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愛を動機とした目標」

今日は、”愛を動機とした目標”について考えてみました。 人は自分の人生をより良いものにするために色んな目標を掲げますが、その目標がどういうものであるかということ以上に、その目標が何を動機としているかが重要な気がします。その意味において、私たちクリスチャンが掲げる目標は愛を動機としていることが大切です。 「いっさいのことを、愛をもって行いなさい」(1コリント1:14) 神は、私たちが何をするかということよりも何のためにするかということに関心を持っておられます。ですから、クリスチャンであるあなたが立てる目標、つまり神が祝福される目標は、愛が動機でなければなりません。 あなたは、どんな目標をお持ちですか? その目標は何が動機になっていますか? 人は、目標を立てるとき、周りからの圧力、罪意識、欲、

人の心を思いやることの難しさ

人の心を思いやることの難しさ 人の心を思いやるということは何と難しいことでしょう。特に隠れたところにある事情を知らないとき、私たちは見える部分だけを見て相手を判断し、さばいてしまうようなことがないでしょうか。人はしばしば誰にも言えない隠れた重荷を抱えて生きているということがあるものです。 ある高校生がこんな事を書いていました。 僕の母は昔から体が弱くて、それが理由かどうか知らないが、母の作る弁当は質素で見映えの悪い物ばかりだった。友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、弁当はゴミ箱へ捨てていた。 ある朝、母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老を入れといたよ」と僕に言ってきた。僕は生返事でそのまま高校へ行き、こっそり中身を確認した。すると確に海老が入っていたが、殻剥きもメチャクチャだ

新型コロナウィルスの本当の怖さ

新型コロナウィルスの本当の怖さ 毎日、世界中がコロナウィルスの話題で持ちっきりです。このところ中国での感染は落ち着いたようで、しかも感染者の約88%が回復したと報告されています。しかし、欧米諸国では感染が急速に広がりつつあり、3月20日午前11時13分現在、世界での感染者数は25,495人、死者が11,147人です。 また、イタリアでの感染者が中国(81,250人)に次ぐ47,021人で、死者が中国(3,253人)を上回る4,032人です。アメリカは、感染者の数ではスペイン、ドイツ、イランに次ぐ世界位で1,018人、死者は210人になりました。 今日現在、新型コロナウィルスの感染は14か国におよび、11,147人の尊い人命が奪われたことは確かに大きな問題であり、世界中の人々を恐怖に陥れ、至る

キリストの再臨に備える」

『キリストの再臨に備える』 今年もあと二日で終わり、2018年を迎えようとしています。2017年も激動の一年でしたが、2018年の世界情勢はさらに混迷を極めつつあります。皆さんは、どんな思いで新しい年を迎えようとしておられるでしょうか。 人は常に何かを期待し、何かを待ちながら生きています。そして、その期待するもの、待ち望むものによって、その人の人生が決まると言えるかも知れません。では、今を生きる私たちクリスチャンが一番に期待し、一番に待ち望むべきものは何でしょう? それは何と言ってもキリストの再臨です。なぜなら、キリストの再臨において、私たちに栄光の体が与えられ、私たちの救いが完成するからです。ですから、このキリ ストの再臨がもたらす恵みは、私たちの地上の生涯における栄光のゴールだと言えます

幸せな人生」

今日は、”幸せな人生”について考えてみました。”幸せな人生”、それは誰もが追い求めるものです。しかし、その割にはそれを得る人はそう多くはありません。誰もが追い求めているのになかなか得られないということは、求め方に問題があるのでしょうか。

幸田露伴は、幸せには三つのコツがあると言いました。その三つのコツとは、「惜福」、「分福」、「植福」です。「惜福」とは、福を惜しむということで、言い換えれば節約をすることです。どんなに順調で豊かでも、自分に与えられたものを無駄遣いせず、祝福を使い切らない、そんな節約が幸せな人生のコツだという意味でしょう。

