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- 愛する独り子を捧げる父
「愛する独り子を捧げる父 アブラハムとサラの夫婦には、年老いても子がなかった。しかし、アブラハムが99歳、サラが90歳のとき、つまり、もう諦めていた頃に、子が生まれるという約束が神から与えられた。創世記17章に、そう書いてある(1)。二人とも初めは半信半疑だったが、その約束は実現してイサクが生まれる。二人は大喜びした。サラなどは有頂天になって、「神はわたしに笑いをお与えになった(21,6)と言ったほどだ。イサクという名には、「笑い」という意味もあるからである。そしてアブラハムは、「イサクの乳離れの日に盛大な祝宴を開いた(21,8)。どんなに嬉しかったか、察せられる。 ところが神は、こともあろうに、その大事なイサクを犠牲として捧げよと命じた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、
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- ナルドの香油
「ナルドの香油 今日から、「受難週、もしくは「聖週間が始まる。主イエスの地上における最後の一週間を記念する週である。金曜日の午前9時ごろに彼は十字架にかけられた。昼ごろから全地は暗くなり、午後3時に、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですかという悲痛な叫びを残して絶命されたと伝えられる。 今日の日曜日は、主がこの苦しみを覚悟してエルサレムに入られた日である。群集は、数日後には一変して「十字架につけろ!と怒号するのだが、この時はまだロバに乗った主イエスを「ホサナ、ホサナ(我らに救いを)と叫んで歓迎していた。「自分の服を道に敷いた人も多い。これは即位する王、あるいは高貴な方を迎えるときの礼である。「また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた(11,8)。ヨハネ福音
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- あなたがたより先に
「あなたがたより先に 主イエスが十字架の上で息を引き取られたのは、金曜日の午後3時ごろであった。直ぐに日没が来る。それから翌日の日没までは安息日で、行動は著しく制約され、歩く距離まで制限されていた。その安息日は土曜日の日没で終わる。マグダラのマリアともう一人のマリアは、それを待ちかねて行動を起こした。多分、日が沈むと直ぐに町に行って香油を買ったのだろう。それをイエスの遺体に塗るために、夜明けと共に墓へ出かけた。今日の箇所の冒頭に、「週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが墓を見に行った(1)とあるのは、そのことである。遺体は十字架から降ろされた後、アリマタヤのヨセフという人が受け取り、「きれいな亜麻布で包み、岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口には大きな石を転が
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- 復活者イエスの顕現
「復活者イエスの顕現 ヨハネ福音書によると、復活した主イエスは三度弟子たちに現れる。最初は空虚な墓のそばで現れた(20,1~18)。二度目は、弟子たちが「ユダヤ人を恐れて、自分たちの家の戸に鍵をかけて(20,19)集まっていたときで、その密室の中にスッと入って来られた。今日の所に書かれているのが三度目の顕現であって、「ティベリアス湖(ガリラヤ湖)畔で、また弟子たちに御自身を現された(1)。 この「三度ということの意味について考えたい。聖書は大事な場面でしばしば「三度という数を持ち出す。 十字架の直前、主イエスはゲッセマネの園で、三度、「この杯をわたしから取りのけてください(マルコ14,36)と祈られた。ペトロは三度、主イエスを否認した。イエスが大祭司の屋敷に連行されて宗教裁判にかけられたとき
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- 悲しみが喜びに変わる
「悲しみが喜びに変わる 今日の箇所は、主イエスが十字架につけられる直前に弟子たちに語られた別れのメッセージ、いわば「告別説教の一部である。 イエスは先ず、「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなる(16節前半)と言われる。自らの死を既に覚悟し、万感胸に迫る思いでこう言われたに違いない。だが、弟子たちは、何となく胸騒ぎはしたかもしれないが、イエスが言われたことを正確には理解しなかった。復活を暗示した次の言葉、「またしばらくすると、わたしを見るようになるという言葉も、弟子たちの理解を全く超えていた。 だから、このイエスの言葉を聞いて、弟子たちはざわめいたのである。ちょうど、教室で先生の言葉がよく理解できないとき、生徒たちがそれを確かめるために互いに言葉を交してザワザワするように。弟子た
