Followers of Jesus Christ-Iamachristian.org
最高の投資“

今日は、”人生における最高の投資”について考えてみました。 

「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」(2コリント4:18)

私たちは、どうでもいいような事のために、どれだけ多くの時間とエネルギーを浪費していることでしょうか。それに比べて、永遠のためには使うものは僅かです。私たちは、決して一時的なもののために人生を無駄にすべきではないのです。イエス・キリストは、「手をすきにかけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくないものである(ルカ9:2) 」と言われました。また、使徒パウロは、「世の富を用いる者は用いすぎないようにしなさい。この世の有様は過ぎ去るからです(1コリント7:31)」と警告して

天に宝を蓄える

天に宝を蓄える 私たちに与えられている地上の生涯には限りがあります。100歳以上まで長生きする人もいれば、20歳の若さで死ぬ人もいます。冷静に考えれば、明日の命は誰に対しても保証されてはいません。とすれば、一時的なもののために人生を無駄にしてはならないことを思わされます。 「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」(2コリント4:18) 私たちは、どうでもいいような事のために多くのエネルギーを浪費し、永遠のためには何と僅かなエネルギーしか使っていないことでしょうか。私たちは一時的なもののために人生を無駄にすべきではありません。イエス様は、「手をすきにかけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくないも

 本当の自由

本当の自由  自由という言葉は、普段、何気なく使っている言葉で、水や空気のように、私たちにとって無くてはならない大切なものですが、それが無くならない限り、なかなかその有難さが実感されにくいものです。 果たして私たちは、この大切な自由というものを正しく理解し、その自由を本当に自分のものとして受け取り、またそれを生かして用いているでしょうか。もしかしたら、ちょうど水や空気が汚染され、そのために返って私たちの害となるように、自由というものが間違って受けとめられることによって私たちに混乱をもたらし、時には大きな問題を生み出しているかも知れません。 さて、コリント書第一の10:23-33に、当時のコリント教会にあった一つの騒動が記されています。当時、コリントの町にはさまざまな異教の神殿があり、毎日、色

レースを走り抜く

数多くの忘れられない感動的なストーリーが続々と繰り広げられるオリンピックゲームから、早八ヶ月ほどが経ちました。私は4年に一度開催される夏のオリンピックが特に大好きで、次回2020年はなんと母国日本で開催されることがとても楽しみで仕方ありません。何よりも、参加するアスリートの背景や生き様に興味をそそられます。特に選手を支える信仰が明らかにされる場面に出会う時、素晴らしい感動を覚えます。そして神の御介入を疑う余地がない、そのような出来事から、多大なる励ましを受けます。今日は、すでにご覧になられた方も多くいらっしゃると思いますが、2016年リオ・オリンピックで起きた感動のエピソードをご紹介します。女子5000メートル予選で、米国のアビィー ダゴスティーノ選手とニュージラントのニッキー ハンブリン選

あなたの価値はどれくらい?」

今日は、"人間の価値"について考えてみました。あなたは、ご自分の価値をどれ位だと思いますか? あなたの財産のことではありません。あなたご自身の価値のことです。あなたの持ち物とあなた自身の人間としての価値を混同しないで下さい。あなたは金持ちかも知れないし貧乏かも知れません。しかし、あなたの人間としての価値はそれとは何の関係もないのです。では何が人の価値を決定するのでしょうか? 物の価値は二つのものによって決定されると言えます。1.その価値は、そのために人がどれだけのものを支払いたいと思うかによって決まります。あなたの家はいくらの価値がありますか。それはあなたが思うほどではないかも知れません。あなたの家の価値は、人がいくら払うかで決まるのであって、それ以上のものではないのです。では、記念切手の価

