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- 『歎異抄』と福音 第十一回 地獄は一定すみかぞかし
大和昌平近代日本の『歎異抄』ブームは、倉田百三の『出家とその弟子』が発端だったが、その背景には暁烏敏(一八七七~一九五四)の『歎異抄講話』という書物があった。暁烏は現在の石川県白山市にある浄土真宗大谷派の明達寺に長男として生まれた。彼は自らの性の悩みをぶつけるように、各地で『歎異抄』講話を行い、それが一冊にまとめられた。広く読まれたこの本を倉田も読んでいたのだった。北陸本線の金沢駅から三つ目の松任駅を下り、明達寺に敏が建てた臘扇堂を訪ねたことがある。そこには敏が深く尊敬した清沢満之(一八六三~一九〇三)の木像と、一段下で師の像を拝む敏自身の木像の二体が収められている。満之は内村鑑三と同時代に、浄土真宗大谷派で「精神主義」を唱えた改革運動の旗手だった。雑誌『精神界』を創刊する際、『聖書之研究』
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- ふり返る祈り 第10回 みこころに添った怒りと悲しみ
神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。コリント人への手紙第二7章10節斉藤 善樹(さいとう・よしき)自分は本物のクリスチャンではないのではないかといつも悩んできた三代目の牧師。最近ようやく祈りの大切さが分かってきた未熟者。なのに東京聖書学院教授、同学院教会、下山口キリスト教会牧師。神様、私たちは怒るべきところで怒らず、怒る必要のないところで怒るのです。また悲しむべきものを悲しまず、悲しまなくてよいものを悲しむのです。私たちの怒りや悲しみの多くは自分の些細なプライドを傷つけられたこと、面目をなくしたことです。そんなときは必要以上に感情的になりますが、正義のための怒りは弱いのです。また自分の犯した罪や過ちは人に知られていなけれ
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- 書評Books 健康に対する見方が変えられる一冊
大和カルバリーチャペル 副牧師 倉知 契『つらいとき不安なとき立ち上がる力―健康より大切なものがある』今中和人 著新書判 1,200 円+税いのちのことば社著書の魅力は著者の魅力。本書を読んで、「この先生に担当医になってほしい!」と思うほど、優しいお人柄が細部にあふれていて、身構えずに心の診察をしていただいた気分です。骨粗しょう症、胃腸障害、糖尿病、降圧薬とSTAP細胞など、ご専門の心臓血管以外にも、だれもが興味のある内容を図入りで解説してくださっていますが、それらの病気を通して、私たちの身体がどれほど精巧に造られているか目が開かれ、思わず病気を神様に感謝してしまうくらい、健康に対する見方が変えられます。医師として明快に進化論の過ちを指摘し、創造論に生きる祝福も語ります。また、医学の進歩を認
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- 特集 聖書を知らせたい!―日本人に届くバイブル・ラーニング 変わらない真理を、新しい工夫で
チャーチ・オブ・ゴッド 川崎キリスト教会 牧師 古波津真琴世界を代表するロックバンド「U2」のボーカリスト・ボノのインタビュー映像をある集会で見たことがある。まず、彼らのライヴ映像が流れた。歌のイントロが始まり、照明が雰囲気を盛り上げる。ボーカルのボノはそこで聖書朗読を始める。次は、みことばから導かれるショートメッセージだ。その間、奏楽や照明は、ボノの声が引き立つように後ろから支えてメッセージを届けようとしている。私はそれを見ながら、ライヴに集まった十万人もの人たちに、みことばのメッセージが確実に届けられている様子に衝撃を受けた。私は、十万人ライヴより、少数でも集まる礼拝の方が尊いと信じている者だが、同時にライヴ会場に集まった十万人にみことばからのメッセージが届けられている様子を見て、教会に
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- 書評 日常の中で見失いがちな 大切なもの
ミュージックミッショナリー(音楽宣教師) 久米小百合 『みつけたよ』泉谷千賀子 著四六判 1,300円+税フォレストブックスなんともかわいらしい表情の羊さんに見つめられ、なんだかこちらまでニンマリしちゃいます。そう、私の手元にある『みつけたよ』の表紙を飾っているカバーガールならぬカバーボーイの羊毛フェルトの羊さんです。フェルトと聞いてイメージするのはあの平たいシート状になった手芸材料ですよね。色合いもどちらかというとハッキリした赤や青、ピンク色のシートを見かけたことがあります。それを切ったり縫い合わせたりしてアップリケなどを作られる方もいらっしゃるでしょうか。ところがこの羊さんの毛並み、あの手芸店で見かけるフェルトとは質感がまったく違います。もっとフワフワで軽そうで柔らかい風合いです。色味も
