-
- 聖餐式はどのように有益ですか。
聖餐式はどのように有益ですか。 フィンランド語原版執筆者: ヤリ・ランキネン(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)聖餐式で私たちはイエス様と出会います。聖餐式の場で、イエス様は多くのやりかたで私たちの世話をしてくださいます。救い主イエス様には特別な一つの職務があります。それは、「罪を赦す」という職務です。まさにこの職務をイエス様は聖餐式で実行されます。十字架の死によって成就された救いを、イエス様は聖餐式を通じて人々に分けてくださいます。イエス様の死によってすべての人のすべての罪は帳消しにされ、
-
- 神様は存在するのでしょうか。
神様は存在するのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: リーサ・ロシ(神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)大部分の人間は、なんらかの神的な存在、人間の力を遥かに超えた高度な力をもつ存在が実在することを信じています。「この世界が生まれる起源となった何者かがいる」、と。「善悪に関する普遍的な感覚を人間存在に付与した何者かがいる」、と。「大いなる力によって歴史の成り行きを左右してきた何者かがいる」、と。無神論者でさえも、彼らなりに世界の成り立ちや人間が存在する理由を説明する基本原理をもっています。彼らはこの原理を至高の権威と見
-
- どうしてこの世には苦しみが存在するのでしょうか。
どうしてこの世には苦しみが存在するのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: マヌ・ルオソ(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)これは、人間がいつの時代にも頭を悩ませてきた問題です。もしも全能で善い神様が存在するのなら、なぜ神様は、戦争や飢饉や殺人やその他生命を破壊する出来事が起こるのを許されているのでしょうか。神様にはこれらすべてのことを妨げる権能がないのでしょうか。聖書はこの問題に対してはっきりとは答えていません。その一方では、聖書を通して答えの与えられている事柄もあります。とはいえ、多く
-
- イエス様とは誰ですか。
イエス様とは誰ですか。 フィンランド語原版執筆者: シルッカリーサ・フフティネン(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)「イエス様は救い主です」、という短い言葉で初期のキリスト教徒たちは自分の信仰を告白しました。イエス様は人としてお生まれになった神様の御子である、と彼らは信じました。「イエス様は主です」、という短い言葉の中に彼らの信仰が端的に表現されています。新約聖書に含まれている四つの福音書は、イエス様についての「よき知らせ」(福音)を私たちに伝えてくれます。どのようにしてイエス様が、聖霊様の
-
- 神様は私の祈りを聴いてくださっているのでしょうか。
神様は私の祈りを聴いてくださっているのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: ヴィッレ・アウヴィネン(フィンランド神学協会、神学博士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)神様は、イエス様の御名によってなされるすべての祈りを聴くことを約束してくださいました。イエス様の御名によって祈るのは、私たちがイエス様を信じており、イエス様を通して神様とつながっているからです。私たちは、自分自身の行いに頼るのではなく、イエス様の救いの御業に信頼して、神様の御許に近づくのです。神様は祈りを聴いておられます。しかし、それは、「神様はいつも私たちの期待
-
- 聖霊とは何ですか。
聖霊とは何ですか。 フィンランド語原版執筆者: ヴィッレ・アウヴィネン(フィンランド神学協会、神学博士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)キリスト教の奥義のうちの一つは、神様についての概念です。それは、「父、子、聖霊という三つのペルソナ(位格)をもつ唯一の神様が存在する」、という考え方です。これらのペルソナはそれぞれ独自の職務を受け持っています。「父」は、この世界を創造なさり、今も維持しておられます。「子」は、人としてこの世にお生まれになり、世を罪から救われます。「聖霊」は、人のうちに信仰を生み、成長させてくださいます。ですから、
-
- 私は死が怖いです。 どうすれば死の恐怖から解放されますか。
私は死が怖いです。 どうすれば死の恐怖から解放されますか。 フィンランド語原版執筆者: パシ・パルム(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)イエス様はあなたを死の恐怖から解放してくださいます。私たち人間が死をこわがるのは当然ともいえます。死とそれに付随するもの、たとえば、病気、不幸、事故などは、人間的に見れば、悪い出来事にほかならず、善なる神様の創造の御業であるとも言えないからです。死は自然なことではなく、人は軽々しく死と馴れ合うべきではありません。「死は人間の最後の敵である」、とパウロは言って