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- 傷ついたものを包む神
「傷ついたものを包む神 エゼキエル書34章は、「牧者たちに対する厳しい批判の言葉で始まる。「災いだ、自分自身を養うイスラエルの牧者たちは。牧者は群れを養うべきではないか(2)。古代中近東には政治的指導者を「牧者と呼ぶ伝統があったので、ここで預言者が言うのも、具体的にはユダ王国末期の王たちのことだと考えられている。エゼキエルは、紀元前6世紀の預言者であった。「バビロン捕囚という民族的悲運に際会して、彼は強制連行された捕囚の人々と一緒にバビロンに行き、そこに住んだ。そして、このように故国から遠く離れた異郷バビロンにあっても神は共にいて下さると信じ、ややもすれば希望を失いがちな民に慰めと励ましの言葉を語ったのである。しかし、彼はまた、他の偉大な預言者たちと同じように、悪しき政治指導者の責任を指摘し
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- 幼子の口に讃美を
「幼子の口に讃美を 「イエスは神殿の境内に(12節)入った。これは、紀元前520年頃に再建された「エルサレム第二神殿のことである。マルコ福音書13章には、弟子の一人がこの神殿を見て、「先生、なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう(1節)と感嘆したとあるが、ガリラヤから来た「お上りさんの目には、さぞ素晴らしく、壮麗に映ったことであろう。だが、イエスはこの大伽藍の正体を見抜いていた。 境内に入ったイエスは、たくさんの「売り買いをする人々や「両替人が店(屋台)を出しているのを見た。過越祭が近づくこの時期、巡礼者も増え始めていたから、商人たちはチャンスと見たのであろう。 巡礼者は、犠牲に捧げる動物を必要とする。羊、ヤギ、鳩などである。それらは無傷のものに限ると律法で決められていたから、彼ら
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- 求め、探し、門をたたく
「求め、探し、門をたたく イエスは、「あなたがたのうちのだれかに友達がいて」(5)と弟子たちに話し始める。どこにでもいるような人を想定していたと思われる。その男が、平凡な一日の仕事を終えてベッドに入った。「世の中に寝るより楽はなかりけり・・・」などと言いながら、ようやく温まってきた布団の中でウトウトし始める。至福の時である。 そこへ、突然誰かが外で戸をたたいた。既に「真夜中である。どうやら近所に住む友達らしい。さすがに遠慮がちに、「友よ、パンを三個貸してくれ。私の友だちが旅の途中で私のところにやって来たのに、私には彼に出してやれるものがないのだ(5-6節。佐藤研訳)と言う。せっかく眠ろうとしている矢先、しかも真夜中にこうやって起こされた場合、私たちだったらどうするだろうか?神学校の学生寮で生
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- 聖霊に満たされ
「聖霊に満たされ 「五旬祭(1)はユダヤ人の三大祭の一つで、「過越の祭の第2日から数えて50日目に当たる。「ペンテコステというのは「第50のという意味のギリシャ語である。この日は、元来「刈入れの祭(収穫感謝祭)であったが、後には十戒が与えられた記念日として守られるようになり、出エジプト記20章を朗読して律法への忠誠を新たに誓った。そして、図らずもこの大切な祝日に、エルサレムに集まっていたイエスの弟子たちに「聖霊が降って、キリスト教会が誕生したのである。 一体、この日に起こったことは何だったのか? 「突然激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえた(2)とか、「炎のような舌が分かれ分かれに現れた(3)とある。普段は経験することのない、不思議な現象である。しかし、この現象面だけに目を奪われてはな
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- 生きた水の流れ
「生きた水の流れ 先日テレビのスイッチをひねったら、日本の高齢者グループがこの3月、中国・新疆ウイグル自治区にあるタクラマカン砂漠を徒歩で旅したという壮大な話を放送していた。60から70代の十人ほどで、中には女性も何人かいる。15頭の駱駝に水や食料、必要な機材などを満載し、ウイグル族の人々の案内で歩き始めた。「本当に大丈夫なのかなと、見ていて心配になる。 この旅を計画した中心人物は70代後半(?)の男性だ。若い頃スウエーデンの地理学者で探検家でもあったヘデインの『旅行記』を読んだ。スヴェン・ヘデイン(1865-1952)は東トルキスタンやチベットなどを踏査し、楼蘭の古代遺跡を発見するなど、中央アジア研究に偉大な足跡を残した人物として知られている。その『旅行記』を読んで感動した彼は、いつか憧れ
