-
- 死をおそれないで生きる インタビュー 細井 順 さん(ヴォーリズ記念病院ホスピス長)
三つのキーワード 細井さんは岩手県盛岡市の生まれ。小学二年生のとき、医師だった父の異動で京都に引っ越し、以来、大学卒業まで京都で育つ。クリスチャンホームで、物心つく前から教会に通い、中学一年生で受洗した。 「私のキーワードは、医者の息子、クリスチャンホーム、ひとりっ子。この三つがそろっていたら、どんな育てられ方をしたか、だいたい想像できるでしょう」と細井さんは笑い、こうつけ加えた。「人から裏切られることもなく、自分の思いをそのまま受け止めてもらえたから、今、人の思いをそのまま受け止められるのかもしれません」キリストとの出会い 父親だけでなく、四人の叔父が外科医。細井さんも「父親と違うところで身を立てようというガッツもなかったので、何となく」医者を目指し、医学部を受験するが、最初の年は不合格だ
-
- 私の子育てこれでいいの!? 第11回 君は愛されるために生まれた
グレイ岸ひとみ 聖書の神さまへの信仰を持つ親として、子どもの信仰について考え、迷います。自分の信仰を子どもたちにも持ってほしいと思う反面、押し付けではなく、自分で選んで信仰を持つために、どのように子育てをしたらよいのか。いろいろ思い悩む中で、両親と自分の信仰、そして受けてきた子育てについて思い巡らせている自分に気が付きました。 私の両親も聖書の神さまを知っています。父がキリスト教会の牧師でしたので、私は生まれたときから賛美歌を聴きながら育ちました。聖書の物語を繰り返し聞き、聖句を暗記したり、教会の結婚式では「専属フラワーガール」としての出番もありました。父と母が「目に見えない」聖書の神さまにお祈りする姿をいつも見ながら、いつの間にか子どもながらに祈るようになっていました。生活の中に神さまが自
-
- ブック・レビュー 『青春の傷痕』
長谷川 与志充三浦綾子読書会代表幼き日の悲しい経験も、神の恵みによって照り輝く。 人にはだれでも、他人には知り得ない深い心の傷があるのだと思います。しかし『氷点』などで知られるあの作家、三浦綾子氏を実にすばらしい信仰・希望・愛で支え続けた三浦光世氏が、若き日にこれほどまでに大きな深い心の傷を負っていようとは。『青春の傷痕』を読むまで人々は決して知り得ないことでょう。この書はまさに三浦光世氏の「道ありき」ともいえる感動の自伝です。 父親の死と母親との別離。幼くしてこんなにも悲しい体験をした人はこの世にどれほどいることでしょうか。それに追い討ちをかけるように、同級生などから激しい中傷が光世氏に加えられていきます。 こんな過去があるなら、当然後はマイナスの人生をたどるしかないと結論づけたくもなりま
-
- ブック・レビュー 『バイブルカフェでひとやすみ』ホッとできる聖書の話31
佐々木炎日本聖契キリスト教団・中原キリスト教会牧師未信者の方に聖書を読みたいと思わせる選りすぐりの〈ホッ〉とメニュー 「聖書を読んで欲しい!」 私たちクリスチャンの誰もが、まだ信じていない人たちに願っていることです。また未信者の方々も、本の中の本、世界中で一番読まれ、人々に多大な影響を与えている「聖書」を読んでみたいと願っている人は多数いるはずです。そう考えると多くの人たちが聖書を読んだということになるはずなのに、事実は「少し読んだけど読めなかった」と挫折している人が少なくないのが現実です。 このことは当事者の「やる気」や「祈り」が足りないと簡単に片付けられない問題で、私は「聖書に興味をもって読みたくなるような副読本が欲しい」とひそかに思っていました。まさに本書は私たちクリスチャンの願いと、
-
- 遺されたメッセージ遠藤嘉信師を偲んで 遠藤嘉信牧師が遺した講解説教集
*価格はすべて税込です
-
- 文学ジャンル別聖書の読み方ガイド 第8回 旧約物語文の解釈 (下)
