ブック・レビュー 『わが魂よ、水源へ帰れ』――何者として、どこへ

聖書に出てくる用語、クリスチャンが使う用語を説明しています。 ヘブル的視点で解説されていますので、すでにクリスチャン歴が長い方にも新しい発見があるかもしれません。


堀 肇
日本伝道福音教団 鶴瀬恵みキリスト教会 牧師

魂の危機を乗り越えるために

 本書はキリスト者の在り方を根源から問うものである。第一章でこの「根源としての問い」が取り上げられているが、これは現代教会に対する貴重なメッセージであると思う。

 繰り返し語られる「自分は何者で、どこへ行こうとしているのか」との問いかけに対して読者はどの程度の危機感を抱くのだろうか。これは単に青年期に見られるような哲学的、心理学的な課題ではなく、生きることそれ自体が持っている問いなのである。著者は「この問いかけが根源的なものであれば、どうして危機的な状況のみならず、日常的な問いとして自覚されることが少ないのでしょうか。ここに私たちの覆われた危機がある」(19頁)と語る。これは魂の危機とでもいうべきものではないだろうか。

 著者はこの危機を乗り越えるには、どう暮らすか、何をするかに重点が置かれたいわゆる「ライフサイクル」中心の世界から、どう生きるかを問う「ソウルサイクル」の世界に目を転じなくてはならないと語る。つまり、「する人生」に終始せず「ある人生」を求めなくてはならないということなのだ。

 人生に対するこの態度は礼拝の在り方をも問うことになる。第二章の「礼拝から礼拝へ向かう」においても、この主題は一貫しており、「礼拝とは何か、……ここでも、何者として、どこへいくのかがベース」となると言う。

 この根源を見つめる視点は「黙想の祈り」について言及されている第三章の「御言葉から御言葉へ」においても同じだ。著者はある時、何を祈るかでなく「何者として祈っているか」にハッと気づかされたと告白する。

 このように、本書は自己の存在の根源を問うことから始まり、礼拝や祈りの世界に至るまで、まさに私たちの魂を「水源」に帰そうと、この時代にチャレンジする。読者は本書を通してキリスト教信仰の本来的な在り方に目が開かれるに違いない。爽やかでスピリチュアルな余韻の残る本である。

The Cross Pendant

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He will be sent to your Side.
Emmanuel

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