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苦難を恐れず

⇒苦難を恐れずヨブ記 13,20-28;  親しい人が何かで苦しんでいるのに、私たちがうっかりしてそれに気づかないでいることがある。もちろん、私たちは全知全能ではないから、すべてを知ることは不可能だが、後から気がついて知らなかったと自責の念を覚える。これは、私たちの日常の経験である。 昨日、私は三鷹のルーテル学院大学で講演をした。事務室の女性が準備に当たってくれたのだが、その人は連絡メールの中で自分は東京女子大学の卒業生だと名乗り、ドイツ研修旅行にも先生と一緒に行きましたと懐かしそうに書いて来た。そして、その旅行中ずっと同室だった友達の名をあげたのである。私は実に久しぶりに、その学生のことを思い出した。その人は、旅行から帰って直ぐに丁寧なお礼の手紙をくれたりしたのだが、間もなく、父親が妻子を

万物を新しくする

⇒万物を新しくする詩編90編; 去る11月16日から21日まで、スイスのバーゼルでスイス・日本・韓国三国間教会協議会が開かれました。私はこの会議に、日本基督教団のスイス協約委員会のメンバーとして参加しました。共通主題は移住する神の民God's Migrating People、つまり広い意味での人の移動です。現代社会ではグローバリゼーションの進展に伴い、生まれ育った土地を離れて、文化や宗教そして国の境を越えて暮らす人々が増えています。移住ないし移動のかたちはじつに多様です。おそらく最も短期的なものが海外旅行でしょう。滞在がより長期にわたるものとして留学や企業の海外駐在、さらに出かせぎその他の移住労働があります。もっと長くなりそうなものに国際結婚や移民があります。本来望まずして移住するパターン

我らの歩みを平和の道に

⇒我らの歩みを平和の道にイザヤ書 9,1-6; ルカ福音書 1章67-79節は、一般に『ザカリアの賛歌』という名で呼ばれる。イエスの先駆者であるヨハネが生まれた時、父親のザカリアが語った預言である。諦めていた子どもが、こんなに歳をとってから生まれたのだ。妻エリサベトと共にどんなに喜んだか、想像に難くない。 しかし、この賛歌を読むと、ザカリアは子どもが生まれたという単純に喜んだというよりは、神がこの子を通して何か計画しておられるのではないかという畏れに打たれたように見える。いわば歴史的な意味について思い巡らしているようだ。これは私たちの場合も同じだ。どんな子も無意味には生まれるわけではなく、その子にしかない独自な意味をもって生まれてくる。そのことに思いを致すならば、親は畏敬の念を禁じえないので

頭を上げなさい

⇒頭を上げなさいヨエル書2,1-14;I待降節はキリストが赤子の姿で到来することの中に、神の到来を待ち望むときです。他方、私たちをとりまく世界では、クリスマスといってもそこに神の到来を待望する姿勢はほとんど見当たりません。あるのは華やいだ気分、笑い声、夜の繁華街のイルミネーション、そしてデパートで売られる贈り物です。同時に私たちの世界には戦争があり、子どもたちや教師たちの自死があり、官製談合と呼ばれる収賄事件があり、隣国の核兵器開発があり、教育基本法の改正があります。今日の主日のために定められた聖書テキストは、紀元70年、ユダヤ戦争の末期に生じたエルサレム陥落を暗示するコンテキストに現れます。ローマ帝国からの政治的独立を目指したユダヤ反乱軍は最終的にはエルサレム城内に、そして神殿に立てこもっ

険しい道は平らに

⇒険しい道は平らに;ルカ 3,1-6 イザヤ書40章は、第2イザヤと呼ばれるユダヤの預言者が語った言葉である。その歴史的背景について、簡単に述べておこう。紀元前586年に南王国ユダがバビロニアのネブカドネザル王によって滅ぼされ、民の多くがバビロンに強制連行されて、ほぼ半世紀にわたって異郷で苦難を味わった。名高いバビロン捕囚である。 だが、紀元前539年に新興ペルシャ帝国のキュロス王がバビロニアを倒して覇権を握り、捕囚民を解放した。第2イザヤは、この解放は神の憐れみによって起こった歴史的出来事であると受け止め、喜びに満たされてこの言葉を語ったのである。慰めよ、わたしの民を慰めよと、あなたたちの神は言われる…苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた(1-2節)。 だが、解放された民はバビロンから長