関野祐二聖契神学校校長 旧約物語文は、魅力にあふれ心躍るストーリー満載ですが、生ける神のことばとしてそこから日々の糧を得るとなると、決して解釈のやさしい読み物ではありません。その正しい用法とは何か、まずは誤った用法を正すところから始めましょう。 ● 旧約物語文は何「でない」か○ 隠された意味に富む寓話ではない 物語文が、元々の聞き手に意味のわかるストーリーとして書かれたのは事実としても、歴史における神のみわざを記した物語ゆえ、その目的に沿って読む際に必ずしもわかりやすくはなし。行間を読みすぎる危険と常に背中合わせで、聖書が沈黙していることを無理に知ろうとすれば、こじつけ解釈に陥ります。 その極端な例が寓喩的解釈で、アブラハムのしもべによるイサクの嫁捜し(創世二四章)を、聖霊(しもべ)を通して
-
- 新約聖書よもやま裏話 第23回 神のみわざが・・・病める者、障碍や弱さを抱えた者たち
伊藤明生東京基督教大学教授「おいでになるはずのお方」 安息日にナザレの会堂に出かけたイエスは、イザヤ書の巻物から朗読した。 「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、主の恵みの年を告げ知らせるために。」(ルカ四・一八、一九) そして朗読の後、「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました」(二一節)と宣言した。 一方、囚われの身となったバプテスマのヨハネがイエスに使いを送って尋ねた。イエス自身が「おいでになるはずの方」、つまりユダヤ人たちが待ち望んでいたメシヤかどうか、を。 イエスはイザヤ
-
- 新刊情報 2月・3月発売の新刊&好評発売中の新刊
*価格はすべて税込です
-
- 新約聖書よもやま裏話 第15回 「家の教会」と立役者 プリスキラとアクラ
伊藤明生東京基督教大学教授 使徒の働き18章で、ポント生まれのユダヤ人アクラが登場する。妻の名はプリスキラまたはプルスカ。ポントはビテニヤの東で、現在のトルコの北、黒海に面した地域のことである。こんなところにもユダヤ人たちがいたのだ。使徒の働き2章にも聖霊が降った五旬節の祭りのとき、ポント在住のユダヤ人たちがエルサレムに来ていた(九節)ことが描かれている。同業のよしみ ポント出身のアクラとプリスキラ夫婦はローマに住んでいたが、四九年ころ、ローマ皇帝クラウデオがユダヤ人追放令を発布したため、コリントまで流れて来ていた。そこで、使徒パウロと出会ったのである。 使徒の働きの著者であるルカは、アクラとプリスキラ夫婦が、どこでどのようにしてキリスト者になったかは書いていない。パウロが伝道したと想像する
-
- イベント情報 星野富弘詩画 リトグラフ展
星野富弘詩画 リトグラフ展併設「第16回 星野富弘詩画集&カレンダー展」星野さんのやさしい筆づかいが再現されたリトグラフ10点を展示。星野富弘の詩を歌う岩渕まことミニコンサートも開催。日 時◇2007年11月22日(木)~12月2日(日)会 場◇長谷川書店 ネスパ店6Fギャラリー(茅ヶ崎駅北口 交番隣) TEL:0467-88-0008入場無料
-
- ブック・レビュー 『聖書通読にチャレンジしよう』みことば蜜より甘く
菊池盛夫東京キリスト教学園 管財課長聖書通読1000回!そのロマンを語る この度、一九九九年に発行された『みことば蜜よりも甘い』の増補改訂版が出版されると知り、大変喜んでいます。著者、下川友也牧師は、はるかに壮大で、そして無謀とも思える、聖書を千回通読するという目標をもっています(二〇〇五年八月現在で五百二十二回)。その聖書通読が楽しくて楽しくてしょうがないという姿を間近に見てからは、その目標を影ながら応援している者のひとりだからです。 東京基督神学校の校長の責任をもつ忙しさの中で、どのように聖書通読をすればよいのかという従来のヒントに加え、今回の増補では、二〇〇四年に、校長を退任され北海道の日高に行かれ、時間がたっぷりあるなかで知った聖書通読の難しさについて加えられています。二種類の時間を
