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- 317 時代を見る眼 キリスト教と科学〈2〉理性と知性
国際基督教大学 教授 森島泰則 2020年の末、小惑星探査機「はやぶさ2」が、小惑星リュウグウの試料が入ったカプセルを地球に帰還させるという快挙がありました。コロナ禍の下で暗澹たる空気に包まれているなか、広大な宇宙に目を向けさせてくれる明るいニュースでした。このようなニュースに接すると、科学技術力に目を見張りますが、認知心理学を専門とする私は、科学技術のもとにある人間の知性や理性、その総体としての心に改めて興味が深まります。認知科学者のスティーブン・ピンカーが、近著『21世紀の啓蒙』(草思社、2019年)の中で次のようなエピソードを紹介しています。講演で、心は脳の活動パターンで決まると話をしたときに、一人の女子学生がこう訊いたといいます。「なぜ私は生きなければならないのですか?」 彼女への回
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- けっこうフツーです筋ジスのボクが見た景色 第11回 試練とタラント
黒田良孝(くろだ・よしたか)1974年福井県生まれ。千葉県在住。幼少の頃に筋ジストロフィー症の診断を受ける。国際基督教大学卒。障害当事者として、大学などで講演活動や執筆活動を行っている。千葉市で開催された障害者と健常者が共に歩く「車いすウォーク」の発案者でもある。第11回 試練とタラント病気の進行は私から自立生活を奪いました。それまで私は周囲の患者と比べて症状が軽く、自分は特別だと思っていたのでなおさらショックを受けました。人間は、調子の悪いときはそれを神様のせいにして、調子の良いときは「自分は大したものだ」とすべてを自分の手柄にしてしまいます。私はその典型でした。しかも、同じ病気の仲間に対しては優越感を抱く醜さがありました。それがあたかも自分の努力で得られたものだと錯覚して、症状が重い患者
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- 特集 日常に言葉の彩りを“日めくりの世界”
短い言葉を、挿絵や写真とともに一日ひとつずつ味わえる「日めくり」。忙しくて本を読む時間や、活字を読む気力がない人たちに励ましや癒やしを与えるものとして重宝されつつある、この新たなジャンルの魅力に迫る。聖学院大学教授/臨床心理士 藤掛 明■ 日めくりカレンダーの魅力日めくりカレンダーとは、一日ごとに一枚ずつめくって、日付などを確認するもので、もともと三百六十五日式のものが主流であった。しかし、最近ではコンパクトな三十一日式のものが人気を集め、日付の確認というよりも日替わりの寸言、あるいは写真や挿絵を眺め愉しむものになっている。キリスト教界でも、この日めくりカレンダーについては、ユニークな作品がたくさん作られている。そこには不思議なアナログの魅力が息づいており、その多くは、励ましや霊想を、集中
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- 新鮮な感性、知性が光る思索を素のままで語る真実味
『こころの「雑談外来」本日も診療中。―ひきこもり院長のつれづれ日記』芳賀真理子 著B6変判 1,300円+税フォレストブックス船橋市立医療センター 精神科 部長 宇田川雅彦本書は、心療内科・精神科クリニック「駒込えぜる診療所」の院長、芳賀真理子氏がクリスチャン精神科医として日々の思索を綴ったユニークなエッセイである。自身を「拙者」と呼ぶなど風変わりで素朴な文体だが、病名や専門用語など難しい言葉はほとんど出てこない。二部構成で、一部においては自称「ひきこもり院長」がクリスチャンになった心の道のりと診療所の立ち上げなどが紹介される。二部では著者のブログをもとに、素朴な雑談風に、それでいて意表を突く視点を切り口に思索する。「緩い」タッチの文章の中に、“信頼できるクリスチャン精神科医”の姿を見たよ
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- キリスト教信仰の核心を明快に語る
日本キリスト改革派教会 引退教師 望月 明『とこしえに祭司であるキリスト―ヘブル人への手紙講解』村瀬俊夫 著B6判 2,000 円+税 いのちのことば社この書は、著者が牧師引退後に、長年牧会された蓮沼キリスト教会で月一回してこられたヘブル書の連続講解説教をまとめたものです。福音派教会だけでなく、日本の教会ではヘブル書の講解は数少ないという状況を考えても、本書の公刊はきわめて有意義なものといえるでしょう。この書の理解のために、まず巻末の「ヘブル書の神学―大祭司キリスト論」から読むことをお勧めします。概説とも言えますが、ヘブル書の神学が明確にとらえられ解説されています。イエス・キリストの大祭司職が取り扱われ、レビ系の祭司制の継承ではなく、「メルキゼデクの例に倣う大祭司」であることを受けとめ、祭司
