『祝福を与えなさい』

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

 

『祝福を与えなさい』

 

聖書の中に「悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい」という言葉があります。

 

しかし、これを現実の世界で実践することには無理があると誰もが思うでしょう。これは理想論であって現実的には不可能だというのです。ところが、それを実践した人がいます。スティーブン・メティカフというイギリス人宣教師です。

 

彼は1952年にOMFの宣教師としてイギリスから来日し、1990年にイギリスに帰国するまでの38年間、日本の青森を中心に宣教活動を続けられました。そして、その間に5つか6つの教会を開拓されたのです。

 

私も二つの教会を開拓した経験がありますので、開拓伝道の厳しさを知っていますが、外国人が東北の田舎で教会を建て上げるというのは並大抵のことではなかったでしょう。しかし、メティカフ宣教師はは、38年かけて、それを実践されたのです。果たしてその宣教のスピリットをどこから得られたのでしょうか。

それは「炎のランナー」という映画のモデルとなったエリック・リデルとの出会いによるものだったそうです。エリック・リデルは、1924年のパリ・オリンピックで男子100メートルの代表に選ばれていながら、その予選が日曜日の午前中だったので、自分は礼拝を休むことはできないと言って代表を辞退しました。そして代わりに別の日に予定されていた400メートルリレーのアンカーを走り、イギリスに金メダルをもたらすのです。

 

しかし、一躍イギリス中のヒーローとなったリデルは、その後すべての栄光を捨てて、ハドソン・テーラーとともに、中国の奥地に福音を伝えるため、宣教師となって生涯を捧げたのです。

 

太平洋戦争がはじまり、妊娠中の妻と二人の娘を母国に戻し、残務処理をするために一人残っていたところを日本軍につかまり、上海の日本軍の強制収容所に入れられました。しかし、リデルはその収容所で聖書クラスを開きました。そして、そこにいたのが当時14歳だったメティカフ少年でした。宣教師の子供たちが通っていた学校の生徒であったメティカフ少年も同じ収容所に入れられていて、リデルが教える聖書クラスで学んでいたのです。

そして「山上の説教」を学んでいたときに、少年たちから質問が出されました。「『汝の敵を愛せよ』とキリストは言っているが、そんなことは実際にできっこない。これは単なる理想なのではないか?」

 

彼らにしてみたら、その時の敵とは自分たちを散々いじめていた日本兵でした。するとリデルは微笑みながらこのように言いました。

 

「実は僕もそう思うところだったんだ。だけど、この言葉には続きがあるんだよ。『迫害する者のために祈りなさい』という続きが・・・。イエス様は、愛せない者のために祈れと言われたんだ。だから君たちも日本人のために祈ってごらん。人を憎むとき、君たちは自分中心の人間になる。でも祈るとき、君たちは神中心の人間になる。神が愛する人を憎むことはできないだろ。祈りは君たちの姿勢を変えるんだ。」

 

そういうリデル自身、毎朝早く起きて日本と日本人のために祈っていました。リデルは脳腫瘍で間もなく収容所で亡くなりますが、メティカフは、その墓の前で、リデルが残した仕事をするために「宣教師になって日本へ行く」という決意をするのです。

 

そしてハドソン・テーラー宣教団体に入り、やがてOMFの宣教師として来日し、1953年から38年間、日本人のために伝道し、神様の愛を伝えたのです。彼の人生を変えた言葉、それは「祈るとき、君は神中心の人間になる。祈りは君の姿勢を変える」という言葉でした。

 

だから、不可能ではないのです。聖書の教えに自分の現実を合わせていくことができるのです。祈るなら神中心の人になることができます。それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできるのです。

 

私たちが神の言葉である聖書に自分を合わせていくなら、私たちも神の人に変えられ、悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えることができるのです。

 

では、いったいなぜクリスチャンは悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなければならないのか、ペテロはその理由を次のように言っています。

 

「あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。」

 

私たちは祝福を受け継ぐように召されているのです。ですから、どんなことがあっても祝福されるということです。たとえ敵が私たちに悪意をもって向かって来ようとも、神が私たちを守り、助けてくださいます。私たちは祝福を受け継ぐために召されているからです。

 

私たちがすべきことは悪をもって悪に報いることではなく、かえって祝福を与えることです。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈ることなのです。

 

 

今日の一言: 人々に祝福を与えなさい

 

 

鶴田健次

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