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- キリストの手紙
「キリストの手紙I「キリストの手紙という説教題をご覧になって、「そんな手紙が新約聖書にあったかなとお考えになった方がいらしたかも知れません。もちろん、キリストが書いた手紙が聖書に収録されているわけではありません。そもそもイエスは、文書による伝道をしませんでした。彼は、むしろ身体を動かして「神の国を宣教しました。イエスは故郷の家と家族と財産を捨てて、荒れ野に出て行きヨハネから洗礼を受けました。またヨハネのもとを離れた後は、乞食坊主のようになってガリラヤの村々を巡り歩いて、「救いをもたらす神の力は近いと告げてまわりながら、身体や精神に障碍をもつ人々を癒して家族のもとに帰し、平民から弟子たちを集め、女性たちと対等に話しました。そのままでは神の前に無資格であると見なされた人たちを、そのまま受け入れて
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- 神への愛
「神への愛 今日の本題に入る前に、5章1-8節に記された出来事に目を留めておきたい。エルサレムの羊の門のそばに、「ベトザタ」あるいは「ベテスダと呼ばれる池があった。一定の間隔を置いて水が湧き出す「間歇泉であったと思われる。「水が動く(7)とあるのはそのことだろう。その時、すかさず水中に入れば病気が治ると言われていて、実際、ある程度は効き目があったのだろう。池の周りには五つの回廊が作られ、大勢の病人や障碍者がそこに身を横たえて水が動くのを待っていた。その回廊で、主イエスは「38年間も病気で苦しんでいる人(5節)と出会ったという。苦しいときには、時間は無限に長く感じられるものだが、この人の苦しみは38年間も続いたというのだ。それは、ほとんど一生である。そんなに長く病苦に苛まれ、気力も萎えていた
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- 共に建てられる
「共に建てられる イエス・キリストは「敵意という隔ての壁を取り壊した(14)、とパウロは言う。なんと慕わしい言葉だろう! 敵対関係がひっきりなしに拡大再生産されている現代において、この言葉は特別に美しく感じられる。 「ベルリンの壁は幸いにも崩壊した。「鉄のカーテンや「アパルトヘイトのように世界を分断するものもなくなった。しかし、今や新たな「壁が世界の至る所に築かれている。パレスチナとイスラエルの間に造られた、巨大で醜い壁。イラクやアフガニスタンに残された頑強な敵意という壁。各地に拡大する民族対立と、その結果としての恐ろしい大量虐殺。朝鮮半島を50年にもわたって南北に分断している38度線。あるいは、「日中・「日韓の間に改めて強く意識されるようになった敵意。これらの「壁が取り壊されることを、私た
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- 最後の者から始めて-逆転の福音
初めに短く関田先生についてご紹介を致します。関田寛雄先生は長いこと青山学院神学科で神学を、神学科がなくなった後はキリスト教について、若い人たちに教える優れた教師でした。今は引退されまして神奈川教区の巡回教師として働いていらっしゃいます。大変忙しい日々を送っておいでですが、今日は私たちの願いを聞いてくださいまして特別にこの礼拝の説教者として来てくださいました。川崎市の戸手というところに、先生は今もお住まいですが、その地域に住んでいらっしゃる在日韓国人・朝鮮人のために長年にわたって誠実なお働きをなさっており、そのことで私たちは先生を大変尊敬しております。その方を今日説教者としてここにお迎えしたことを皆様と共に喜びたいと思います。(村上牧師)「最後の者から始めて-逆転の福音この代々木上原教会の礼
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- 悪を善に変える神
「悪を善に変える神 今日の箇所を理解するためには、あの長い「ヨセフ物語(創世記37~50章)を読み直す必要があるが、今日の説教では先ずそのあらすじを物語風に辿ることにする。 アブラハムやイサクと共にユダヤ民族の先祖とされるヤコブには、12人の息子があった。第1夫人レアから生まれたのがルベン、シメオン、レビ、ユダ、イサカル、ゼブルン。第2夫人ラケル(レアの妹)から生まれたのがヨセフとベニヤミン。そして、ラケルの召し使いビルハからダンとナフタリが、レアの召し使いジルパからガドとアセルが生まれた。イスラエル12部族の由来である。 今日の物語の主人公ヨセフは、父ヤコブが年をとってから生まれた子であった。その後ベニヤミンが生まれるが、それまでは末っ子で、しかも、ヤコブが一番愛したラケルの子であったから