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- 328 時代を見る眼 コロナ禍の介護〔1〕 地上のみくにを目指して
グループホームみくに 代表菊谷利昭私たちの生活を一変させ、また今後それと向き合っていかなければならない新型コロナウイルス感染症と直面している一介護施設の現場を、3回シリーズで書かせていただきます。* * *「グループホームみくに」は、千葉県松戸市を流れる江戸川のほとりにあります。敷地内には、「松戸の園」と「栄の園」の2棟があり、職員の子どもを預かる保育所も併設しています。高齢者のグループホームで、総勢36名の認知症の方々が暮らしています。この地ですでに16年が経ち、地域住民の協力は運営には欠かすことができません。松戸市でも高齢化が進んでいたこともあり、この地域は開設当時から介護にはとりわけ関心が高く、いろいろと地域の皆さんのお力をお借りしています。納涼祭などでは利用者様の
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- 書評Books 教会本来の姿を回復するには
東京聖書学院教頭/東京ミッション研究所総主事/日本ホーリネス教団・川越のぞみ教会 牧師 西岡義行今日の日本の教会や神学校は、少子高齢化の波を受け、閉塞感を抱えつつ社会から孤立していく流れをとどめ得ないという危機的状況にある。本書は、今のまま「パラダイム転換」せずに継続することは許されないとして、この課題に真摯に向き合う。実際に、教会や神学校において共有されてきた神学や実践を無意識の次元で支える前提に光を当て、今までの枠組みとは異なるものを提示しつつ、現行のあり方にチャレンジしている。とはいえ、抽象論で終わらない。著者は教会の牧師として、神学校の教師として現場に身を置きながら、教会の長い歴史の中でいつしか逸脱してしまった私たちの考え方や信仰の捉え方、さらには実践の枠組みに警鐘を鳴らしつつ、本来
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- 日常の「神学」 今さら聞けないあのこと、このこと 第12回教会と交わり
岡村 直樹横須賀市出身。高校卒業後、米国に留学。トリニティー神学校を卒業し、クレアモント神学大学院で博士号(Ph.D.)を取得。2006年に帰国。現在、東京基督教大学大学院教授、日本福音主義神学会東部部会理事、hi-b-a責任役員、日本同盟基督教団牧師。 教会の中で頻繁に耳にする言葉のひとつに、「交わり」があります。この言葉を聞くと、礼拝の後に皆さんで茶菓や食事を共にすることや、青年会、婦人会、壮年会といったグループでの楽しい集まりが、多くの人たちの頭に思い浮かぶかもしれません。キリストの昇天の直後、始まったばかりの教会にあったのは、「祈り」と「食事」と「交わり」(使徒2・41~42)でしたから、そのようなイメージは、とても聖書的であるといえるでしょう。一般的に「交わり」とは、人との交際やつ
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- 福音理解と宣教のあり方に新たな視点を
聖書同盟理事長 稲垣博史『福音は何を変えたか―聖書翻訳宣教から学ぶ神のミッション』福田 崇 著B6判 1,000円+税いのちのことば社五十年以上前のこと、ガリ版刷りの機関紙『聖書翻訳』を手にして、初めて翻訳宣教の重要性に目が開かれた。その『聖書翻訳』を大学生時代に発行し、自ら聖書翻訳宣教師となった福田崇さんがその歩みを通して学んだ「福音とは、宣教とは」を読む者に問いかけるのが、この書である。著者とは長年の付き合いだが、この書を通して改めて宣教師として生きる現実の厳しさを知らされた。まったく現地語を知らず、到底「文化的」な生活とはいえない環境、さらに太平洋戦争中に日本軍に痛めつけられた経験を持つフィリピン山奥の村で福田さんファミリーがいかに共同体の一員として認められるようになったのか、その体験
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- ~Daily Light~ 第10回 実る思い出
石居麻耶 Maya Ishii千葉県出身。アーティスト。画家。イラストレーター。東京藝術大学大学院美術学部デザイン専攻描画造形研究室修了。大学卒業後の個展やグループ展等の展覧会やホームページ、ブログで発表した作品をきっかけに本の装画、週刊誌、文芸誌、新聞連載のイラストなどの仕事を担当。 多くのものを持たずとも、昨日のことのようによみがえる大切な思い出と希望があれば。私が幼い頃、父は行き先を私に教えずに、ただついてくるように言って出かけることが度々ありました。印象深いのは父の自転車の後ろをひたすら小さい自転車でついていったときの行き先で、当時まだ珍しかったホームセンターでのこと。二人で工具や電子部品など一通り見た後、会計を済ませた父が私に手渡したのは一巻きのエナメル線。何に使うのかもわからない
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- 327 時代を見る眼 オンライン化が進む中で改めて問う、礼拝の意義とあり方〈3〉オンライン礼拝の在り方(コロナ後も見据えて)