見えない神の姿

⇒見えない神の姿(『星を動かす少女』福永書店、1962年より)一見すると、この詩はあるクリスマスの日曜学校の祝会における、一人の少女とその母親のほほえましい心の交流を描いたものです。しかし星を動かすという役割は、何という雄大なシンボリズムを湛えていることでしょう。これは宇宙の運命を動かすということなのですから。お母さん、私は今夜星を動かすの。見ていて頂戴ね――。この少女は、見えない神が自らの本質を鏡のように映すキリストの誕生を、宇宙の動きによって指し示す役割を、舞台の背後で演じます。同時に、この少女の控えめな役割は、他人は救ったのに、自分は救えない(マルコ15,31)、そして仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た(同10,45)イエスの姿に

新しいこと

⇒新しいこと;ヨハネ黙示録21,5-6 2007年最初の礼拝に当たり、心から新春のご挨拶を申し上げる。昨年私たちの世界で起こった様々の出来事を考えれば、年が改まったからといって単純におめでとうと言うのも憚られるが、ただ神の恵みと祝福が皆さんの上にあるように祈りたい。 さて、封建時代には、世が乱れると落首なるものが巷に貼り出されたという。落首とは、為政者に対する風刺や嘲り、あるいは批判をこめた匿名のざれ歌で、政道批判の一つの手段であった。多くの場合憂さ晴らしで終わったが、時代の問題を敏感に感じ取った名も無き民衆の知恵を示すものでもあった。 現代の日本では、憲法によって思想の自由も表現の自由もまだ(!)保証されているから、政治のあり方を批判するのに名を隠す必要はない。だが、仮に共謀罪法案が成立し

真理はあなたたちを自由にする

⇒真理はあなたたちを自由にするイザヤ書43,16-20; 言うまでもないことだが、イエス自身はユダヤ人であり、宣教開始以来イエスに従った弟子たちも皆ユダヤ人である。イエスがモーセ律法を否定したことは一度もない。律法学者たちの杓子定規な律法解釈を大胆に批判はしたが、それは律法の真の意味を生かすためであった。ユダヤ教の会堂に入って教えたことも少なくない。彼には、ユダヤ教に敵対する分派を作ろうなどという意図は全くなかった。だが、そのイエスをユダヤ教指導部は敵視し、遂には十字架にかけて殺してしまった。理由は、律法に背き、神を冒涜したということである。その敵対的な態度は、ヨハネがこの福音書を書いた紀元2世紀の初め頃になっても変らなかった。にもかかわらず、例えばニコデモのように(ヨハネ福音書3章)イエス

幼子を連れて

⇒幼子を連れてエレミヤ書31,15-17; 大阪の釜ヶ崎に、寄せ場の日雇い労働者たちと一緒に暮らし、彼らのために働いている本田哲郎というフランシスコ会の司祭がいる。彼は、仲間のために四つの福音書と使徒言行録を新しく翻訳し、今から6年前に『小さくされた人々のための福音』という名で出版した。これはいい加減なものではなく、ギリシャ語原典から訳した労作だが、小さくされた人々の視点から訳すという姿勢を貫いている点が最大の特徴である。2005年に3版が出たのは、支持されているという証しであろう。 そのはしがきに、本田神父は先ず福音書の主人公ナザレのイエスを次のように紹介している。イエスは、けがれにみちた罪の子として家畜小屋で生まれることを余儀なくされ、幼くしてヘロデ王の殺戮の手を逃れて、両親とともにエジ

