『歎異抄』と福音 第二十三回 孤独な荒野で人は神に会う

聖書に出てくる用語、クリスチャンが使う用語を説明しています。 ヘブル的視点で解説されていますので、すでにクリスチャン歴が長い方にも新しい発見があるかもしれません。

ほぼ二年『歎異抄』と福音を巡って書かせていただいた。「結文」を扱う今回と「付録」に触れる最終回を残すのみとなった。「結文」には三つの山がある。一つは、親鸞の若かりし頃のエピソードであり、あと二つは、唯円がここで初めて書き記す親鸞の言葉だ。どれも唯円としてはどうしても書いておかねばならなかったことなのだろう。

親鸞は二十九歳で比叡山を降りて法然門下となったので、三十歳前後のことだろう。親鸞が自分の信心は師の法然の信心と同じだと言ったことに対して、他の弟子たちからとんでもない思い上がりだと烈しく責められた。事は収まらず、法然の裁可を仰ぐこととなった。法然は次のように答えて、この騒ぎを鎮めたという。
◇「法然聖人のおほせには、源空が信心も如来よりたまはりたる信心なり、善信房の信心も如来よりたまはらせたまいたる信心なり、さればたヾひとつなり。」(結文)|法然様が仰るには、源空(法然の僧としての名)の信心も如来より賜った信心であり、善信(親鸞の通称)の信心も如来より賜らせていただいた信心である。そうであるならば、信心はただ一つだ。
唯円はこのやりとりを『歎異抄』の結びに特筆したかったのだろう。師とは異なる教えを歎いた唯円だからこそ、信心は阿弥陀仏から賜る唯一無二のものだと、最後に念を押したのではないだろうか。
唯円にそう書かれると、「聖霊によるのでなければ、だれも『イエスは主です』と言うことはできません」(Ⅰコリント12・3)とのパウロの言葉を引き合いに出したくなる。キリストへの信仰はむしろ神から与えられるものだ、との教えに似ているではないか。
しかし、親鸞は仏教における仏性思想を背景にして考えていたようだ。人には本来的に備わる仏に成る性質があるという。阿弥陀仏の神話によって、各自にある仏性が刺激されて、やがて人は仏に成るという論理だ。上からではなく、あくまで内心からと考えるところが仏教らしい。

次に、唯円がここで初めて紹介する親鸞の言葉を見よう。
◇「聖人のつねのおほせには、弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」(結文)|親鸞様が常々仰せられたことに、阿弥陀仏の途方もなく長い間の思惟の結果である本願をよくよく考えてみると、ひとえに親鸞一人だけのためのものであったのだ。
「親鸞一人がためなりけり」は、本連載第12回でも、牧師で文芸評論家の佐古純一郎や、哲学者の滝沢克己が注目したことを紹介した。この言葉に触発されて梅原猛が半世紀前に書いたコメントを、さらに見ておきたい。
「宗教は孤独な人間の営みである。孤独な自我の荒野の中で、神は初めて人間に語りかけるのである。『果てしない孤独な荒野で神は人に初めて姿をあらわす』とエックハルトはいう。親鸞もまた、長い孤独な荒野の中で神を見出した人であった。」(梅原猛校注・現代語訳『歎異抄』講談社)
梅原は親鸞にとっての阿弥陀を「神」としている。哲学者らしく、中世ドイツのエックハルトと親鸞との響き合いに言及している。荒野(ヘブル語でミドバル)は言葉(ヘブル語でダバル)の派生語であり、聖書において荒野は神の言葉を聞く場所である。超越的なものの前に独り立とうとしていた親鸞が、キリスト教信仰の持つ深さに迫っていることが、現代日本の知識人たちを驚かせてきた。

もう一つは、親鸞にこだまする聖徳太子の言葉である。
◇「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもてそらごと、たわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはしますとこそ、おほせはさふらひしか。」(結文)|欲望に取りつかれた人間や実にはかない世界においては、何事も空虚でしかなく、ただ念仏のみに真実があるのですと仰られたのです。
この言葉には聖徳太子の次の言葉の影響が見られる。
「世間虚仮唯仏是真」(天寿国繍帳銘)|世の中にあるものはすべて空虚であり、ただ仏のみに真実がある。
「仏」を「念仏」に替えるとほぼ同じだ。政治家であり熱心な仏教者であった聖徳太子は、横暴を働く政敵蘇我馬子への非難を己に向けた。聖徳太子の制定とされる十七条憲法には、自己の悪を見つめる仏教思想が見られる。
「我必ずしも聖にあらず、彼必ずしも愚にあらず、共にこれ凡夫のみ。」(十七条憲法第十条)
共に悪を抱えたただの人だと見る悪人思想は、日本では聖徳太子から親鸞へと成熟を見せる。己の悪を凝視する日本人の宗教的態度が、聖書と出会って創造主の前での原罪意識に結実することを心から願うしだいである。

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