日本フリーメソジスト・桜井聖愛教会 牧師 大澤恵太 アフター・コロナのオンライン礼拝は、どうあるべきでしょうか。1回目(10月号)の本欄に書かせていただいた礼拝の本質に関する言及を踏まえた上で、コロナ後のオンライン礼拝について考えてみたいと思います。* * *第一に、集まることの恵みを前提に据えている必要があります。教会は、やはり集まることにこだわるべきです。その根拠は、神であられながら人となられたキリストご自身です。オンライン礼拝が活用される際、それが集まることの軽視につながらないよう配慮が必要です。第二に、オンライン礼拝が届けられている先の魂に対しても敏感、かつ誠実であるべきです。オンラインでしかつながれない教会員とも直接的な関わりを絶やさず、お会いしたことのない方であ
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- 書評Books: 聖書を原語で味わう待望の一冊
日本キリスト改革派教会・国立聖書教会 牧師 野島邦夫『聖書を原語で読んでみてはじめてわかること』村岡崇光 著A5判 1,600円+税いのちのことば社このような本が現れるのを待ち望んでいました。キリスト教に触れて聖書を読み始める人は、必ず一度は原語で読んでみたいと思うでしょう。ところが、聖書の原語は日本語とは異質の、私たちになじみがない言語ですから、この願いはなかなか叶えられません。そんなとき、少しでもこの渇望を満たしてくれる本が欲しいものです。しかし、このような本の著者にふさわしい方はなかなかおられません。ただ単に聖書の原語の専門家というだけでなく、私たち初心者がその内容を理解できるように書き、その上で「聖書を原語で読んではじめてわかる」喜びを伝えなくてはなりませんから。村岡崇光先生以上に、
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- ~Daily Light~ 第1回 青のひととき
石居麻耶 Maya Ishii千葉県出身。アーティスト。画家。イラストレーター。東京藝術大学大学院美術学部デザイン専攻描画造形研究室修了。大学卒業後の個展やグループ展等の展覧会やホームページ、ブログで発表した作品をきっかけに本の装画、週刊誌、文芸誌、新聞連載のイラストなどの仕事を担当。 日が沈んですぐあとに澄みわたる空は青く染まってゆく。今日一日に心を波立たせたものも、思いがけず心揺さぶられたことも、深い青の中に舞い降りて静かに溶け込んでゆく。一日の中で思ったことを言葉にしようとすると、奥底の本当の気持ちとは何か違うように思う。目の前に訪れた深く青いひとときは、日々の生活の中で積もり重なる言葉にならない思いをそのままそっと抱え込んでくれるような気がします。夕暮れにまだ見ぬ明日を期待して、その
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- リレー連載 牧師たちの信仰ノート 第七回 「危機なくして成長なし」①
太田和功一(おおたわ・こういち)KGK主事・総主事、IFES副総主事・東アジア地区主事を経て、現在クリスチャンライフ成長研究会総主事。この言葉は、私の信仰と人生の恩師が折に触れて語ってくれた言葉です。六十年近い信仰の歩みをふり返って、これまでに経験したいくつかの危機について改めて思い巡らしてみたいと思います。熱心な仏教徒の家庭に生まれ育った私は、十八歳までは聖書にもキリスト教にもまったく触れたことはありませんでした。最初に触れたきっかけはいくつかのたまたまが重なってでしたが、求道心からではなく、単なる好奇心からでした。しかし、今思うと、そのころ私の心の底にはたましいの渇きといえる求めがあったので、級友のあの手この手の誘いに乗ったのだと思います。どうして俺はこんな人間なのだろうか、なんのために
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- ヘブル語のススメ ~聖書の原語の世界~ 2回目 聖書の登場人物が使っていた言語
城倉啓1969年、東京生まれ。西南学院大学神学部専攻科修了後、日本バプテスト連盟松本蟻ケ崎教会の牧師就任。2002年、米国マーサ大学マカフィー神学院修士課程修了後、志村バプテスト教会牧師を経て、現在、泉バプテスト教会牧師、東京バプテスト神学校講師。 古代アラビア半島を中心に、「原セム語」と呼ばれる言語があったと推測されています。文字が発明される前に、この原セム語が地域によって東・南・西に枝分かれしました。代表的な言語は、東がアッカド語、南はアラビア語、西はアラム語とフェニキア語です。これらの枝分かれをした諸言語を「セム語族」と呼びます。セム語族という名前は、ノアの息子セムに由来します(創一〇・二一以下)。ヘブル語はセム語族の中の西の家系、母はフェニキア語、伯母がアラム語。こんなイメージでかま
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- 時代を見る眼294 心の平安 [3]「もう一人の自分」が示す愛