「分福」とは、幸福を人に分けるということです。誰かと分かち合うならば、悲しみは半分になり、喜びは二倍になります。自分の持ち物がわずかであっても、それを誰

本当の友情」

今日は、’本物の友情’ということを考えてみました。これはアルブレヒト・デューラー(1471-1528年)というルネッサンス時代のドイツの画家が描いた「祈りの手」という作品にまつわる感動的なお話です。                          今から500年ほど前、ドイツのニュールンベルグの町にデューラーとハンスという若者がいました。二人とも貧しい子だくさんの家に生まれ、小さな時から画家になりたいという夢を持っていました。二人は版画を彫る親方の元で見習いとして働いていましたが、毎日忙しいだけで絵の勉強ができません。思いきってそこをやめて絵の勉強に専念したいと思いましたが、絵の具やキャンバスを買うお金もままならないほど貧しく、働かずに勉強できるほど余裕はありませんでした。ある時、ハンスが

人生の方向転換」

人生の方向転換  ルカの福音書は、読むたびに、ストーリーテラーとしてのルカを思い浮かべさせます。ルカは独自の資料をもとに多くの興味深い話を残していますが、ここで取り上げるザアカイの回心物語もそのひとつです。 ザアカイの回心物語は、人々から容赦なく税金を取り立てていた取税人のザアカイが、人に嫌われ、人から疎外されるような寂しい生活の中から、イエス・キリストとの出会いを通して愛の人に作り替えられていくという物語です。  ①人々からの疎外  ザアカイは背が低く群集にさえぎられていたのでイエス・キリストを見るために木に登ったと書いてあります。この言葉には、文字通りの状況描写と共に、彼が疎外されていた人であったという事実が示唆されているようです。 ユダヤ人でありながら敵国ローマに仕え、

詩篇96篇の黙想

詩篇96篇の黙想 新しい歌を主に歌え。全地よ 主に歌え。(1)詩篇96篇は、神を賛美し、神の栄光を讃える詩篇の一つです。この詩篇は、私たちに神を賛美し、神の偉大さを讃える重要性を教えます。まず、この詩篇は異邦人に向けた神への賛美の呼びかけで始まります。異邦人に対しても、神の偉大さと神の栄光を伝えることが求められています。私たちは、自分たちの信仰を持ちつつも、異文化や異教の人々にも神の愛を伝える使命が与えられています。異文化や異教の人々に対しても、神の偉大さを証しすることによって、神の御名を崇めることができるのです。また、この詩篇は主の偉大さを強調しています。主は大いなる神であり、すべての神々にまさって恐れられるお方です。主はご自分の栄光を他の神々に分け与えることなく、ただひとりに賜わってお

プラス無限大の人生」

今日は、‘プラス無限大の人生’について考えてみました。このような美しい場面が描かれている名画を見たことがあります。それは、一人の農夫が畑を耕す手を止め、握っていた鋤(すき)を下ろして地面にひざまずき、両手を合わせて祈っていると、そこに天使が来て、祈る農夫の代わりに畑を耕したという場面です。
人々はそれぞれ自分の畑を耕しています。それがすべての人の人生です。ある人は畑を耕しながら神と交わる時間を持ちます。そしてある人は、休まずに、ただひたすら働くだけです。この両者の生き方には非常に大きな違いがあります。神と交わる時間は、与えられた務めに対し、神の前で点検を受ける時間であり、神から知恵をいただく大切な時間です。イエス・キリストは、岩の上に家を建てた賢い人と、砂の上に家を建てた愚かな人の譬えを用い

Good Friday

GOOD FRIDAY  今週の金曜日はGood Fridayです。Good Fridayとはイエス・キリストが十字架で処刑された日です。Good Fridayは春分の日のあとの最初の満月の次の金曜日で、年によって日付が変わる移動祝祭日です。今年は4月7日になります。  さて、イエス・キリストは今から約2000年前、人類の罪を贖うために身代わりとなって十字架に架かられました。それによって、イエス・キリストを信じるすべての者に、罪の赦しと永遠の命が与えられることとなったのです。これがキリストの十字架が意味するところです。  以下の聖句は、ヨハネの福音書10:17、18にあるイエス・キリストの言葉です。 「父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。命を捨てるのは、それを

