皆さんの中に、「千年王国説、あるいは「至福千年説について聞いたことのある方はおられるだろうか?
それは、このヨハネ黙示録20章から来ている。天使が降って来て、本当の終末に先立つ千年間、悪魔の活動を抑え込むというのだ。「悪魔でもサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、底なしの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそれ以上、諸国の民を惑わさないようにした(2-3節)とあるのがそれだ。
そして4節以下には、「イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たち、つまり、信仰の純潔を守って殉教の死を遂げた義人たちは「生き返って、キリストと共に千年の間統治するという。それで「千年王国というのである。
この「千年王国説は、迫害下にあった初代のキリスト教会の一部に、熱狂的に受け入れられた。エイレナイオス、テルトウーリアヌスといった教父たちの影響もあったらしい。中世以降になってからも、ペストや大飢饉、農民一揆、革命といった社会的な危機が起こると、あるいは産業革命のような変動期には、この教説はくり返し息を吹き返した。不安に苛まれていた人々に訴えるものがあったからであろう。現代でも、主流派の教会というよりは「モルモン教や「エホバの証者など、どちらかと言えばカルト的な集団に支持されている。それは、彼らが「異端として迫害された経験を持つからではないか。
このように「千年王国説は、社会的不安の中で、現状の根本的な変革と社会全体の救済を望む一種のユートピア待望なのだ。ややもすれば熱狂主義的になる傾向があるから、公式の教理としてすべての教会に受け入れられているわけではない。だが、ヨハネがここで言っていることには大きな意味があった。彼は、迫害の下で苦しみ・動揺している信徒たちを慰め、励ますためにこれらの幻を語ったのである。私は今日、その点に注目したい。
先ず、「千年という時間の長さには何か特別な意味があるのだろうか?
この数は、詩編90,4の、「千年といえども御目には昨日が今日へと移る夜の一時にすぎませんという言葉から導かれたと言われている。「千年は、人間にとって長く感じられる時間である。だが、それも神にとってはほんの一瞬に過ぎず、神の目には「千年も一時と同じだ。預言者イザヤが、「天が地を高く超えているように、わたしの道はあなたたちの道を、わたしの思いはあなたたちの思いを、高く超えている(55,9)と言ったように、神の尺度と人間のそれとは全く違う。
ある男が、天国で神と会話をしている夢を見た。「神様、あなたにとって百万年とはどれほどの長さですかと尋ねると、「僅か一分間だと神は答えた。「では、あなたにとって百万ターレル(百億円?)とは、どれほどですか。「ああ、ただの1グロッシェン(百円?)ほどだ。「ああ、愛する神様、それならどうか私に1グロッシェン下さい。すると、神は答えた。「ほんの一分間、待っていなさい!
これはカンペンハウゼンというドイツの教会史家が紹介している笑い話だが、単なる「与太話ではない。我々は笑いながらも、「神の尺度と我々人間の尺度とは全く違うということを真剣に考えさせられる。詩編の言葉も重点はそこにあるのだが、黙示録はそのことも含めて、「千年という長さを取り入れたのであろう。
ところで、「千年王国説のルーツは後期ユダヤ教の時代にあったということは重要である。祖国を失い、エルサレム神殿も失って離散したユダヤ人は、安息日に会堂に集まって律法を学ぶという形で信仰を守り続けたが、「このような苦しみはやがて必ず終わると信じていた。ヨハネ黙示録はこの信仰を受け継いだのだ。
初代のキリスト教徒たちは、ローマ帝国による迫害に苦しみながら、「このような不義の世界はやがて終わると信じた。その後で、世界は再び新しく創造され、正しく生きた人々は救われるだろう。正しい者たちは復活を許され、キリストと共に統治する時を与えられる。「至福の千年が到来する。それはまだ本当の終末ではない。歴史の結論はまだ出ていない。それに先立つ千年間だ。しかし、その間はサタンも自由に動きまわることができないように閉じ込められる。彼らは、この信仰・希望によって耐え難い苦難を生き抜いたのである。これは、混迷の中にある現代の我々にとっても意味のあることではないか。
「私たちはどこへ行くのか。これは9月の「教会カンファレンスの主題である。我々の世界はどこへ行くのか? それを思うと、我々は不安に閉ざされる。
10年前に冷戦が終わったにもかかわらず、このチャンスを生かしきれずにいる我々の世界。米国というスーパーパワーの一極支配が新たな問題を生み続けている世界。北朝鮮の脅威を口実に、事実上「軍国主義への道を突き進んでいる日本。その中で、悪化するばかりの地球環境。子供の世界まで蝕むようになった暴力。
いったい、我々はどこへ行こうとしているのだろうか?
ヨハネ黙示録はその問いに答える。悪しき支配は必ず終わる。そして神は、正しく生きようと真剣に祈り・努力している者たちを決して無視されない。「キリストと共に統治するのは彼らなのだ。ここに、我々の希望がある。
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
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