3絶対幸福

‘絶対幸福’ 今日は、‘絶対幸福’ということについて考えてみました。 幸福といっても相対的幸福の定義は十人十色、百人の人がいれば百の幸福の定義があるかも知れません。通常、私たちが思う幸福とは、「苦しみがなく、人や物事が自分の願い通りに動き、自分にとって都合のいい状態、喜ばしい状態」を指すのではないでしょうか。確かに、嫌な事がなく、経済的に恵まれ、健康で、地位と名誉、美貌や権力などに恵まれれば、人生は楽しいでしょう。だから人は、誰でも本能的にそのような生きる条件をよくして、楽に生きたいと願い、自分を取り巻く条件が満たされることこそ幸福だと思うのです。 しかし、そのような幸福と思える状態は長続きせず、そういう状態を必死で求めれば求めるほど、辛いことも増してくるのが人生です。他人の目にはどう映ろう

感謝

みなさまの201年は、どのような年でしたか?私の1年は、本当に多くの恵みを主からいただいた年でした。と同時に、難題、課題も多かった年でもありました。しかし、難題、課題があったので、主が共に居てくださる事を感じながら、歩むことができましたし、今までで一番心に平安があった一年だったのではないかと思います。また、201年頭には、突然このBlogのご奉仕を与えられました。何が?どうなって?私がこのご奉仕を与えられたのか? 全く分からず「誰が何時決めたんですか??どうしてですか?」と長い間悩みましたし、更に何故か私が執筆することになってしまいましたので、どうにか逃れる方法を探しました。しかし、今考えてみると、このご奉仕は間違えなく主が与えてくださったご奉仕でした。2月頃から私も執筆を始めましたが、主は

自分が選ぶ自分の将来」

今日は、"自分が選ぶ自分の将来"ということを考えてみました。  すべての人が、全く同じような環境で生まれるわけではありません。物質的に豊かな環境で、必要なものがすべて与えられて、何ひとつ苦労することなく育っていく人もいれば、生まれたときから貧しくて、欲しい物も手に入らず、ひもじい思いをしながら、色んな苦労をしながら育っていく人もいます。しかし、世界の歴史を見ると、生まれた環境が、必ずしもその人の将来を決めるものではないことが分かります。いやむしろ、世界を変えるような偉大な働きをした人物の中には、不幸な環境と誰もが思うような中で育った人があまりにも多いという現実があります。 アブラハム・リンカーンは、丸太小屋で生まれました。雨漏りのする家で育ち、普通の教育も受けられず、小さい頃は、母親から聖書

愛を伝える5つの言語

アメリカに住む私たちは、少なからず日本語と英語といったように、多言語に触れながら生活する機会に恵まれています。3つ以上の言語を巧みに使いこなす人も稀ではなく、改めてすごいな〜っと感じます。とりわけ言語は、話す相手が理解できる方法でコミュニケーションをとって初めて、意思疎通が可能になります。20年前に渡米した当初は、言語はもちろん、文化も何もかもが異なる異郷の地で、どうしても自分が伝えたいことがうまく伝わらないといった経験を幾度となくしました。私たちの愛の表現にも、同じような経験をすることはないでしょうか?大切な人に愛情を伝えているつもりでも、相手には伝わっていないということがありませんか? それはもしかすると、愛を伝える言語に違いがあるからかもしれません。そんなことを考えながら、以前出会った

収穫の原則」

今日は、”収穫の原則”ということついて考えてみました。  「蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます」(IIコリント9:10) あなたは、自分の必要の供給源として、神だけに頼る決断をすることの大切さを考えたことがありますか? 私たちクリスチャンは、自分の必要を満たすために、神だけを頼りにし、他の何ものにも頼らないことを神に申し上げる必要があります。 私たちは、供給のチャンネルを供給の源と勘違いすることがあります。神は、あなたの必要を備えるために、そのチャンネルとして、仕事から得る給料を用いられるかも知れません。しかし、あなたの雇い主は神の備えの単なるチャンネルに過ぎないのです。そして、神が望まれるなら、