-
- どうすれば罪を赦していただけるのでしょうか。
どうすれば罪を赦していただけるのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: マヌ・ルオソ(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)今から約二千年前、神様はその御子をこの世に遣わしました。そして、御子が私たちの罪を身代わりに引き受けて十字架で死ぬようになさいました。十字架にかかったイエス・キリストは、あなたの自己中心的な心、不信仰、貪欲、不正直、その他すべてのあなたの罪を肩代わりしてくださったのです。また、神様は死者の中から御子を復活させることによって、この罪の赦しを確実なものとしてくださいました。イ
-
- イエス様について知るためにはどうすればよいですか。
イエス様について知るためにはどうすればよいですか。 フィンランド語原版執筆者: シルッカリーサ・フフティネン(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)聖書は、世界中で今まで最も多く印刷され配布されてきた書物です。この聖書の後半部をなす新約聖書は、イエス様の教えや譬えを記述しています。新約聖書を通してイエス様がどのような方かを知るのが、最善のやりかたです。新約聖書を読むことで、イエス様を個人的に知っていた人やイエス様と共に歩んだ人に起きた出来事について知ることができます。また、イエス様のこの世での生
-
- 今でもまだ私は罪の赦しを神様からいただけるのでしょうか。
今でもまだ私は罪の赦しを神様からいただけるのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: マヌ・ルオソ(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)「私は今でも罪の赦しを神様からいただけるのだろうか」、と自分に問いかける姿勢が失われないかぎり、その人に対して神様の恵みのドアはまだ開かれています。罪を平気で行ったり楽しんだりせず、罪を罪として悲しむ心を失わないかぎり、私はイエス様からいただく罪の赦しという確実な守りの中にいるのです。「私の場合は例外で、神様からいただく罪の赦しの恵みでも足りないだろう」、など
-
- 聖書に書いてあることは本当ですか。
聖書に書いてあることは本当ですか。 フィンランド語原版執筆者: エルッキ・コスケンニエミ(フィンランドルーテル福音協会、神学博士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)本当です。しかし、その内容を人間の考える基準で計ろうとするのは大きな誤りです。何百年もの間、互いに違う考え方をするキリスト教徒たちがいましたが、「聖書に書かれていることは本当であり、聖書は神様の御言葉である」、という点においては意見が一致していました。意見の相違は聖書の解釈に関するものにすぎませんでした。ところが、約150年ほど前に、歴史や自然科学に関する研究が、聖書の
-
- 人間は聖霊様をいただくことができるのでしょうか。
人間は聖霊様をいただくことができるのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: ヴィッレ・アウヴィネン(フィンランド神学協会、神学博士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)聖霊様は人間のうちにお住みになることができます。実のところ、イエス様を信じる人はすでに聖霊様をいただいているのです。聖霊様なしでは、人は信仰を保つことができません。全能なる神様(聖霊様)は、罪深く小さな人間の心の中に住むことを望んでおられます。これは人間の理解をはるかに超えたキリスト教の奥義のひとつです。聖霊様は、神様の御言葉と、洗礼および聖餐という聖礼典(サクラメ
-
- 命は偶然の産物なのでしょうか。
命は偶然の産物なのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: リーサ・ロシ(神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)あなたが今この文章を読むのに使っているコンピューターやスマートフォンなどのことをしばらく考えてみてください。そしてここに、「この機械は偶然の産物だ。しかるべき部品の集合がたまたま互いに正しく組み合わされてできたものにすぎない」、と言い張る人がいたとしましょう。あなたはその人の言うことを信用しますか。むしろ、誰かがこの機械をある特定の目的のために緻密に設計して製作したことにすぐに気づくのではありませんか。今度は、私た
-
- もしも「万事においてその罪が赦される」というなら、どうして罪を行うことがいけないのでしょうか。
