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- すべての問題は自分のせい」
今日は、'すべての問題は自分のせい’ということについて考えてみました。皆さんは、家庭や職場や学校、またあらゆる人間関係において何かの問題が生じたとき、それを誰のせいにしますか? ほとんどの人は、問題をすぐに人のせいにしやすいものです。もちろん、問題の中には、それが本当に誰かのせいである場合もあるかも知れませんが、実際、問題を人のせいにすることで自分に益をもたらすことは少しもありません。時どき、怒りと憎しみに満ちた心で、自分がこんなに辛い人生を送っているのはあの人のせいだ、と言って恨み、嘆き、悲しみ、復讐心を燃やしている人がいます。しかし、怒りと憎しみは、自分の心を蝕み、人生を台無しにしてしまいます。聖書の中に、「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません」
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- バイブルとは?
バイブルとは?皆さんは“バイブル”と聞いて何を連想されますか? もともと“バイブル”という言葉はギリシャ語の“ビブロス”に語源があり「本」という意味です。キリスト教の聖典である聖書は、この言葉に定冠詞を付けられ、それは「本の中の本」、つまり、その分野で最も重要かつ権威ある書物であることを意味します。聖書の発行部数は諸説ありますが、国際聖書協会の発表によると、2000年の1年間に約6億3300万冊の聖書が発行されています。また、無料配布の聖書などを入れると数十億冊とも言われたりします。3200以上の言語に翻訳され、その実績から「永遠のベストセラー」と言われてきました。聖書が他の追随を許さない驚くべきベストセラーであり続ける理由は、それが人間の言葉ではなく神の言葉だからです。聖書は、旧約聖書39
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- 巧妙な誘惑”
今日は、”巧妙な誘惑”ということについて考えてみました。キリスト教信仰において、サタンの巧妙な誘惑との戦いに関する知識と経験を深めることは、豊かな勝利の人生を送るうえで欠くことのできない大切なものです。なぜなら、天地万物を造られた神が存在すると同時に、この神に敵対するサタンも存在するからです。そして、このサタンは、クリスチャンに「巧妙な罠」を仕掛け、彼らの肉の欲、目の欲、持ち物の誇りに働きかけ、ほんの少しずつ神の道から外れさせながら、喜びを奪い取り、奉仕から遠ざけ、周りの人々をも巻き込んで人々を神から引き離そうとするのです。20世紀を代表する神学者の一人であるボンヘッファーは、サタンの巧妙な罠から逃れることについて、以下のように言っています。 われわれのうちに潜んでいる快楽への要求が、突然
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- 『感謝の心で生きる』
感謝の心で生きる「主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。」(詩篇118:1)今年も感謝祭の季節になりました。皆さんはいつも感謝の心でお過ごしですか? 感謝の心を持ち続けることは簡単ではありませんね。昔、備前の富岡村に『ありがた与一兵衛』という人がいたそうです。朝起きると「おはよう」のかわりに、「ありがたい、ありがたい」と言います。何がそんなにありがたいのかというと、「朝起きて、家族の顔を見られてありがたい」のだと。またある時、小雨が降りだし急いで帰ろうと滑って転び、そこでもまた「ありがたい、ありがたい」と。転んで擦りむいて一体何がありがたいのかとたずねると、「自分の落ち度で骨折してもよさそうなところを、ただの擦り傷ですんだのがありがたい」・・・。確かに、私
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- 幸せな人生
幸せな人生”幸せな人生”、それは誰もが追い求めるものです。しかし、その割にはそれを得る人はそう多くはありません。誰もが追い求めているのになかなか得られないということは、求め方に問題があるのでしょうか?幸田露伴は、幸せには三つのコツがあると言いました。その三つのコツとは、「惜福」、「分福」、「植福」です。「惜福」とは、福を惜しむということで、言い換えれば節約をすることです。どんなに順調で豊かでも、自分に与えられたものを無駄遣いせず、祝福を使い切らない、そんな節約が幸せな人生のコツだという意味でしょう。「分福」とは、幸福を人に分けるということです。誰かと分かち合うならば、悲しみは半分になり、喜びは二倍になります。自分の持ち物がわずかであっても、それを誰かと分かち合うことができれば、やがてその祝福
