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往復メール shioya Vol.6 いのちについて

塩谷達也シンガー/ソングライター/プロデューサー JECA 西堀キリスト福音教会会員 僕には、かわいい甥っ子がいる。 名前は璃音といって、音楽を全身全霊で愛している小学生だ。彼は歩くことはできないし、ひとりで真っ直ぐ座れない。僕らと同じような言葉を話すことができず、自分だけで食事をとることもできない。ねそべってごろごろと動いて手や足でキーボードを叩き、ギターの上に頭をのせて弦の振動を感じている。自分の頭を何かに打ちつけたりすることもある。璃音の生きている世界のすべてを、僕らはつかみとることができない。 僕の姉は璃音と共に生きている。僕は、璃音をとおして、また姉と璃音の姿をとおして、神さまからたくさんのことを教えてもらった気がする。 璃音が生まれて間もなく、“Little faithful”と

ブック・レビュー 『彩りことばのおくりもの』

小林 碧日本基督改革派教会・白石契約伝道所会員 和紙染色画考案作家弱った魂にさりげなく寄り添い、冷えた心をあたためる 一つの言葉が奥深い書によって表現される時、伝達手段としての文字が不思議な力を発揮いたします。 『彩りことばのおくりもの』を私が手にした時、弱った魂にさりげなく寄り添うもののように感じられました。友禅を思わせる優しい色使いと筆遊びが冷えた心をあたためます。 病床にあって重い聖書を開く元気も失せた友のことが一瞬脳裏をよぎりました。「これなら手にとって楽しめるかも知れない」と。 神様は著者に〈美しいものによって伝えたいことがある人生〉を与えておられます。 「あとがき」によれば著者は、井戸に落ちて三歳で命を失うところを祖父に助けられ、彼のあたたかい励ましの中で六歳から本格的に書を始め

“信教の自由”がなくなるとき 教会が自由を手放すとき(前半)

上中栄日本ホーリネス教団 鵠沼教会牧師 日本から「信教の自由」はなくならないでしょう。日本が民主主義を標榜する法治国家である以上、少なくとも法制度上「信教の自由」がなくなるとは考えにくいことです。それでも、本特集のような危惧が生じるのはなぜでしょう。一、戦時下の「巧みな」信教の自由[1]「巧みな」制度 今日、「信教の自由」がなくなると危惧されるのは、憲法改正論議や「日の丸・君が代」をめぐる動向に、戦前への回帰に似たものを感じるからでしょう。しかし、その戦前にも、まがりなりにも「信教の自由」はありました。大日本帝国憲法(以下、旧憲法と略)第二八条で保障されていたのです。それなのに、戦時下の教会に実質的な自由はありませんでした。なぜでしょうか。 まず、旧憲法の発布は一八八九年、元号で言えば明治の

ブック・レビュー 『イエスさまに出会った少年の物語』

榊原 寛「ライフ・ライン」パーソナリティ 太平洋放送協会理事長パンがふえていく様子に感動し、楽しい世界に引き込まれる 本書は、「母がつくってくれた弁当」(五千人の給食)、「人目をさけて暮らす女」(サマリヤの女)、「打ち込まれた釘」(十字架と復活)の三場面から構成されています。「聖書をもとにしたフィクション」としながらも、聖書にできるかぎり沿ってイエス様の姿が描かれています。 五千人の給食の出来事の時、イエス様にお会いした少年が、歳を重ね七十歳の老人としてその口からイエス様と出会った様子を、かたりべとして話し始めます。 全編に著者のやさしさがみなぎっています。それは著者自身が、イエス様のやさしさに出会っているからだと感じました。各所にあふれるイエス様との出会いの感動が、読む者に伝わってきて、い

戦争を知らないあなたへ 沖縄戦を生き抜いて

山里宗健元・横須賀第一キリストの教会牧師、蕨キリストの教会員 一九四四(昭和一九)年一〇月一〇日、米空軍機による沖縄初の空襲があり、那覇市は壊滅し、南部・中部、そして那覇市から、山の多い「山原」と言われる北部へ人々は避難を始めました。那覇市の郷里から名護に転居して一三年になる私の家族も、名護の町はずれに避難小屋を建てて、そこへ移り、さらに日本陸軍の防空壕、そして艦砲射撃のなかを隣村、現在の名護市羽地へと避難しました。 ある日の夜中、皆が寝ているところに、「敵上陸」という警防団員の叫び声があり、近くの山に急遽避難。山のふもとに仮小屋を作り、そこで生活することになりました。何日過ぎたか記憶は乏しいのですが、またもや「敵斥候兵が来る」という警防団員の声に、山の奥へと避難を続けました。山の中腹に、中