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- 試聴DVD “時にかなって美しい”―神のみわざの実話
DVD『ALL SAINTS』単品3,800円+税(49088)スペシャルパッククリスチャン4作品~再生編~10,420円+税→特価8,000円+税(49089)販売元 ライフ・クリエイションTEL.03-5341-6927*図書コーナーでの貸し出し、上映会(教会、学校、家庭集会等)にはご利用できません。別途料金が必要です。販売元までお問い合わせください。最初に、パッケージに書かれているあらすじを見て目を疑いました。主人公マイケルが牧師になって最初の職務が「教会の閉館」だと書いてあったからです。マイケルはその職務を受け入れ「オール・セインツ教会」に赴任します。しかし、閉館の準備をする中で、「オール・セインツ教会」を愛する人々、頼りにする人々の存在を知って葛藤します。教団の指示に従うか、目
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- ブック・レビュー 自分の死生観と向き合う
鈴木敦子保守バプテスト同盟 仙台聖書バプテスト教会 教会員本書は、二〇一二年十一月に淀川キリスト教病院内に開設された、日本で初めてとなるこどもホスピス病院を紹介しながら、その関係者らの手記を通して、子どもの死、ひいては自分の死生観と向き合うことを考えさせる内容になっています。第一章「子どものいのち」では、十分な言葉で心を表現できない子どもの死への不安や悲しみ、また親の苦しみをスピリチュアルなテーマとして取り上げています。第二章「子どもとホスピスケア」では、モデルとなったイギリスの子どもホスピス「ヘレンハウス」の紹介と創設者の講演記録、また日本のこどもホスピスの施設の紹介と、開設から二年半にわたる診療とケアの報告が記されています。第三章「天国へ旅立った子どもたち」では、大学病院やこどもホスピス
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- リレー連載 ことばのちから 第3回 人と人の間にあるもの
株式会社こぐま社相談役 佐藤英和今日、「ことば」そのものがもつ意味が薄くなってきているのではないでしょうか。そんななか、「いのちのことば」という名を冠する雑誌としても、その「ちから」について改めてご一緒に考えていきたいと思います。第3回目は、株式会社こぐま社相談役の佐藤英和さんです。ある朝、我が家の食卓に金柑が並びました。妻が口に入れながらうれしそうに言いました。「きんかんもろたら実ぃやろか。みかんもろたら皮やろか」。関西で育った妻が子どもの頃に覚えたことば遊びだそうです。表現だけみるとちょっと意地悪に感じるのですが、そこにはユーモアと遊び心が感じられ、家族や友だちと過ごす楽しそうな日常が目に浮かぶようです。子どもはことば遊びが大好きです。身近にある出来事をおもしろおかしく、リズミカルに表現
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- ブック・レビュー 聖書信仰、その豊かな歴史的遺産を現代に活かすために
山﨑ランサム和彦リバイバル聖書神学校 校長本書は二〇一四年十一月に行われた日本福音主義神学会全国研究会議における、著者・藤本満先生の発表を元にしています。私もその場にいて先生の発表を拝聴し、深い感銘を受けた者の一人でしたので、本書の出版を心待ちにしていました。出版後早速入手して、研究会議の感動を新たにしつつ読了しましたが、期待に違わぬ好著と言えます。本書の主題は、タイトルにもあるように「聖書信仰」です。今日の福音主義では、この言葉は「逐語霊感」、「十全霊感」、そして「無誤性」といった諸概念と関連づけて語られることが多いですが、著者はそのような福音主義の聖書観が形成されてきた歴史的過程を宗教改革にまで遡って丁寧に跡づけ、さらにポストモダニズムなどの現代的課題にも触れながら、将来の可能性を探って
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- 恵み・支えの双方向性 第18回 迷惑な受け身
柏木哲夫淀川キリスト教病院理事長言葉にこだわっていると、それが方向性につながることがあります。日本語には自動詞と他動詞があります。“主語「が」~する”ときは自動詞、“目的語「を」~する”ときは他動詞となります。自分が動くので自動詞、他人を動かすので他動詞という覚え方もできます。「走る」は自動詞、「ほめる」は他動詞です。言い方を変えると、「先生にほめられた」というように、受け身の形があるのが他動詞で、形がないのが自動詞とも言えます。「走る」には受け身の形がなく、自動詞です。ホスピスで仕事をしていますと、「看取り」とか「看取る」とかという言葉によく遭遇します。「看取る」は他動詞です。誰々を看取るとか、誰々に看取られるとかの表現があります。このことに関して、私にとってとても印象的だったことを書いて
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- CD Review ◆ CD評 音新しい讃美歌集でクリスマスを!