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- セルフコントロール(自制)の大切さ
セルフコントロール(自制)の大切さ 今日は、「セルフコントロール(自制)」の大切さについて考えてみました。 自制をできる人は自分の気持ちを支配します。彼らは気分に支配されたりはしません。世界でなされてきたほとんどのものは、たとえそれをする気分でなくても、それを実行に移す人々によって成し遂げられています。「自分の心を制することができない人は、城壁のない、打ち壊された町のようだ。」(箴言25:28) 自制をできる人は自分の言葉に気をつけます。彼らは口を開く前に心にギアを入れます。言うべきかどうかを制御するためです。一旦、口から出た言葉は、引っ込めることができません。「自分の口を見張る者は自分の命を守り、くちびるを大きく開く者には滅びが来る。」(箴言13:3) 自制をできる人は自分の反応を抑え
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- 3新型コロナウィルスの脅威
新型コロナウィルスの脅威 新型コロナウイルスによる感染の広がりは止まる様子もなく、むしろ感染者と死者の数は毎日、大幅に増え続けています。そればかりか、ウィルスの広がりは、実際には公式発表のレベルを遥かに上回っているという情報もあります。そのために、緊急に建設された二つの病院も感染者の治療に当たるには焼け石に水で、どの病院の廊下にも順番を待つ感染者の長蛇の列ができ、廊下で待っている間に死んでいく人もたくさんいるとのことです。また、病院で診てもらえない感染者は自分の家で待つしかなく、その間に死んでいく人も相当な数にのぼるそうです。 現在、武漢市内には49箇所に火葬場があり、24時間体制で一日に1200人の死体を火葬できるそうですが、新型コロナウィルスによる死者が増えて火葬が間に合わず、穴を掘って
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- どんな時にも感謝をする理由がある
私たちにはどんな時にも感謝をする理由がある人は誰でも三つのカテゴリーのどれかに当てはまると言われます。その三つのカテゴリーとは、 闘いの只中にいる人、闘いから抜け出ようとしている人、そして闘いの中に入ろうとしている人です。 しかし、神が共におられるなら、たとえ私たちがどのカテゴリーの中にいたとしても、私たちには必ず感謝と喜びを感じる理由があるのです。今あなたが置かれている状況は、あなたを悲しませ、怒らせ、落ち込ませるものかも知れません。そしてそれらの感情は、あなたを落胆させ、悲観的になるよう、あなたを誘惑するでしょう。そんな時、あなたは自分が置かれてる状況を見るのではなく、上にあるもの(神)を見上げるべきです。自分の置かれている状況から目を逸らし、すべてを変えることのできる神に目を向けるので
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- 互いに愛し合う」
今日は、"互いに愛し合う"ということについて考えてみました。イエス・キリストは十字架にかかる前夜、弟子たちに告別の説教(お別れの説教)を語られましたが、その中で、こう命じられました。 「わたしは、新しい戒めをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」(ヨハネ13:34-35)主イエスは、今を生きる私たちにも同じことを命じておられます。これは勧めではなく、私たちに対する主の命令です。「あなたがたは互いに愛し合いなさい」。この互いに愛し合うとは、「互いに赦し合う」こと、また「互いに受け入れ合う」こと、と言い換えることもできます。 主イ
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- 「あなたのからだは、聖霊の宮」
新年を迎え、早一ヶ月が過ぎようとしておりますが、皆様の2017年の歩みはいかがでしょうか。一年の初めというとよく耳にするのが、今年の抱負です。特にここアメリカでは、多くの人々が、新年を迎えるごとに、その「今年の抱負(New Year Resolution)」というものを掲げます。*ある統計によると、年始から1週間抱負を維持する%が72.%に比べ、時が経つにつれてその%はぐんと下がり、6ヶ月以上維持できるのは、なんと44.8%と全体の半分以下になるようです。その抱負に掲げられる一つとして、減量や健康維持のための運動が挙げられます。今年こそは、「適度な運動を定期的に!」というのも、私自身の目標の一つです。毎日の忙しさのあまり、優先順位が「緊急性」というバロメーターによって大きく左右されつつある日
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- モルモン教を斬る」