レイプ被害から立ち上がる 聖書は、力ある「生きたことば」

大藪順子(おおやぶのぶこ)『STAND:立ち上がる選択』著者 9月15日、アメリカに来て丸17年が経つ。19歳で渡米した私は、あっという間に四捨五入すると40になっていた。 他の国と同じように良いところと悪いところが共存するアメリカでのこの17年間、私はいろいろな経験をし、様々な人々と出会ってきた。そんな経験の一つで、私の短い(と思っている)人生のターニングポイントとなった出来事が、去年日本で新聞や週刊誌に掲載されたおかげで、本を書かないかというお誘いをいただいた。 あれから1年経ち、この秋ようやく発行されたこの本は、1999年に私の身の上に起こったレイプ事件から7年が過ぎ、読み返すことはないだろうと思っていた当時の日記帳を開いて過去を振り返る作業から始まった。 本を書くという作業の難しさも

信仰の良書を読もう! 信仰の良書を読もう!(1)

山下正雄キリスト改革派教会メディアミニストリー代表/ラジオ牧師『羊飼いが見た詩篇23篇』W・フィリップ・ケラー 著舟喜順一 訳B6判、1,785円いのちのことば社 「主は私の羊飼い」で始まる有名な詩篇二三篇を知らないクリスチャンはまずいない。しかし、放牧されている羊の群れを実際に見たことがある人は今の日本でそんなに多くはないはずだ。まして、羊とともに生活し、羊の生態をよく知っている人はほとんどいないといってよい。そんな私たちが読む詩篇二三篇の理解がどれほど薄っぺらなものであるかは想像するにかたくない。 本書の著者フィリップ・ケラーは宣教師の家庭に生まれ、東アフリカで育った。長年羊飼いの生活を目の当たりにしてきたばかりか、実際に著者自身も羊の牧場主として羊とともに暮らす経験をしてきた人物だ。そ

中間時代を学ぼう! 『中間時代のユダヤ世界』さわり読み

【さわり読み】「家庭と家族生活」より 婚約と結婚には諸段階・諸慣習を経る長い道程があった。結婚を願う者は、家系と儀式上の地位との両方について将来の伴侶の家族にふさわしいものでなければならなかった。男性は、だいたい十八~二十歳が、女性はずっと若い年齢が結婚適齢期と考えられた。若者は独力で将来の結婚相手と知り合いになることも可能だった。縁談は両親によって、あるいは結婚仲介業者を通してまとめられるほうが多かった。 婚約は経済的意味と法的意味とが関係し、長期間にわたる交渉の対象ともなり得た。正式に婚約が結ばれるのは花嫁の父親の家であり、そこにおいて花婿は花嫁に、彼の意思の表れとして金銭か高価なものを渡した。また、自分の責任と、自分の死あるいは離婚に際して花嫁が受け取る金銭の額とを銘記した契約書も渡し

Opus Dei オペラな日々 第6回 ベルカント唱法は超自然

稲垣俊也オペラ歌手(二期会会員)、バプテスト連盟音楽伝道者 幸いなことに私は、声楽家として様々な機会で歌わせていただいておりますが、歌うごとに音楽の豊かさによって心身が育まれ、新しい自分が創り上げられていく感動を禁じえません。私はクラシック音楽にたずさわる人間ですが、新しい年も古くて(クラシック)、最も「新しい歌」(詩篇九六篇)を歌っていこうと思っています。”良い歌”を歌うべく、思いを新たにしてまいりたいと願います。音声の美とは何か? 音声とは、人の発声器官から出て言語を形成する「音」と「声」です。声楽表現による音声の美しさは、ベルカント唱法によってもたらされると信じてやみません。“ベルカント=Bel canto”とは“良い歌”という意味です。これは良い音声としての歌を提供するための歌唱法で