思いやりの大切さ

思いやりの大切さ  現代は激動の時代です。政治の世界も、経済の世界も、今までにないグローバル化が進んでいます。そんな目まぐるしい時代の移り変わりに人々の心は付いて行けず、自分の事で精一杯。他人のことなど考えるゆとりもない。そんなギスギスした人間関係の中で、私たちに必要なもの、それは他者への思いやりではないでしょうか。 以前に、こんな話を読んだことがあります。 入社4年目で初めての結婚記念日の日。社内でトラブルが発生した。下手したら全員会社に泊まりになるかも知れないという修羅場なのに、初めての結婚記念日なので帰らして下さいとは絶対に言えなかった。 5時を回った頃、T課長が私を呼びつけ、封筒を渡して、「これをK物産に届けろ」と言う。K物産は、隣の県にある得意先で、今から車で出ても8時までに着け

万物の終わりが近づいている」

『万物の終わりが近づいている』(Iペテロ4:7-11) 時どき、世の中には、この世の終わりがいつかを唱える人がいます。以前「エホバの証人」が、1914年に世の終りが来ると言いましたが外れました。他にも色んなカルト宗教が「〇年〇月に世界の終わりが来る」と言ってきましたが、すべて外れました。そういう中で、正当なキリスト教会の中には、終末に関して語ることに慎重になり過ぎてしまい、その結果、終末を語らなくなってしまった教会もあります。 しかし、聖書の終末論は非常に大事な教義ですから、私たちは聖書をきちんと学び、正しい終末理解を持つ必要があります。第一ペテロ4章7節で、ペテロは、「万物の終りが近づいている」と言っています。さらに「ですから…」と言って、その先に話の続きがあることを示唆しています。 それ

3すべてのことについて感謝しなさい

すべてのことについて感謝しなさい  使徒パウロは、第一テサロニケ5章18節で、「すべてのことについて感謝しなさい」と勧めました。この聖句は16節、17節の聖句とともに、聖書の中でも最も有名な聖句のひとつです。  「すべてのことについて感謝しなさい」 これはすべてのこと、どんな状況でもということです。つまり嬉しい時でも、悲しい時でも、失敗した時でも、さらには苦しみに直面している時でも、すべてのことについて感謝しなさいという意味です。いったいどうすればこのような時にも感謝できるのでしょうか。  ここで鍵になるのは、同じ18節にある、「キリスト・イエスにあって」という言葉です。自分の力ではとても感謝などで

血液の驚異」

今日は、“血液の驚異”について考えてみました。旧約聖書のレビ記17章11節に「肉のいのちは血の中にある」という言葉がありますが、血液の機能を考えれば考えるほど、なんという的確な表現であろうかと思わずにはいられません。
血液は血漿と呼ばれる55%の液体成分と、赤血球、白血球、血小板を合わせた45%の血球成分から構成され、人体の血液の総量は体重の約13分の1で、体重65キロの人であれば約5000ccです。人間の体は約0兆個の細胞によってできていますが、これらの細胞は、酸素と栄養分を取り込み、一種の燃焼を起してエネルギーを発生させることで、自らを更新したり、増殖したりして生命を維持しています。この新陳代謝に必要な酸素や栄養を全身の細胞に送り届ける役目をしているのが血液で、この血液には様々な機能があ

「私には夢がある」


今日は、”神は夢を与えることであなたの信仰を築き上げようとしておられる”ということを考えました。

「・・・わたしたちのうちに働く力によって、わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかたに、・・・・栄光が世々限りなくあるように、・・・」(エペソ3:20-21)

信仰は筋肉に例えることができます。それは強めることができ、どれだけ使うかによって、強くなったり、弱まったりするからです。

神はどのようにあなたの信仰を築き上げようとされるでしょうか。神は非常に分かりやすい方法を用いられます。それが解かれば、あなたも信仰を成長させ、神に用いられる器になることができます。

聖書の中に、こんな話があります。ある父親が息子のためにイエス様に助けを求めて、「で

土の器の中にある宝」

『土の器の中にある宝』「わたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものではないことが、あらわれるためである」(IIコリント4:7)聖書は、私たち人間を『土の器』と呼んでいます。これは、私たちのもろくて壊れやすい性質を表わしている言葉です。誰かが言った一言に、また誰かが取った何気ない態度に一喜一憂してしまう、そんな弱さを人間は持っているものです。また、『人は土の器である』という人間理解は、自分という土の器の中に何を入れるかで私たちの人生が決まるということを示唆しています。良い考えを入れるか、悪い考えを入れるかで人生は大きく分かれます。どういう人生観、世界観、価値観を入れるかで、人生の進路が決まります。パウロは、私たちはこの宝を土の器の