今日は、”モルモン教を斬る”という内容でお話します。”モルモン教を斬る”、とは随分挑戦的な言葉だと思われる方がおられるかも知れません。他宗教を批判するのは良くないことと思われる方もおられるでしょう。また、もっとすべての宗教が仲良くし、互いに理解し合い、尊重し合うべきだと考える方もおられると思います。しかし、キリストの福音が人に永遠の命をもたらす唯一の道であることを考えれば、それを間違って伝え、人に永遠の滅びをもたらすことになる教えは絶対に認めるわけにはいかないのです。もちろん、モルモン教徒のすべての人が神の愛の対象です。神は彼らを愛しておられます。しかし、その間違った教えは徹底的に明らかにされ、彼らがその間違いに気づき、本当の救いに導かれることが神の切なる願いなのです。昔から、キリスト教を装
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- 失敗に対する間違ったイメージ”
今日は、”失敗に対する間違ったイメージ”ということを考えてみました。生きている限り、人は必ず失敗を経験します。失敗をしない人など一人もいません。仕事に失敗し、結婚に失敗し、受験に失敗し、特に人間関係の失敗は誰もが経験することです。そして、失敗は人々を失望・落胆させ、時として人々に敗北感や絶望感を味わわせることがあります。しかし、”失敗は成功のもと”という諺があるように、人によっては、失敗に対してもっと積極的なイメージを描く人もいます。英語でも、Failure teaches success.とか、Every failure is a stepping stone to success. という同じ意味の諺がある通り、失敗は、非常に積極的かつ建設的な性質のものであるというのも真理です。人生にお
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- 試練は人生に幸いをもたらす」
今日は、‘試練は人生に幸いをもたらす’ということを考えてみました。人は生きている限り、誰でも試練を経験するものです。そして、この試練は、私たちの心の向け方次第では、人生の大きな転機となったり、また私たちの人格形成に大いに役立ちます。聖書の中にも、試練や患難に関する多くの記述があり、それらが良い目的のために用いられることが述べられています。パウロは、「患難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望を生み出す」と言いましたが、試練や苦難や患難を、神から与えられた訓練として受け止めていくなら、そこには物事に対する新しい解釈が与えられ、そこを通らなければならない確かな理由が見出されるものです。聖書の中に、人類史上、最大の試練を経験した人物として、ヨブという人が登場します。ヨブは、その厳しい試
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- 試練を恐れなくてもよい理由」
『試練を恐れなくてもよい理由』旧約聖書の民数記に12人の偵察隊の話が出てきます。約束の地カナンを攻略するための情報を集めるため、モーセは12人の偵察隊をカナンに遣わしますが、12人の中の10人はカナンの住民は巨人たちで、イスラエルには全く勝ち目がないという悲観的な報告を持ち帰りました。それに対して、残りの二人、ヨシュアとカレブは、他の10人と一緒に同じものを見たのですが、彼らの報告は他の10人の報告とは全く別のもので、必ずイスラエルは勝てるからすぐに攻め上るべきだという楽観的な報告を持ち帰りました。では、なぜヨシュアとカレブは、同じものを見たにも拘らず全く違うことを感じたのでしょうか。それは、この二人が、カナン征服の可能性を、他の10人のように、自分達の強さという観点からではなく、神の約束と
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- 詩篇97篇の黙想
詩篇97篇の黙想 主よ あなたこそ全地の上におられる、いと高き方。すべての神々を超えて、高くあがめられています。(9) 詩篇97篇は、神の偉大さと、神が全能であることを褒めたたえています。この詩篇は、私たちにとって神を讃美する上での手本となるものです。この詩篇の中で、私たちは神を全地の上におられる、いと高き方と呼び、すべての神々を超えて高くあがめられている方であることを知ります。神は私たちにとって最高の存在なので、私たちは神を褒めたたえるのです。そして、神に対する敬意を払い、神を礼拝することで、私たちは神の恵みを受け、豊かな人生を送ることができるのです。ここで言われている「全地」とは、天と地、すべての造られたものを指します。つまり、神はすべてのものを造り、支配し、絶対的な権威を持つ全能者で
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- イースター礼拝のご案内