ただ、ひと言

⇒ただ、ひと言イザヤ書 55,8-11; ガリラヤ湖北岸の町カファルナウムでの話である。イエスがそこに入られたとき、一人の百人隊長が近づいて来て懇願した(5節)。百人隊長というのは、駐留ローマ軍の士官で、日本軍のシステムでは中隊長といったところか。そんなに高い階級ではないが、営外居住、つまり兵営の外に住むことも許されていたのであろう。だから、身の回りの世話をする僕が必要であった。その僕が、中風で寝込んで、ひどく苦しんで(6節)いた。同情した、あるいは、自分の暮らしが不便になったことに音を上げた百人隊長は、イエスのもとに来て懇願したのである。 同じ話がルカ福音書7章にもあるが、そこでは百人隊長に重んじられている部下が、病気で死にかかっていた(2節)となっている。差し迫った状況である。そこで百人

この最後の者にも

⇒この最後の者にも申命記 24,14-15; ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。主人は、1日につき1デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った(1-2節)。1デナリオンとは、当時、日雇い労働者の1日分の給料に当たる。日本円に換算すればどれくらいか? 本田哲郎『小さくされた人々のための福音』は、5千円と訳した。必ずしも正確とは言えないかもしれないが、大体の感じは掴める。 9時頃になっても、まだ広場でぶらぶらしている人たちがいたので、主人はふさわしい賃金を払う(4節)と約束してぶどう園に行かせた。12時頃と3時頃にも同じようにした。最後に5時頃に行ってみると、仕事にあぶれて一日中立っている(6節)人々がいた。立ちん坊である。そこで、彼らにも仕事を与えた。

高い山に登る

⇒高い山に登る列王記上19,1-12; I今日のテキストは、弟子たちが山上でイエスの姿が変容するのを体験するという不思議な物語です。マタイ福音書のイエスは、何度か山に登ります。もっとも有名なのは山上の説教でしょう(マタイ5,1; 8,1)。次に有名なのは福音書の末尾、復活者イエスがガリラヤの山上で11人の弟子たちと再会し、世界宣教を命じる場面です(28,16)。さらにイエスは一人で祈るために山に登ることがあり(14,23)、そこに連れてこられた多くの病人を癒したという報告もあります(15,29)。もうひとつユニークなものとして、サタンがイエスを連れて山に登り、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せたという記述もあります(4,8)。マタイ福音書において山に登るとは、何よりも神と出会うためです。そ

『持ち場』を越えて

⇒『持ち場』を越えてイザヤ書55,6-7; イエスはそこをたち、ティルスとシドンの地方に行かれた。すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられていますと叫んだ。しかし、イエスは何もお答えにならなかった。そこで、弟子たちが近寄って来て願った。この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。イエスは、わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていないとお答えになった。しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、主よ、どうかお助けくださいと言った。イエスが、子どもたちのパンを取って小犬にやってはいけないとお答えになると、女は言った。主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくの

イエスとこの世

⇒イエスとこの世イザヤ書5,1-7; イエスは、たとえで話し始められた(1節)とある。この彼らとは誰のことだろうか? イエスは誰に向かって話したのだろうか? この直前の権威についての問答(11章27-33節)という所を読むと、イエスと祭司長・律法学者・長老たちとの間にちょっとした論争があったことが分かる。彼らは、イエスが神殿から商人を追い出す(11章15節以下)という思い切った行動に出たために腹を立て、ちょうど神殿の境内を歩いていたイエスを呼びとめて、何の権威で、このようなことをしているのか。誰が、そうする権威を与えたのか(28節)と詰問した。イエスは一介の放浪説教者に過ぎないが、彼らをやり込めた。その後にこの譬えが出て来るわけだから、ここで彼らと言われているのは、明らかに祭司長・律法学者・

イエスに従うということ

⇒イエスに従うということ列王記上19,19-21; イエスに従うとはどういうことか? 今日のテキストで問題になっているのはそのことである。3人の人物が登場する。最初の人は、マタイによれば律法学者だが、自分から積極的に弟子になることを志願して、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります(57節)と申し出る。しかしイエスは、その人にはどこか甘い所があることを見抜き、狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない(58節)と念を押す。二番目の人は、イエスの方からわたしに従いなさい(59節)と招いたのである。しかし、この人は、まず父を葬りに行かせてください(59節)と条件を出した。息子としては当然の要求であるが、イエスはひどく冷たい言葉でこれを斥ける。死んでいる者たちに