未来への備え」

『未来への備え』(Ⅰペテロ 4:7-18)聖書が教える歴史観は、螺旋(らせん)のようにぐるぐる回っていくという東洋的な概念ではなく、始まりと終わりのある一本線上を、終末に向かって直線的に進むという概念です。つまり、すべての人に誕生と死があるように、歴史にも始まりと終わりがある。それが聖書の教えです。ただ聖書が教える世界の歴史の終わりは、生き物が少しずつ弱り、やがて息を引 き取るというようなプロセスではなく、神が「今だ」と思われた時に、突然やって来るというものです。 ペテロは、「万物の終わりが近づいた」と言っています。地球の温暖化、オゾン層の破壊、石油や天然ガスなどのエネルギー資源の枯渇、また、さまざまな面での環境破壊が進み、今や地球は死に瀕しているという言葉を時どき聞きますが、聖書が私たちに

良い習慣」

今日は、‘良い習慣’ということについて考えてみました。「すべての事にあなたの進歩があらわれるため、これらの事を実行し、それを励みなさい」これは、パウロが愛弟子のテモテに書いた手紙の中にある一節です。私たちは、霊的な救いを得た瞬間に全く新しい生まれ変わりを経験しますが、依然として、取り除かれ、取り替えられなければならない古い習慣や行動パターンが身に付いています。私たちは、自分の現実の姿を謙遜になって直視することを恐れます。真理は私たちを自由にするのですが、最初は、私たちを惨めにします。自分の性格の欠陥を正直に直視することへの恐れは、私たちを、いつまでも自分はそういう者ではないという“否定の獄”に閉じ込めてしまいます。しかし、もしそれを否定し続けるなら、その欠陥の周りに自分自身を築き上げていくこ

三歳児までの生育環境

三歳児までの生育環境 子育て奮闘中のお母さん、ご苦労さまです。あなたは今、とても難しい、しかし世の中で最も大切な働きをされていることをご存知ですか? 人それぞれ置かれた環境は違いますが、どんな環境であれ、子育てほど重要で、楽しく、生きがいと喜びのある、それでいて難しい仕事はないかも知れません。  よく、三つ子の魂百まで・・・などと言いますが、それは周知の通り、幼いころの性格は年をとっても変わらない、という意味の諺です。つまり、「性格の基礎をつくる大事なお年頃」ということです。  英国を代表するロマン派の詩人ウィリアム・ワーズワースは、The child is father of the manという言

良い習慣

良い習慣  「すべての事にあなたの進歩があらわれるため、これらの事を実行し、それを励みなさい」(1テモテ4:15)これは、パウロが愛弟子のテモテに書いた手紙の中にある一節です。私たちは、霊的な救いを得た瞬間に全く新しい生まれ変わりを経験しますが、依然として、取り除かれ、取り替えられなければならない古い習慣や行動パターンが身に付いています。私たちは、自分の現実の姿を謙遜になって直視することを恐れます。真理は私たちを自由にするのですが、最初は、私たちを惨めにします。自分の性格の欠陥を正直に直視することへの恐れは、私たちを、いつまでも自分はそういう者ではないという“否定の獄”に閉じ込めてしまいます。しかし、もしそれを否定し続けるなら、その欠陥の周りに自分自身を築き上げていくことになるのです。私たち

The Cross Pendant

He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel

Buy Now

bible verses about welcoming immigrants

Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......

Blog
About Us
Message
Site Map

Who We AreWhat We EelieveWhat We Do

Terms of UsePrivacy Notice

2025 by iamachristian.org,Inc All rights reserved.

Home
Gospel
Question
Blog
Help