幸せは選択である」

今日は、‘幸せは選択である’ということについて考えてみました。前回は、‘人生は選択である’というテーマで、自分の人生は自分が自由に選び、決めることができるということを書きましたが、今回は、自分の感情も自分が選び、決めることができるということで、幸せもまた自分の選択であるということを考えてみます。神が人間に与えられた素晴らしい賜物の一つは自由意志です。自由意志がなければ人間は動物のように本能という枠の中でしか生きられなかったはずです。しかし、人間には自由意志が与えられているので、すべてのものを自分で「選択」する自由と特権があるのです。この選択の自由は、人間の心の力を最大限に発揮させる強力な道具であり、素晴らしい技、また優れた癒しの手法でもあります。‘幸せは選択である’と言われるとおり、幸せは誰

自閉症の僕が跳びはねる理由”

今日は、”自閉症の僕が跳びはねる理由”という本をご紹介します。いま無名の日本人の若者が書いた1冊の本が世界20カ国以上で翻訳され、ベストセラーになっているのをご存知ですか? タイトルは「The Reason I Jump」(日本題:「自閉症の僕が跳びはねる理由」)。著者は、当時13歳の東田直樹さん。日本で7年前に出版された、自閉症である自分の心の内を綴ったエッセイです。東田さんは千葉県出身で、会話のできない重度の自閉症。ところが、パソコンや文字盤ポインティングにより、援助なしでコミュニケーションが可能。小学校5年生までは授業中に母に付き添われ、普通学級に在籍。小学校年生から中学3年生までは、養護学校で学び、その後、2011年3月アットマーク国際高等学校(通信制)卒業。この”自閉症の僕が跳びは

3ゴミ捨て場の思考

 今日は、’ゴミ捨て場の思考’ということについて考えてみました。  ある哲学者が、「あなたが現在の状態にあるのは、あなたが意識的にせよ、無意識にせよ、それを望んだからだ」と言いました。この考えには、もちろん例外はあるとして、基本的に私は賛成です。  以前、私がまだビジネスマンのころ、ロサンゼルスから車で二時間ほどの郊外にある会社を訪ねたことがありました。その会社は分かりづらい所にあって、最初は100人中98人までが迷うそうで、途中で分からなくなったら電話を下さいということでした。しかし、私は方向感覚には比較的自信があったので、100人中の2人になろうと思って行きました。  ところが、途中で道路工事が行われていたので、私は止む無く別の道を通ることになり、そのために(?)完全に道に迷ってしまいま

親を敬う子供を育てることの大切さ」

今日は、”親を敬う子供を育てることの大切さ"ということを考えました。 フォーカス・オン・ザ・ファミリーの代表であるジェイムス・ドブソン博士は『思い切ってしつけましょう』という本の中で、しつけをされなかった男の子の例を書いています。 あるお母さんが3歳の男の子を寝かしつけようとすると、息子がお母さんの顔につばをかけました。母親は、愛と話し合いだけで子供は育てるものだという教育理論を信じていたので、ただ「だめよ」と言っただけでした。 すると、息子はまたお母さんの顔につばをかけました。お母さんは最低限の怒りを示しました。すると、3度目のつばをかけました。そこで、お母さんは部屋から逃げ出してしました。思い起こすと、その時から親と子供の関係が決定的に逆転したとそのお母さんは言っています。 それから、そ

牧師室より#424 あなたはこんなに素晴らしい

あなたはこんなに素晴らしい  科学、医学の進歩と共に、人間の体の仕組みが徐々に明らかになってきました。イタリアのルネッサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチは550年前の人ですが、人体の本格的な解剖を試みた人です。それまでは想像で描かれていただけであった人間の体が、いかに美しいものであるかを彼は発見しました。  人間の体のすべての部分が目的にかなって配置され、バランスを保ちながら機能する様は、まさに奇跡とも呼べるものです。  たとえば私たちの心臓と血液の循環を考えてみて下さい。体中に張り巡らされた血管は全長10万キロに及びます。10万キロというのは地球を二周半する長さです。この血管を通して、血液が体の隅々にまで送られ、60兆もある細胞に栄養を運びます。毎分5リットルの血液を出し入れし、80年間