山本陽一郎日本同盟基督教団 多治見中央キリスト教会牧師発売されたばかりの教会福音讃美歌CD第三弾を、さっそく聴いてみました。クリスマスに関連した素晴らしい讃美歌が十七曲も収められています。評者がこのCD「降誕」を聴いたのは、キャンドルの火が灯る中、ストーブにあたりながら……ではなく、九月のまだ強い日差しが照りつける部屋の中でした。けれども、聴き進めるうち、季節を越え、日常のさまざまな事柄からもひととき離され、主イエス・キリストの降誕の出来事に心がまっすぐに引き寄せられていきました。今作は立教学院諸聖徒礼拝堂聖歌隊による「降誕のキャロル(八十二番)」から始まります。解説が付されているように、クリスマスの喜びの中にも不思議とキリストの受難が垣間見えるような、陰影に富んだ響きです。個人的には、四曲
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- 特集 真のリーダーシップとは 教えるだけでなく、仕えるリーダーシップ
聖書キリスト教会 中野ジョイフル教会 牧師 李 英 淑四十六歳の若いジン牧師が、元老牧師がいる当時出席者数二万五千人の大型教会に赴任することは、さぞかし負担に感じることもあったと思います。ジン牧師は赴任して間もなく元老牧師に主日説教を任せて、何か月もかけてすべての幼稚部、小中高生の礼拝で説教をされました。また、信徒との交わりのため、個別の家庭訪問も始められたそうです。さらに電話番号とメールを公開して、フルタイムの教職百二十名と、パートタイムの教職四十人、合わせて百六十人全員にメールを送られたこともありました。しかしながら側近の数人からしか返事がなく、嫌われているのかと思われたとか。ですが、今では事務職員にいたるまで、全員とメールでやり取りができる関係になったそうです。元老牧師を愛し、敬いつつ
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- 時代を見る眼269 [2]天を見上げて地上を旅する 閉塞感を突き破る神の言葉
日本同盟基督教団 杉戸キリスト教会 牧師 野町真理『さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。……あなたの子孫はこのようになる。』(創世記15・5)* * *上記のみことばから3つのことを記します。第一に、このみことばは北極星のように不動です。ですからこのみことばを指針とし、天を見上げて地上を旅するなら、確かな方向性をもって旅ができます。目先のことに囚われて見るべきものを見失ってしまう。そのような私たちには、北極星のように変わらない確かなみことばが必要です。* * *第二に、天を見上げて生きていくように人間はデザインされています。ギリシア語で人間を意味する「アンスローポス」には「上を見上げる」という意味があります。自分の内側
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- 書評Books 祈りの中で神への信頼へと導いてくれる
清瀬福音自由教会 牧師 岩井基雄『朝夕に祈る 主の祈り―30日間のリトリート』大嶋重徳 著B6変判 1,000円+税いのちのことば社主イエスが教えてくださった「主の祈り」に関しては、すでに多くの著書がありますが、本書は、祈りの言葉のひとつひとつが、平易でありながらも深みのある言葉によって記され、私たちを静まらせ、祈りの中で神への信頼へと導いてくれます。これはきっと学生伝道に携わる著者自身が、実際の生活の中で三位一体なる神との交わりに導かれ、また多くの人々とともに祈りを深めてきた経験によることが大きいのでしょう。本書によって「主の祈り」のひとつひとつの祈りの言葉が、さまざまな角度や視座から深められ、ハッとするような気づきが与えられ、「祈り」の再発見を通して自分自身の信仰や心が問われることでしょ
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- ふり返る祈り 第9回 神様、祈れません!
