエス様に弁当をお渡しして、わたしも家に帰らなければと思っていたのじゃ。 だがイエス様のお顔を見ているうちに、なんだかな、こんな貧しい弁当をお渡ししていいのか、という思いが出てきたのじゃ。渡そうかどうかためらっていたとき、ちょうどお弟子さんの声が聞こえたのじゃ。 「ここは寂しい所ですし、時刻ももう回っています。ですから群集を解散させてください。そして村に行ってめいめいで食物を買うようにさせてください」 何と? 帰れ

時代を見る目 99 「Hymn Explosion」と日本の教会

井上 義日本同盟基督教団 等々力教会 牧師 一九五〇年代、牧師たちの毎週の説教と賛美歌選択という職務の危機意識から、英国で”Hymn Explosion”と呼ばれる賛美歌創作運動が起こった。そこでは現代の牧師の説教に見合うだけの内容的質を持つ賛美歌が少ないとの議論がなされ、新作賛美歌詞の創作と検討が始められた。彼らは、牧師にとって教会にとって「何を歌うのか」は、「何を祈るのか」あるいは「何を告白するのか」と同じ意味を持つと考えた。よって”Hymn Explosion”とは賛美の「音楽」ではなく「歌詞」あるいは「教会の言葉」についての深い関心に根ざす運動であり、賛美歌を教会の公の告白の言葉と考え、そこに説教の言葉と同様の意味で深い神学的な反省の目

折々の言 16 私語のない中学校のこと2

工藤 信夫平安女学院大学教授 精神科医 一、中学生からの感想文 前回、私は私語の全くない公立中学で話をした驚きを述べ、中学生の感性の純粋さに感動したことを述べた。 前回、紙面の都合で割愛したが、一緒に送られてきた感想文の中には、次のようなものがあった。 生徒(2) 工藤信夫先生の講演を聞いて 私は、今までに、「自分は何のために生きているのか」とか「自分は生きてる意味があるのか」と考えたことがあります。その度に辛くなります。しかし、工藤先生は(今回)「生きてる一人ひとりに意味がある」とおっしゃいました。また、「一人ひとり何か優れた才能がある」ともおっしゃいました。 けれども私にはまだ「これだけには自信がある!」というものがありません。しかし、これから自分の好きなことを生かして、その仕事に就きた

信仰を自分のものとしたとき 葛藤の中で見つけだした信仰

金本 悟練馬神の教会牧師 私はクリスチャンホームに育った。高校生の時に信仰を持ち、大学時代はキリスト者学生会(KGK)で信仰の養いを受け、教会でも忠実な信仰生活を送ってきたと思う。学生時代、私はイエス様と同じように隣人を愛することができると心から信じていた。 しかし、いざ、人を愛することと、自分を愛することとの間で利害関係が絡んだときに、自分を優先し隣人を愛せないことを見いだしてしまった。その時の驚愕と恐怖を今でも忘れることができない。そのような時、ヨナ書を読み、自己中心な預言者であるヨナをも大切にする神の愛に触れ、献身した。自立した信仰への第一歩であったと今にして思う。 また、信仰を深める一つのきっかけになったのは、留学中に読んだ聖書論の本だった。目から鱗が落ちるほど驚いた。そこにはいまま

クリスチャンは戦争をしてもよいか? 2 「平和ボケ」した平和主義ではなく

藤原 淳賀東京基督教大学専任講師 ナイーブな平和論私は平和主義(Pacifism)の伝統に立つ者だが、現在の日本の平和主義、また多くのキリスト者の平和主義とは立場を異にしている。彼らの平和主義にはシビアな現実理解も、平和のための代価(コスト)を払う覚悟もないからである。日本の一般的な平和主義はナイーブな感情論である。「罪のない子供たちがかわいそう」「戦争は絶対に悪」だから戦争反対だという。またクリスチャンは、「神様はすべての人を愛しておられる」「聖書に殺してはならないと記されている」から戦争反対だという。これらは決して間違ってはいないが、そこで終わってしまうなら議論としては不十分である。素朴でナイーブな平和主義者は戦争に反対するのみで、現実的な代案を示さない。「平和」を唱えていれば平和がおと

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Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......

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