-
- ウツと上手につき合うには 第9回 律法主義からの解放
斎藤登志子あなたの行動の原則は何でしょうか。「~しなければならない」という義務感でしょうか。それとも「~したい」という自分の心の底からの願望でしょうか。私が始めて精神科を受診したとき、「うつ病」と診断を下した医師にこう言われました。「must(~ねばならない)がwant to(~したい)になったら治っているのですよ」。そのとき、初めて私は、よい妻、よい母でなければならないなど多くの「ねばならない」に自分が縛られていたことに気づきました。さらにこの「ねばならない」が信仰生活に当てはめられると律法主義となります。教会にはなんと多くの「ねばならない」が存在することでしょうか。講壇から直接語られなくとも、自他共に一人前のクリスチャンと認められるためには(そのような意識は撤廃しなければならないと思うの
-
- 霊的読書のススメ 霊的に本を読むとは(後半)
野田 秀読書と聖書の関係 では、一般の書物にふれることが、聖書とどんな関係にあるのだろうか。二つの面があると思う。クリスチャンは、▽一般の本に親しむことによって、聖書に対する確信を増す。▽また、聖書をよく読むことによって、健全で有益な読書のカギを得る。 これが、「霊的に本を読む」ことである。つまり、霊的な本の読み方とは、結局、聖書とどう向き合うかにあると思う。聖書の裏づけとなる読書 私の読書の喜びのはじめは、小学二年生の時に母が買ってくれた大型で分厚い「グリム童話」にある(一九四〇年ごろ)。 それは、「白雪姫」が「雪子姫」となっているような古い代物である。子ども向けに翻案されていないので、血が流れ、人が殺され、継母にいじめられるといった話が次々に出てくるのである。 私は来る日も来る日もそれを
-
- Opus Dei オペラな日々 最終回 自分を与えるアンサンブル
稲垣俊也オペラ歌手(二期会会員)、バプテスト連盟音楽伝道者 プロのオペラ歌手である私は、少年時代より音楽に親しみ、音楽に精通していました……と言いたいところですが、私の青春時代は音楽とはまったく縁のない生活、剣道に情熱を燃やす日々でした。 剣道から多くのことを学びましたが、今なお鮮明に記憶しているひとつに「残心(ざんしん)」という言葉があります。 「残心」とは読んで字のごとくです。相手に“面”を打ち込んだら“面を君に打ち込んだぞ”という“気”すなわち“心”を残さなければいけないということです。 力にまかせて相手を叩いたりしても、たまたま正確な部位にあたったとしても“一本”にはなりません。相手に“気”を打ち込み、十二分に相手に伝えてこそ“一本”であるということです。 “剣術”はもともと相手を
-
- ブック・レビュー 『ヘボン博士の愛した日本』
久世 了明治学院 学院長才能と財産を日本のために惜しみなく用いたヘボン博士の足跡 才能でも財産でも、自分が持っている良いものを自分自身のためだけではなく他者のために惜しみなく用いる、これがキリスト教精神です。 その実行者としてシュヴァイツァー博士やマザー・テレサはとくに有名ですが、本書の主人公であるヘボン博士は、その点でこの二人に勝るとも劣らないほどの人物であると言っても過言ではありません。 一八五九年の日本といえば開港直後で、外国人と見れば切りかかるような武士が横行していたころです。その年、すでに中年に達していた医師ヘボン博士は若いころからの東洋伝道の夢を果たすべく、ニューヨークでの安定した生活を捨てて、クララ夫人とともに危険を顧みず医療宣教師として来日しました。 そして、横浜で多数の日本