もしも「万事においてその罪が赦される」というなら、どうして罪を行うことがいけないのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: マヌ・ルオソ(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)罪がどれほど危険な力であるか、きちんと理解するのは人間には困難です。罪の破壊力がいかに凄まじいものか、本当に理解しているのなら、上記のような質問が出てくるはずがありません。罪の本質は 、人に命を与え救ってくださる神様から私たちを引き離す点にあります。無条件に私たちを愛し私たちのために犠牲となられた唯一の真の神様に対して、ど
-
- 人生の意味は何でしょうか。
人生の意味は何でしょうか。 フィンランド語原版執筆者: リーサ・ロシ(神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)生きる意味を見いだす。これは、人間なら誰しも必要だと感じていることでしょう。たとえば、何かよいことをしたり、自分にとって大切な人がいたり、仕事をしたり、人生を愉しんだり、知恵を探求したりすることのなかに、生き甲斐を見つけようとする人は多いのではないでしょうか。実は、「本来人間は神様と一緒に生活するために造られた存在である」、という視点から人生を考察する時にはじめて、真の生きる意味が見出されるのです。天地の造り主なる神様
-
- どのようにして聖書を読み始めればよいのでしょうか。
どのようにして聖書を読み始めればよいのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: エルッキ・コスケンニエミ(フィンランドルーテル福音協会、神学博士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)聖書を読み始める際に一番良い方法は、福音書をひとつ選んで、それを初めから終わりまで読むことです。どの福音書から読み始めるかを決めるのは簡単ではないかもしれません。どの福音書にもそれぞれ独自の魅力的な特徴があるからです。「マルコによる福音書」は素朴な美しさを湛えています。荒削りの魅力がそこにはあります。「ヨハネによる福音書」を繙くと、暖かく美しく彩られた世
-
- イエス様は実在していましたか。
イエス様は実在していましたか。 フィンランド語原版執筆者: シルッカリーサ・フフティネン(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)イエス様が歴史上実在したことは、当時の資料によっても理性的な説明によってもまったく疑う余地がありません。イエス様は少年時代と青年時代を僻地であるガリラヤ地方のナザレの町で過ごしました。そのために、イエス様は「ナザレ人」とも呼ばれました。町々を巡って教えたイエス様の周りには弟子たちが集まるようになりました。彼らは師の教えを書き留めては、他の人々へと語り継いで行きました。西
-
- どこから神様を見つけることができますか。
どこから神様を見つけることができますか。 フィンランド語原版執筆者: ヴィッレ・アウヴィネン(フィンランド神学協会、神学博士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)正しく言えば、人間は神様を見つけることができません。神様のほうで人間を探して見つけてくださるのです。神様は、人間には近づくことが許されない「いと高き場所」に住んでおられます。わざわざ神様ご自身が、そこから私たちを探すために私たちの近くに来られるのです。神様は、「恵みの手段」を通じて私たちのところに来てくださいます。恵みの手段とは、神様の御言葉、洗礼、聖餐、懺悔(ざんげ)のこ
-
- どうして聖書を読んだほうがよいのでしょうか。
どうして聖書を読んだほうがよいのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: エルッキ・コスケンニエミ(フィンランドルーテル福音協会、神学博士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)聖書の「ヨハネによる福音書」の素晴らしい最初の言葉の中に、聖書の核心となるメッセージが書かれています。それは、神様はこの世界をキリストを通して創造された、ということです。しかし、最初の人間たちの罪の堕落の不幸な結果として、この世は暗闇に支配されるようになってしまいました。この暗闇の中では、人間は誰ひとり自分の力によって神様を見い出すことができません。神様を描く
-
- 神様は私を愛しているのでしょうか。
神様は私を愛しているのでしょうか。 フィンランド語原版執筆者: リーサ・ロシ(神学修士)日本語版翻訳および編集責任者: 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)神様はあなたのことを愛しておられます。「どうしてそれがわかるのか」、とあなたは尋ねるかもしれません。その答えは単純です。神様ご自身が聖書を通して私たちにそう語っておられるからです。神様は、「私は善い人や感じのよい人のことだけを愛している」、とは言われません。「私は皆一人一人を愛しているし、あなたのことも愛している」、と言っておられます。それでは、いったいどこに神様の愛は見えるのでしょうか。神様はその愛を、言葉だ

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