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- 叫びながらついてゆく
「叫びながらついてゆくIこの物語は幾つかの点で、際立った特徴があります。三つほど指摘します。まずイエスは、カナン人女性の願いに、始めはまともに耳を貸そうとしません。この物語のイエスは、私たちに親しい彼のイメージとは異なり、とても不親切です。そればかりか、彼の発言は民族差別的ですらあります。イエスが神から受けた使命とは何だったのでしょうか。二つ目は、カナン人女性の姿です。彼女は外国人であるイエスに娘の治癒を願い、無視されても侮辱されても諦めません。最後にイエスは、彼女に「婦人よ、あなたの信仰は立派だと言います。しかし私たちは、「信仰とは慎み深く従順であること、願っても与えられないときは、それを主の御心と信じて受け入れることだ、と考えていないでしょうか。それと比較すると、この女性のふるまいは、ず
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- 希望を持って忍耐する
「希望を持って忍耐する 今後しばらくは、特別の場合を除き、『テサロニケの信徒への手紙一』によって説教したい。これは、パウロの最初の手紙であって、彼の初期の思想や信仰を知るのに好都合だからだ。全部で5章というのも適当な分量である。さて、テサロニケはギリシャの地名で、現在のサロニキに当たる。当時はローマ帝国マケドニア州の首都で、交通の要衝でもあり、大変栄えた港町であった。パウロがそこへ行った時のことは、大体、使徒言行録17章に書いてある。それによると、パウロは第2次伝道旅行の途中、小アジアのトロアスから海峡を越えて初めてギリシャに渡り、フィリピなどを経てテサロニケに立ち寄った。49年頃のことである。滞在は約4週間に及んだが、その間、彼は度々ユダヤ人が集るシナゴーグ(会堂)に行き、彼らを相手に論じ
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- あなたの名を呼ぶ
「あなたの名を呼ぶ 今日の箇所は、元々、「しかし今という言葉で始まっていたという。つまり、直前の42章18-25節を受け、それと対比して新しいことを言おうとしたのである。では、42章では何が言われているのか? イスラエル民族の過去の大きな罪と、それに対する神の裁き、すなわち、「バビロニヤ捕囚についてである。 かつてこの民は、「多くのことが目に映っても何も見えず、耳が開いているのに、何も聞こえない(20節)ような状態で生きていた。「彼らは主の道に歩もうとせず、その教えに聞き従おうとしなかった(24節)。その結果、紀元前6世紀に、「捕囚という民族的悲劇を経験する。「この民は略奪され、奪われ、皆、穴の中に捕えられ、牢につながれた(22節)とあるのはそのことである。このような形で、イスラエル民族の罪
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- 神に喜んでいただく
「神に喜んでいただく 先週から『テサロニケの信徒への手紙一』によって説教をしている。今日は2章に入る。先ず、2節に「わたしたちは以前フィリピで苦しめられ、辱められたとあるが、これはどういうことだろうか。 『使徒言行録』16章におおよその事情が書いてある。それによると、パウロはテサロニケに来る直前、フィリピという町に数日間滞在した。この町は、「マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市(11節)であった。有名なアレキサンドロス大王の父フィリッポスが建設したので「フィリピと名づけられた。東西交通の要衝であり、近くに金や銀の鉱山があったために非常に繁栄した都市であり、テサロニケやアテネ、コリントなどと並んで、ギリシャ文化を代表する町の一つであった。 ところで、回心前のパウロは、ファリサイ派に属す
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- 諸国民の時代の預言・夢・幻
「諸国民の時代の預言・夢・幻I先ほどお読みしたヨエル書のテキストは、ペンテコステの出来事を預言したものとして使徒言行録2章で引用されます(使2,17-21)。聖霊に満たされた人々が「他の国々の言葉で福音を語り始めるという出来事が、ヨエル預言の成就とされています。神がすべての人に霊を注ぎ、主イエスの御名を呼ぶ者たちすべてが救われる――これは、新しい時代の幕開けを告げる言葉です。その意味で、このヨエル書のテキストは、原始キリスト教を生きた人々にとって、たいへん重要なものでした。そこで今日は、使徒言行録からヨエル書を読むのではなく、まずはヨエル書そのものにとりくみ、最後に少しだけ使徒言行録に戻ってこようと思います。II預言者ヨエルの活動した年代とその時代背景については、預言書そのものの中に、はっき

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
