松本望美
北朝鮮宣教会所属/韓国在住
「歓迎する」というスタイルには、日韓で違いがある。
韓国の教会では、初めて教会に来た人やゲストに対して、実によく気を遣って世話をしてくれる。「歓迎されてるなあ」と自然に感じることができる。国民性もあるのだと思うが、シャイな日本人の教会(海外含む)では、ほったらかしにされることが多い。
礼拝が終わると、そそくさと自分たちの奉仕を始める、愛餐会でも「どうぞ、こちらへ」などと声をかけてくれる教会はそんなに多くない。ほうっておかれて、しかたなく自分なりに考えて食卓についたりする。これは私だけが感じていることではないらしく、ある巡回伝道者と話しているときにも「ああ、そうそう!」とうなづいていた。
ノンクリスチャンを導くためには、日韓を問わず、心からの歓迎ムード、あたたかい教会の雰囲気は必須だ。大阪のある教会では、私のためのお世話係を決めていてくれた。その教会には本当に居やすかったし、溶け込めたような気がした。
韓国から一時帰国をして、日本の教会に行ったときなどは「このドライなムードは何?」と思うが、韓国へ戻ると「望美宣教師、今年こそ結婚しなさい」など言われて、「ちょっと、ほうっておいていただけますか……」となる。足して二で割れたらちょうどいいと思うが……。
それにしても、「歓迎」に関しては、本当に申しわけないと思っていることがある。
韓国では、初めて訪問する教会で、「今日、初めていらっしゃった方は、前に出てきてください」とか、「その場で立ってください」と言われる。すると席についている会衆が「君は~愛されるため生まれた~」とか、そのほかの讃美を、私に向かって思い切り手を伸ばして歌ってくれるのであるが、私は非常に苦手だ。
歌って歓迎してくれるのには感謝するが、私は立ってしまったことをひどく後悔する。拍手だったら一瞬で終わるが、一曲すべてを歌われると、その間どうしていいかわからない。歌詞すら知らないときもある。前に出ているとOHPで映し出されている歌詞を見ることもできず、ただどこかの一点を見つめることしかできない。「はずかしい」という感情よりは、「助けてほしい」といったほうが正しい。だから、「初めての方は……」と言われても涼しい顔して常連のふりをすることもある。。
日本の教会でもそれをやっている教会があり、「じゃあ、望美宣教師を歓迎しましょう!」と言われたことがある。例のごとく歌を歌われたのだが、困惑した顔をしていたかもしれないというか、……わがまま宣教師ですいません……。
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
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