ろばの子に乗る主

⇒ろばの子に乗る主ゼカリヤ書 9,9-10; 今日から受難週(聖週間)が始まる。今日は、既に死を覚悟したイエスがエルサレムに入られた日、そして今週の金曜日は彼が十字架につけられてその高貴な生涯を終えた受苦日である。 さて、イエスがエルサレムに入られたこの日、表通りでは一寸したハプニングがあった。祭に来ていた大勢の群衆が、イエスがエルサレムに来られると聞き、ナツメヤシの枝を持って迎えに出て、繰り返し大声でホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、イスラエルの王に(13節)と叫んだのである。 ナツメヤシという植物は、ギリシャ語ではフォイニクスで、口語訳聖書ではしゅろ(英語ではPalm)と訳されていた。棕櫚の聖日(Palm Sunday)という呼び方もそこから来るのだが、これは日本で棕

空虚な墓

⇒空虚な墓イザヤ書35,1-4; 十字架につけられて死んだイエスが三日目の朝早く復活した、と聖書は伝えている。死んだ人間が復活するとはどういうことだろうか? 多くの現代人は、そんなことは作り話だと言って信じない。あるいは興味本位に、ミステリー仕立ての小説や映画の題材にしたりする。最近の流行である。 しかし、私たちは、今朝、このことについてまじめに(!)考えたい。 使徒パウロは、『コリントの信徒への手紙一』15章においてイエスの復活という主題についてかなり詳しく論じているが、その中に次のようなくだりがある。キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れた(3-5節)。これは簡潔

よい羊飼い

⇒よい羊飼いI 現在、地方選挙が行われています。私たちの社会は、ありがたいことに自治体の長や議会の構成員たちを投票で選ぶという民主主義的なシステムを持っています。もちろん多数決という方法にも欠点はあります。一番分かりやすい欠点は、たくさんの〈死に票〉が出ることです。つまり結果的に少数派となった人々の意見は、その後の行政や議会の運営に反映されることが困難です。もう一つの欠点は、せっかく選ばれた指導者が、支持者にとっても期待通りの働きをするかどうか分からないことです。指導者は自分に投票しなかった人々に対してもよい働きをすべきですが、現実にはそれは期待薄です。期待外れの働きしかしない人も、任期中はその座に居座り続けるのが通例です。 旧約聖書の伝統では、王その他の民族の指導者がしばしば羊飼いと形容さ

柔和で謙遜なイエス

⇒柔和で謙遜なイエス哀歌3,25-33; 主イエスは、「天地の主は…これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになった」 (25節)と言われた。先ずこの言葉に注目したい。 知恵ある者・賢い者とは、前後の文脈から見て、ファリサイ派の律法学者を指すと考えられる。イエスは後にこれらの律法学者たちを、あなたたち偽善者は不幸だ。薄荷、いのんど、ウイキョウの十分の一は献げるが、律法の中で最も重要な正義、慈悲、誠実はないがしろにしている (マタイ23章23節)と厳しく批判している。彼らは律法の専門家だから、煩瑣な知識は山のように蓄えているが、肝心の正義・慈悲・誠実を無視している、言い換えれば「愛」を知らない、というのである。預言者が、「賢者の知恵は滅びる」(イザヤ書29章14節

苦難を用いる

⇒苦難を用いるイザヤ書49,1-9;I 今日のテキストを書いたパウロの略歴を追えば、およそ以下のようになります。・キリキアのヘレニズム都市タルソスのユダヤ人家庭に生まれる。生年は、一説によるとBC6年頃、つまりナザレのイエスとほぼ同年輩。本名サウル。アラム語・ギリシア語の二言語使用者として育つ。長じてユダヤ教ファリサイ派セクト(民族伝来の口伝律法を遵守する厳格派)に参加。・AD32年(38歳)頃、異教徒を律法遵守なしに受容するユダヤ教ナザレ派――後のキリスト教のことです――に対してシリア・ダマスカス近郊で暴行行為に及ぶが、突如として同派に転向。ナザレ派の洗礼を受けた後にナバテア王国に赴く。後に帰還してダマスカスのナザレ派共同体に逗留。・AD34年(40歳)頃、ユダヤ教の聖都エルサレムにナザレ

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