がじゅマル読み! no.5 今月の1冊>『快老いろは川柳』

『快老いろは川柳』藤原孝行B6判 1,260円のんびりと登ろう老いの坂道を──高齢者施設の元チャプレンが、ここちよく”円熟”するコツを45章にわたり川柳とともに楽しく説き明かす。他人と比較して無理に調子を合わせるのではなく、自分らしく老いを生きるために。がじゅものおじしない爆弾娘。マルネクラなりに明るく生きるがじゅの妹分。敬老の日にプレゼントしようと思ったけど…けっこう厳しい内容だね!?老人ホームの元チャプレン兼カウンセラー、そして牧師でもある著者の視点だからかな。「快老」というより「戒老」かな。お年寄りへのメッセージを、ユーモアを含んだ川柳にしたってとこがおもしろいけど。老人ホーム内のもめごととかもたくさん書いてあったな。「こんなお年寄りにはなりたくない!」って思っちゃった…。上手に年を取

ウツと上手につき合うには 第10回 「ノー」をはっきりと

斎藤登志子あなたは「ノー」をはっきり言えるでしょうか。私が子育てをしているときに特に気をつけたのは、「ノー」をはっきり言える子にするということでした。それは、いじめや虐待を防止するという意味もありますが、私のように心の病になってほしくないと願ったからです。うつ病の人に共通することは「ノー」がはっきり言えないということです。自分の嫌なことや自分の責任外のことに対してもはっきり断ることができないのです。こういう人のことを専門的にはバウンダリーが明瞭でないといいます。自我がはっきりしていないのです。日本にはもともとバウンダリーという概念がありません。「ノー」とはっきり言うのもはばかられるような風潮があります。そのため、多くの人は親と子、夫と妻、また友人といった関係の中で、完全には自立しないで共依存

弱く、遠く、小さき群れより 第22回 当事者の風(続き)

向谷地生良北海道医療大学 看護福祉学部助教授浦河日赤病院 ソーシャルワーカー《 内容については2006年4月に出版される書籍『「べてるの家」から吹く風』をご覧ください 》

中間時代を学ぼう! 『中間時代のユダヤ世界』翻訳裏話

井上誠単立・鶴川キリスト教会牧師 一九八六年渡米する前にウィートン大学院の新約学のコースの講義要録を見ていた私の目に一つの講義名が飛び込んで来ました。それが本書の原題にもなっている “Jewish Backgrounds of the New Testament” でした。 聖書の背景的学びの必要性を感じていたのと、背景の理解があれば、より良い理解ができると思っていた私は迷うことなく著者J・スコット師によるその学びを受講しました。 数年後、再度渡米した際に、それが出版されているのを大学のブックストアで発見した私は、その足で師の研究室を訪れ、翻訳する許可をいただき、出版社からも、まもなく翻訳の許可の手紙が届きました。 原書は三五十頁超ですが、私はつらいと思ったときは全く

新約聖書よもやま裏話 第20回 「子を産む機械」!?男子も女子もなく……

伊藤明生東京基督教大学教授 どっかの国の某大臣が女性を「子を産む機械」と称し、物議を醸し、非難ゴウゴウとなった。生まれて来るのが少々遅かったようだ。二千年前であったら、だれも気にも留めなかったことだろう。 新約聖書の世界、ローマ帝国内やエルサレムを中心としたユダヤ人社会では、「女性とは子を産む機械だ」とだれかが発言しても、特別な話題となることさえなかった。「女は子を産むための存在」とは古代世界の常識であった(男は子を産むことができないという確固たる事実がある!)。あえて言えば、「機械」という言葉は当時としては、不可解なものだったと思われるが。 アテネのような民主主義社会でも、市民として政治や社会にかかわったのは男性のみであった。ユダヤ教という宗教でも、本来男性のみが信仰共同体の正規の構成員と

人生の苦労と教会 インタビュー 向谷地生良さん(2)

でも札幌の大学に入学して、教会に行くのをやめたんですよね。 (笑)最初のころは、教会学校の教師とかやってたんですけどね。 大学に入って最初に考えたことは、働くこと(笑)。親に仕送りはいらないと言い、仕事を探した。半年くらいかかったけど、特養(特別養護施設)の住み込み介護人の仕事を見つけました。それがいままでの私の人生観を砕くひとつの経験になった。 自分の中には、まるで正義の刃を振り上げて飛び込んでいくよう正義感があって、それを正当化するための信仰がどんどんと壊されていく経験をしました。 特養の住み込みで、夜間介護人でしたから、最後に寝たきりになり、けっして幸せではなかった人たちが亡くなっていくさまをみていました。遺体を安置室に運びながら、これが自分たちの最後か、自分たちはこれに向かっているの

