愛に挑戦する作家 チョ・チャンイン 前半

聖書に出てくる用語、クリスチャンが使う用語を説明しています。 ヘブル的視点で解説されていますので、すでにクリスチャン歴が長い方にも新しい発見があるかもしれません。



 父親の犠牲的な愛を描いた『カシコギ』(サンマーク出版、邦訳2002年)は韓国で二百万部という前代未聞の大ヒットなった。
 その著者、チョ・チャンインの最新作『スンウ 12歳の明日が五月にフォレストブックスから出版される。物語には隅々にわたって聖書の世界観が深く広く濃く、染み込む。
 「三浦綾子のように作品を通して福音を伝えたい」とチョ・チャンインは、言う。

 「私が最もきらっているのは文学主義者です」。いままでの穏やかだった口調を一転して強くし彼は言う。「文学主義者は文学に慰めやいやしを求め、自分のために書いているのです。文学に救いはありません。それは救いを描くための道具にすぎないのです。私は救いはキリストにしかないと考えています。そして、私は神の愛を伝えるために作品を書きたいのです」。

 しかし『スンウ 12歳の明日』には、明確に神、罪、救いと直接的な伝道のためのメッセージが書かれているわけではない。「伝道は心が大切です。面と向かって語っても受け止められない」と言うように、物語の中には、神や愛という教会でよく使われる単語や、聖書の引用はほとんど存在しない。

 現在、彼は処女作である『彼女が目覚めるとき』(邦訳未刊)を、書き直している。クリスチャンになったばかりのころに書いたこの小説には、聖書の引用が多く出てくるからだ。「作品を通して伝道したい」という思いが先走ってしまった。「直接的な表現をしてしまったのは、自分がクリスチャンとして成熟していなかったからだと思います」。物語全体を通して神の愛が語られるように、聖書の世界観をを物語に「溶け込ませる」作業を進めている。

祈りの中で

 だが、聖書を引用しないとすると、どのように神の愛をはっきりと伝えることができるのだろうか。そうなると、より巧みな表現力と想像力が必要になってくる。チョ・チャンインの想像力の源は、聖書を読み、祈る、静思の時にあるようだ。

 彼は、たいてい、夜中の零時から午前六時までを執筆活動に当て、そのはじめに静思の時を持つことを習慣にしている。神が意図するものは何か、どのように表現すべきなのか、祈り尋ねてから執筆を開始する。

 その名を韓国中に知らしめた『カシコギ』の名場面も、その祈りの中から生まれた。物語に確信が持てず、一行も書けないという苦悶の時間を過ごしていたある日、神の語りかけを聞いた。「父であるわたしがあなたをどのように愛したか。父の絶対的な愛をすでにおまえに見せたはずではなかったか」と。

 『カシコギ』では当初、父親が死ぬ設定は想定されていなかった。だが、神のこの語りかけを聞いたときに確信を得たのだ。「イエス・キリストが命まで捨てて私たちを救ってくださったように、私は勇気をもって父親の死を選びました。そして父親の死がそのままキリストが見せてくれた絶対的な愛であることを文字にしていきました」。

 祈りの中で神の絶対的な愛が示されなければ、今ある『カシコギ』は存在しなかった。それまでは、物語を書くことに神は関与しないと考えていたチョ・チャンインだったが、今では『カシコギ』は神によって書かれたと断言するのである。

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