牧師室より #11
ラスベガス日本人教会 砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を
今日は、物事を先延ばしする癖(習慣)について考えてみました。“延引は時間の浪費”という諺があるように、何事でも先延ばしにすることは色んな問題を生み出す原因になります。
「人が、なすべき善を知りながら行わなければ、それは彼にとって罪である。」(ヤコブ書4:17)聖書は延引について多くのことを語っています。たとえば、このヤコブ書の言葉をじっくり考えてみますと、確かに私たちは、なすべき事を知りながらせず、してはいけない事を知りながらしているということを気付かされます。しかし、なぜ私たちはしなければならないと思っていることをいつまでも先延ばしするのでしょうか? 聖書は、人が大切な事を先延ばしする理由として以下の点を挙げています。
1.優柔不断: 「そんな人間は、二心の者であって、そのすべての行動に安定がない。」(ヤコブ1:8)あなたは、レストランで注文をするのに時間をかけ過ぎてウェイターを去らせた経験がありませんか。もちろん誰にでもある経験でしょうが、いつもその傾向がある人がいます。優柔不断は、何をするにも、それをいつまでも先延ばしする原因になります。
2.完全主義: 「風を警戒する者は種をまかない、雲を観測する者は刈ることをしない。」(伝道の書11:4)この伝道の書の言葉は、「もしあなたが完全な状況を待とうとするなら、あなたは決して何もしない」という意味です。私たちの時間やお金や能力は何か完全なことをするためにある訳ではないのです。間違いや失敗は誰にでもあること。むしろ間違いや失敗をするからこそ人は成長するものです。
3.恐れ: 「人を恐れると、わなに陥る」(箴言29:25)あなたは医者に行くのを先延ばししたことがありませんか。あるいは、必要とされている話し合い、自己改善のための取り組み、職探し、伝道の働きなどを先延ばししてはいませんか。その理由を正直に自分に問うてみてください。“私は何を恐れているのだろう?”
4.怒り: 「その仕事を怠る者は、滅ぼす者の兄弟である」(箴言18:9)この聖書の言葉の意味は、怠惰な人は、破壊的な人と同じくらい悪いということです。何かを先延ばしするということは、嫌いな人に仕返しをするようなものです。私たちはよく何かを怠ります。子供はそれが得意です。たとえば、親が子供に自分の部屋をきれいにするように頼んでも、すぐにしようとしないときがあります。その理由の一つは、親の支配に対する抵抗です。先延ばしは、消極的抵抗の結果だと言われます。つまり、私はしなければならない事を命令されるのが嫌なので、したくありません、ということなのです。怒りは、私たちにすべき事を先延ばしさせるものです。
5.怠惰: 「なまけ者の心は、願い求めても、何も得ない、しかし勤め働く者の心は豊かに満たされる。」(箴言13:4)アメリカで一番人気のある言葉は“easy”だそうです。もしそれがeasyなら、それが好きなのです。その反対に、難しいもの、大変なものなら、私たちはそれを嫌がるのです。もし本のタイトルが、「あなたの人生を変える10の難しいステップ」だとしたら、あなたはその本を買うでしょうか?もしそれが簡単なら好きですが、難しければ、私たちはそれを嫌うのです。 あなたが今度、何かを先延ばししていることに気付いたら、立ち止まって、自分自身に“なぜだろう?”と問いかけてみてください。それから、そのすべき事を速やかにすることができるように、神様の助けを祈り求め、すぐ実行してみてください。先延ばしは、必ずあとで問題を作り上げ、あなたを悩ますようになります。
今日の一言: 延引は人生の浪費 平安鶴田牧師