組織神学入門! 骨太の信仰を目指して-組織神学を学ぶ効用

関野 祐二聖契神学校 校長ソシキ神学あれこれ 「神さまって、いつからいるの?」「目に見えない神さまが確かにいるって、どうしてわかる?」「赤ちゃんは死んだら地獄へ行くの?」「神さまはアダムとエバが罪を犯すことをいつから知ってた?」「天国でも飲み食いするの? 満腹感はある!?」。 これは、今年の夏に奉仕した中学生キャンプで、講師の私に寄せられた質問の一部。実際生活上の事がらはほかのスタッフが受け持ち、私のところには神学的な(?)難問ばかりが持ち込まれました。 知的好奇心旺盛な中学生たちの問いに答えるには、一般常識や経験ではなく、文字どおり組織神学の知識を総動員しなければ対応不可能。アタマの中をよく整理してお答えしました。 「組織神学」と聞けば、いかにも堅そうで自分とは無縁の難しい学問に思えます

宣教地からメリークリスマス! メニュー

宣教地からメリークリスマス!日本から世界へ約250人ほどの宣教師が派遣されています。今特集では、イタリアのミラノ、エチオピア、インドネシアから三氏にその地のクリスマスの様子と宣教について報告していただきました。イタリア留学生に家を開放してクリスマスストーリーをミラノ宣教師 内村伸之エチオピア良き伝統が世界に伝えられることを願って日本飢餓対策機構 エチオピア駐在員 森田哲也インドネシア カリマンタン働き人がいない奥地の村人と一緒にアンテオケ宣教会 インドネシア派遣 高橋めぐみ祈りが希望の灯となる世界のために祈ろう

ブック・レビュー 『キリストのように生きる』

竿代忠一インマヌエル綜合伝道団 船橋キリスト教会牧師神とのへだてなき交わりから信仰者の歩みは可能になる デニス・キンロー博士は二つの世紀にわたって貴く用いられている霊的巨人であると私は考えています。久しい間、米国アズベリー大学学長として多くの若者を育てた教育者、旧約学の優れた学者、力ある説教者であるのみならず、宣教の分野においても東洋宣教会(OMSI)の理事長として世界宣教に貢献するミッショナリ・ステイツマン(洞察力と幻をもって宣教を指導する器)であります。そのキンロー博士が一九九九年、国際宣教会議においてなされた基調講演が本書『キリストのように生きる』に収められています。 本書には、副題の「新世紀に生きるクリスチャン」が示すように、時代に対する預言者的洞察と聖書の正確な釈義、講解や霊的適用

CD Review ◆ CD評 CD『REAL』

西岡 樹久雄軽井沢ホライズンチャペル 伝道師 / FM軽井沢GO GO Gospel!!! DJ究極のラヴゴスペル、ファーストアルバムリリース! 「愛を信じて生きるなら、あなたはひとりじゃない……♪」クリスチャンである、なしに関わらず、心を捕らえられるフレーズ。注目の新人クリスチャンアーティスト、サムエルは、新宿駅前で演奏していたところ、セキュラーのレコード会社の目にとまりスカウトされた。その背後に流れるキリストの愛をクリスチャンでない人までもが無意識に感じとるのだろうか……。今回、できあがったばかりのCD蕫REAL﨟のサンプル版を、FM軽井沢に持ち込んだところ、私の担当するゴスペル番組以外にも、二つの番組から取材を受け、FM軽井沢でパワープレイされるほどに注目を浴びた。 サムエルの曲を聴く

時代を見る目 163 企業倫理について考える 隠しおおせるものはないことを心に留めよう

林 晏久元丸紅金属販売株式会社代表取締役/住吉山手キリスト教会前牧師 最近の日本では、粉飾決算、賞味期限改ざん、産地偽装、再生紙偽装、贈賄など企業の違法行為が次から次へと明るみに出されている。二〇〇七年を象徴することばは、「偽」であった。今日ほど本物が輝きを失い、偽物が横行する時代はないであろう。 これはいかなる結果なのであろうか。一つに、あまりにも過酷な競争主義が背景にある。超優良企業を含む全企業が、生き残りをかけてぎりぎりの戦いを強いられている。生産高、シェア、経常利益、株価など、いつも順位が競われる世界である。 ここには、進化思想の強い影響を見ることができる。十九世紀半ば、ダーウィンが、『種の起源』を発表し、欧米世界は進化論討議に揺れた。進化論は、科学の世界での論議であるが、当時の産業

The Cross Pendant

He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel

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Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......

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