3月27日日曜日は、私達の罪の贖いの為に十字架にかかり死なれたイエス様が、3日後に復活された事をお祝いするイースター。ラスベガス日本人教会でも、イースター礼拝が持たれます。(11時より)当日の鶴田牧師によるメッセージは、日本語と英語(Power Point)で取り継がれます。礼拝の後は、日本舞踊や子供達からの賛美、御言葉の披露等の後、ポットラックランチ(や子供達のエッグハンティング)が予定されています。是非、イエス様の復活をご一緒にお祝いしましょう!(KS){イエス様の復活を詳しくお知りになりたい方はこちらをクリックしてください}ブログランキングに参加しています!✨✨👇✨✨👇✨✨下記2つアイコンのクリックで応援を願いいたします!
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- 「福音を恥としない」ビビアン姉妹礼拝メッセージ その2
前回のブログに続き、「福音を恥としない」ビビアン姉妹礼拝メッセージ その2 をお送りします。どうぞお楽しみください。パウロは、福音が恥から解放される土台となったことを、ローマ書1:16で記しています。福音は、信じない人にとっては恥となり、信じる人にとっては恥から解放される自由を与えます。キリストの福音は「神の恵み」の良き知らせです。これこそ福音に関する適切な説明です。なぜなら、救いには自力救済の計画はないからです。エペソ人への手紙2:4−10では、「しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、—あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです— キリスト・イエスにあって、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわ
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- 逆境は人生の宝」
今日は、‘逆境は人生の宝’ということを考えてみました。木の切り株を見ると、年輪がその木の樹齢を刻んでいますが、人間も歳を取ることを‘年輪を加える’などと形容します。これは木の年輪から来ています。 ところで、山にある木の切り株の年輪の中心は、真ん中でなく、北側に片寄っているのをご存知ですか。それは、日光と南風を十分に受けて育つ南側は年輪の目が幅広くなり、それだけ肉付きがよく成長するからです。反対に北側は、寒さから身を守るために、厚い皮をつけて戦います。したがって、年輪の目が幅狭く、中心がそちらに片寄るのです。 ところが木が伐採され、用材として製材されるとき、太陽の光を受けて育った南側の部分は板になり、北風を受けて育った部分は柱になります。柱は家を建てる際に、最も重荷がかかり、大切な部分とな
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- ひざまずいて神に祈ろう
ひざまずいて神に祈ろう 今日は、「祈り」について考えてみました。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、明けてもらえるであろう。(マタイ7:7)これは、イエス・キリストが語られた『山上の説教』の一節です。ここでイエス・キリストが言っておられるように、祈りというものは、「獲得の力」、「発見の鍵」、「打開の力」です。私たちは誰でも、人生の行き詰まりを経験することがあります。それはちょうど、道のない荒野にいるのと同じで、どこに向かって進めばいいのか皆目見当がつきません。そこで、私たちは周りにいる人に聞きながら、あちこち歩いてはみるものの、結局、人は助けにならないことを経験します。エレミヤ書33章3節に、「わたしに呼び求めよ、そうすれば
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- 3教皇フランシスの問題発言(2)
教皇フランシスの問題発言(2)「それから、御使いは、御霊に感じた私を荒野に連れて行った。すると私は、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。 この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた。 その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』という名であった。 そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見たとき、非常に驚いた。」(黙示録17:3-) 黙示録によると、復興ローマ帝国である「獣」には、ひとりの女が乗っていると記されていますが、

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