精神科医 堀江通旦私たちの心をかき乱す原因は日常生活のあらゆるところに潜んでいます。それらにすぐに対処できるように、私たちの心と体には生まれつきアラームシステムが備わっています。大抵の場合は原因がコントロールできればアラームも鳴り止むのですが、事情によってはもともと生理的であった反応がやがて病的な条件反射になり、ついにはコントロールしがたくなることもあります。* * *例えば、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれる心の病は、過去の心の傷が癒えていないため、それを連想させる現実の出来事に出会うとそれにそぐわない強いアラーム反応を起こし、過激な感情と行動を表面化させてしまいます。時が経つとともにこのような過剰反応も徐々に弱くなり、やがては目立たなくなることもあるのですが
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- けっこうフツーです 筋ジスのボクが見た景色 第9回 死が最も近づいた瞬間
けっこうフツーです筋ジスのボクが見た景色黒田良孝(くろだ・よしたか)1974年福井県生まれ。千葉県在住。幼少の頃に筋ジストロフィー症の診断を受ける。国際基督教大学卒。障害当事者として、大学などで講演活動や執筆活動を行っている。千葉市で開催された障害者と健常者が共に歩く「車いすウォーク」の発案者でもある。二十四歳からは病との闘いに費やされました。終わりの見えない闘いに疲弊しきって徐々に弱気にはなっていましたが、自立生活の継続に迷いはありません。周囲の医療関係者から「心臓や呼吸の機能が衰えているのに、どうして実家に帰って、親に面倒をみてもらわないのか」と言われても、私としては実家に帰るという選択肢はありえませんでした。どうして自立にこだわるのか、そこにはいくつかの理由があります。まず第一に、その
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- 書評Books 知識と愛がひとつになった一冊
北海道聖書学院院長・若葉キリスト教会牧師 松元 潤『私たちは勇気を失いません病と闘う青年に宛てた41通の手紙』内田和彦 著四六判・定価1,540円(税込)いのちのことば社人生が上り坂だと信じて疑わない充実期に、突然命の終わりを予感した人の絶望はどれほど深いものだろうか。教会には時々このような方との出会いがある。この書に見える宣教・牧会のわざを見事に神学でつなぐ著者の見識の深さと、主の愛の現れとして優しさを運ぶ著者の平易な言葉選びには、敬服に堪えない。最終的な救いは神ご自身のみわざであることは言うまでもないが、伝道や証しは伝える者の内側に豊かな知識の引き出しがあり、それが深い人間観と結びついて適用されていくなら、大きな説得力を持つ。本書は、神学することは神と人を愛することであり、知識と愛がク
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- 新連載 牧師の趣味 毛針釣り
日本バプテスト連盟山梨バプテスト教会 牧師佐藤 浩 「ルアー作り」の趣味について書いて欲しいと依頼が来た。私は「ルアー作り」をしないが「毛針を巻く」。しかし、趣味としてはそもそも「釣り」だ。およそ三十年前にワーキングホリデーでニュージーランドに行った時に毛針釣りを始めた。フライフィッシング(以下FF)と言って、鳥獣の羽や毛等を釣り針に巻いて作った毛針を渓流に流す。水中に潜んでいる魚が流れてくる毛針を見つけ、上手く騙されてくれると、毛針を咥えて一気に走り出す。言うなれば魚を騙すために毛針を巻く。初めの頃は、本を見ていかに魚が好きそうな虫に似せられるか考え一所懸命に巻いていた。しかし何時の頃からか、雑に巻いた毛針でも釣れることに気がつく。実際、そのような毛針に「佐藤スペシャル」などと自分の名を銘
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- 日常の「神学」 今さら聞けないあのこと、このこと 第18回 結婚
岡村 直樹横須賀市出身。高校卒業後、米国に留学。トリニティー神学校を卒業し、クレアモント神学大学院で博士号(Ph.D.)を取得。2006年に帰国。現在、東京基督教大学大学院教授、日本福音主義神学会東部部会理事、hi-b-a責任役員、日本同盟基督教団牧師。 結婚は教会の中で、最も喜ばしい出来事の一つですね。二人の人が巡り合い、愛し合い、神様と人の前で誓い合い、そして新しい家庭を築いていく。愛し合う二人にとって、そして教会にとって、結婚は神様の恵みであり祝福です。信仰者が結婚へと至る経緯、すなわち神様の導きや出会いにはさまざまな形があります。聖書の中には、マリアとヨセフのような許婚同士の結婚もあれば、モルデカイがエステルとクセルクセス王を引き合わせたような第三者の橋渡しによる結婚、またヤコブとラ

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