斉藤 善樹(さいとう・よしき)自分は本物のクリスチャンではないのではないかといつも悩んできた三代目の牧師。最近ようやく祈りの大切さが分かってきた未熟者。なのに東京聖書学院教授、同学院教会、下山口キリスト教会牧師。 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。ローマ人への手紙8章26節 イエス様、私たちは十分に祈ることができません。どう祈ったらよいか分からないときがありますし、祈りに力がなく、祈っても平安がないときもあります。けれども主よ、あなたはいつも祈っていなさいとおっしゃいました。 父なる神はわが子の祈りをないがしろにされないとおっしゃいま
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- 特集『聖書 新改訳2017』ついに発売! 『聖書 新改訳2017』への期待
日本福音キリスト教会連合 弘前福音キリスト教会 牧師新日本聖書刊行会 教会代表委員 岩松康宣聖書を誤りなき神のことばと告白する、聖書信仰の立場に立って翻訳された『聖書 新改訳2017』がいよいよ出版されます。今回の出版に際しては、「新改訳聖書第三版発行からそれほど時間が経っていないにもかかわらず、なぜ新しい聖書翻訳が必要なのか、せっかく慣れ親しんだのに」という声も少なくはありませんでした。しかし、宗教改革から五百年という節目に出版される『新改訳2017』は、そのように考えていた人々をも納得させ、さらに用いられる聖書となることを私は期待しています。*これまで「新改訳」は、原典に忠実で「原文が透けて見える」翻訳であるとの評価と同時に、「冗長である」、「表現が丁寧すぎる」、「句読点が多すぎる」とい
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- 恵み・支えの双方向性 第22回 泣くから悲しい
柏木哲夫淀川キリスト教病院理事長以前、俳優養成所で演技の指導場面を見学したことがあります。数人の俳優の卵に向かって演技の指導者が「泣きなさい!」と命令すると、卵たちは悲しそうな声を上げて泣くという動作をします。これを繰り返していると、泣く動作をするだけで涙が出てきて、その後に悲しいという情動が出てくるというのです。後で聞いたことですが、泣き崩れるという動作をしただけで涙が出る人は演技がかなり上達した証拠だということです。未熟なままで映画などに出るときは目薬を使うとも聞きました。 *演技の練習を見て、私は「ジェームズ・ランゲ説」を思い出しました。これはアメリカの心理学者ジェームズ(W. James)とデンマークの心理学者ランゲ(C. Lange)とによって、一八八四―一八八五年の同じこ
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- 時代を見る目 257 豊かな信仰を目ざして [2] 裁判官か父か?
河村従彦インマヌエル聖宣神学院院長「カミサマ」は「裁判官」か「父」か。そんなこと考えたこともないとおっしゃるかもしれません。そもそも、裁判官だの父だの、神さまをそんな人間くさいものに重ね合わせること自体、失礼ではないのか。自分にとって神さまはどこまでも栄光と尊厳に満ちあふれた「カミサマ」であり、それで全部だ、とおっしゃる方もあるかもしれません。このようなことを書いている自分も、あるときまで「カミサマ」の中身など考えもしませんでした。ところが、牧師・人間として行き詰まってしまったとき、ちょっと待てよ、と思いました。なぜ自分は、律法主義や完璧主義にはまり込んでいたのだろう。背景をたどっていくと、自分にとっての神さまイメージが裁判官だということが少なからず影響しているように思えました。*
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- 自然エネルギーが地球を救う 第20回 水の利用|これからの可能性〈その1〉
足利工業大学 理事長牛山 泉二〇一一年三月十一日の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、再生可能エネルギーに注目と期待が集まり、特に、水力や地熱のようなベースロードとして利用できる安定したエネルギー源に期待がかかっている。二〇一一年四月に環境省から公表された、日本における再生可能エネルギーのポテンシャル調査の結果によれば、中小水力発電の開発可能箇所は二万か所以上あり、合計一四GW(ギガワット)となっている。さらに二〇一五年に経済産業省から発表された長期エネルギー需給見通しでは、二〇三〇年における再生可能エネルギーの比率を二二~二四%とし、中小水力を含む水力は全体で約九%(四七GW相当)としている。近代以降、昭和の高度成長期にかけて、産業の発展と都市の繁栄のため、山村地域の
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- 羊毛に関わる小さなお話 第12回 ほんものの光
羊毛フェルト作家 泉谷千賀子冬の夜空に、星が瞬く頃になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。街の光が賑やかすぎて、星に気づかないこの頃です。人々は闇を消そうと電気をつけますが、電気を消したときにほんものの光が見えるように思います。* * *地図も電気もない大昔、旅人は心細かったことでしょう。星の光、神様の愛だけを目印に歩み続けたのでしょうか。私も偽りの光を消して、心を整えてキリストの降誕を待ち望みたく思います。今月は小さなスズメさんも一緒に、心から感謝してお祝いしましょう。「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」 (マタイ1・23)この1年、未熟な作品と拙い文章をご覧いただき、ありがとうございました。愛のレンズを通して写してくだ

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