義のために迫害されている人は幸いである"

今日は、八福の教えの中の”義のために迫害されている人は幸いである”ということを考えてみました。八福の教えの最後は、「義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである」というものです。「義」というのは、正義の義のことですが、聖書では単なる正しさということではありません。それは神様の正しさのことです。そして11節と12節は、10節の説明です。そこでは、「わたしのために」とイエス様は言ってらっしゃいます。つまり、「義」とはイエス様のことと言うこともできるわけです。 
イエス様を信じたために人から馬鹿にされる。クリスチャンになったために人からのけ者にされる。そういう事があります。そして更に、迫害という、イエス様を信じる者でさえも二の足を踏むような事態に置かれることが信仰生活に

心の適正距離」

今日は、“心の適正距離”ということについて考えてみました。わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さを担うべきであって、自分だけを喜ばせることをしてはならない。わたしたちひとりびとりは、隣り人の徳を高めるために、その益を図って彼らを喜ばすべきである。これは、新約聖書のローマ書15章1-2節の言葉です。ここで言われている強い人というのは、幅広い意味での解釈が可能ですが、信仰によって本当の自由と確信が与えられた人のことです。なぜなら、人間の本当の強さは、そこにあるからです。そういう人は、弱い人の弱さを担い、その人の益を図って喜ばせてあげなさい、と勧められています。このように、他者に対する愛の配慮はとても大切な聖書の教えですが、相手の本当の益のために何かをするということは簡単なことではありません。良

失敗に学ぶ

失敗に学ぶ 人生に失敗はつきものです。何かをやろうとしたら、最後までスムーズにやり遂げることなど滅多にありません。ほとんどの場合、人は途中でくじけそうになったり、諦めかけたりするものです。しかしながら、自分の経験だけでなく多くの人々の経験から分かることは、失敗は必ず次に役立つものであるということです。 そもそも英語のSUCCESS(成功)という言葉は、「後から来る」という意味のラテン語に由来しています。それが何の後から来るのかというと、失敗の後からなのです。つまり、成功とは失敗の後から来るものであるということです。 特に、大きな失敗は、一時的には大きな痛手にはなりますが、その度合いが大きいほど、めざましい変化につながるものです。なぜなら、その痛い思いを通して、自分を真剣に変革しようという気持

愛は寛容である」

『愛は寛容である』                                                     結婚式で読まれるコリント前書13章の『愛の賛歌』の中に「愛は寛容である」という言葉があります。つまり、愛の特徴の一つは「寛容」であるということです。もちろん、ここで言われている愛は、すぐに変わり易い感情的な愛ではなく、真実な愛、つまり意思的な愛のことです。ですから、「寛容」ということも意思的なものです。まさにイエス・キリストがそのような寛容の持ち主でした。イエス様のもとにはあらゆる種類の人々がやって来ましたが、イエス様はそのすべての人々を受け入れなさいました。罪深い生活をしていたサマリヤの女も、また嫌われ者の収税人ザアカイも、イエス様に受け入れられ、イエス様の寛容に触れ

天国ってほんとにあるの?」

天国ってほんとにあるの? それにしても、来世とか天国といった、そんな世離れした話がほんとに信じられるものだろうか? それを真に受けて信じている人がいるんだろうか? いるとしたら、それは一体全体どんな人間なのだろう?と首をかしげる人があるかも知れません。あなたは如何ですか? しかし、天国を架空の神話と見なすのは、昔の共産国と日本人ぐらいのもので、他の国の人たちは大体みな、来世を当然とし、天国を現実の世界として信じています。 C・S・ルイスといえば、オックスフォードとケンブリッジ大学で英文学を講じた教授として世界的に著名な学者です。この方がキリスト教信仰は、きわめて理に適ったものであることを論証する本を何冊も出していますが、その中に「天国」についての次のような論証があります。「希望は神学的な徳目

The Cross Pendant

He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel

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bible verses about welcoming immigrants

Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......

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