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果たすべき責任

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を
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 果たすべき責任

 ローマ人への手紙1章14節は私に与えられた新年の聖句です。これまでにも何度か新年の聖句としてこの御言葉が与えられたことがありますが、今年もこの聖句が与えられ、この御言葉を前に掲げて召された時の思いを心に留めながら召しにふさわしく歩んで行きたいと願っています。

 ここでパウロは、「私は、ギリシャ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っている」と言っています。「返さなければならない負債を負っている」、この部分を口語訳聖書では、「果たすべき責任がある」と訳しています。

 返すべき負債。果たすべき責任。一体なぜパウロは福音宣教の使命を『返すべき負債』『果たすべき責任』と言ったのでしょうか。その事を考えるときに必ずと言ってよいほど思い出す話があります。

 インドにおいてハンセン病の研究をしたポール・ブランドという医者がいますが、彼はインドで子供時代を送った人です。彼の両親はインドへの宣教師でした。彼はまた作家としても活躍している人ですが、彼の本の中でお母さんのことを書いています。

 宣教師である彼のお母さんが75歳の頃のことですが、彼女はその年齢にもかかわらず、毎日、何マイルも歩いて、インド南部の村々を訪ねて回り、イエス・キリストのことを人々に宣べ伝えていました。

 ある日のこと、彼女は一人でデコボコ道を歩きながら伝道の旅を続けていた時に転んでお尻の骨を骨折してしまいます。彼女は痛みのためにそこから動くことも出来ず、二日間、誰も通らない道ばたに横たわっていました。

 二日後、そこを通った労働者たちが彼女を見つけ、ジープに乗せて、穴だらけのデコボコ道を150マイル離れた町に連れて行きました。ところが、デコボコ道の運転が彼女の骨折した骨にひどいダメージを与え、その骨が元通りには直らなくなり、もはや二本の足で立てなくなってしまいました。

 ポール・ブランドは、それから数週間後、お見舞いのためにお母さんを訪ねてみると、お母さんは自分で作った二本の松葉杖を使って、足を引きずりながら歩いていました。彼は医者として、また息子として、お尻の骨を骨折し、二本の足で立つことも出来なくなった75歳の母親に、「もうこの辺で引退をしたほうがいいね」と勧めました。

 すると、お母さんは彼の方を振り向いて、「私が隠退をする事に一体どんな価値があるの」と言いました。「私がこの体を何年間か大事にしても、もし神様のために使わないなら、その事にどんな価値があるの」と言いました。ポール・ブランドはお母さんの献身者としての態度に圧倒され、何も返す言葉がありませんでした。

 それからも彼女は毎日、毎日、イエス様を伝え続け、93歳になるまで、歩く代わりにロバに乗って村々を巡り歩き、その働きを続けたそうです。93歳になった時、彼女はいよいよロバに乗ることも出来なくなりました。しかし彼女はそれでも福音を語ることを止めませんでした。彼女は今度はインド人の若者たちにハンモックに乗せてもらって村から村へと移動し、95歳でこの世を去るまで、イエス・キリストを語り続けたそうです。

 なぜ彼女はそこまでしてイエス様を伝え続けたのでしょうか。それは彼女が、福音宣教の使命を『果たすべき責任』として自覚していたからだと思います。まさにそれが、ここで言われているパウロの精神に共通するものだと思います。

 この素晴らしいキリストの福音を自分のものに出来たパウロは、この永遠に生きるための唯一の道を一人でも多くの人に伝えようと自らの生涯を捧げたのです。そして彼は、その働きを世界中の人々に対して『果たすべき責任がある』という自覚をもって進めていきました。

 やがてパウロはさまざまな迫害に遭います。何度も投獄されたり、何度も死ぬ寸前までムチでたたかれたり、何度も死に直面し、これ以上の迫害がないほどに迫害を受けていきます。福音の反対勢力は何としてでもパウロの伝道活動を止めさせようとしました。ところが何をしてもパウロは怖じけることなく勇敢に戦い続けました。

 ある時、パウロがルステラという所で伝道をしていたとき、ユダヤ人たちが彼を石で打ち殺そうとしました。あちこちから飛んでくる石がパウロの頭に当たり、彼は地面に倒れてしまいます。人々はパウロが死んだと思い、彼の体を町の外の道ばたに捨てました。

 そこにパウロの弟子たちがやって来てパウロのために祈ると、彼は意識を取り戻すことができました。そこで普通ならば、こんな危険な所にはこれ以上いられないということになる筈のところを、パウロはまた再びその町に入って行って福音を宣べ伝えたと聖書は記しています。

もちろん、この目を見張るような彼の伝道生涯は、聖霊の働きを抜きには説明できない事ですが、敢えてもう一つの理由を挙げるとしたら、それは福音宣教の働きを『果たすべき責任』と受け止めるほどの重荷がパウロにあったからだと思います。そして、この私も「かくありたい」と思います。

今日の一言:私には果たすべき責任がある

鶴田健次

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