-
- わかりやすい終末論 前半
山口昇日本神の教会連盟・玉川神の教会主任牧師、アレセイヤ研究所所長 終末論について皆さんは「終末」とか「終末論」ということばを教会などでよく耳にされると思いますが、それが何を指しているのか、考えてみたいと思います。「終末」とは何か?一九五〇年に、クルマンという神学者が『キリストと時』という本を書きました。その中で彼は、ギリシヤ思想における時間観は、輪廻思想のような円環的時間観(JR山手線や大阪の環状線のように、始点も終点もなく、ぐるぐる循環し続けるもの)とキリスト教のような、天地創造から始まって、人間の堕落、楽園の追放、アブラハムの選び、モーセによるイスラエル民族の出エジプト、……と続いて旧約から新約に至り、黙示録における最後の審判と新天新地に至って終わる、初めと終わりがはっきり分かる直線的
-
- ブック・レビュー 『クリストファーの冒険』動物たちの天路歴程
澤谷由美子日本キリスト改革派 湖北台教会員「おはなしのへや」主宰者天国へ向かうクリスチャンの人生を動物たちで描く クリスチャンの人生は、天国に向かう冒険の旅です。このたび、それを動物たちに置き換えて、かわいい絵で描かれた『クリストファーの冒険 動物たちの天路歴程』が出版されました。 ネズミのクリストファーは、滅びてしまう〈暗黒の森〉を脱出して、〈みどりの森〉へ向かう旅に出ました。家族も友だちもだれひとりついて来ませんでした。嘆く彼の背中に大きな重い荷物がのしかかりました。これは、罪の象徴です。 旅の途中、さまざまな動物たちが登場します。「ガンコ」や「ウツリギ」という名のウサギ。〈知ったかぶり町〉のヒキガエル。彼らにまどわされたり、だまされて道をまちがえたりするところも、私たちが陥りやすい失敗
-
- Opus Dei オペラな日々 第7回 キリストが魅せられて
稲垣俊也オペラ歌手(二期会会員)、バプテスト連盟音楽伝道者 私はオペラ歌手として多くのファンからご支援を頂戴しています。ファンがおられるからこそ、私は演奏家であり続けることができます。ファンの心理 一般的にファンは、歌手なり俳優なりの美点、長所よりも“くせ”を好むといわれています。「あんなに活躍している彼らも私たちと同じなんだ……」とばかりに“くせ”、すなわち不都合や不具合があることに、あえて共感と安心を得て、それらを真似たり、追っかけたくなるということです。 イエス・キリストは、一途で堅固な信仰を示した“百人隊長”に感嘆なさいましたが、イタリア語の聖書ではこの箇所が「Ges・ne fu ammirato=イエスはこれを聞いて驚かれた」と表現されています。この「ammirato」は“驚く”と
-
- ブック・レビュー 『足の裏で470歩』
村上宣道(財)太平洋放送協会会長 坂戸キリスト教会牧師魅力あることばで福音を ペンテコステの日に起こった出来事の特色は、福音が「それぞれ自分の国のことばで」話されたということである。国語は文化の心臓であると言われるが、聖霊が注がれることによって、福音はそれぞれの文化にマッチした形で伝達された。教会がこの地上に誕生するにあたり、それぞれの国民性、文化性、地方性にふさわしい福音宣教と教会形成がなされるべきであることを、当初より聖霊が意図しておられたことのあらわれと見てよいのではあるまいか。 この『足の裏で470歩』には、まさにその「それぞれの国のことば」で福音が語られているのがよくわかる。日本にも千五百人もの人々が集う教会が形成されているという事実は、驚きであると共に日本の教会にとっての希望でも
-
- 時代を見る目 164 企業倫理について考える 神にかかわっていただく「祈りの輪」を広めよう
林 晏久元丸紅金属販売株式会社代表取締役/フェローシップ・ディコンリー福音教団 住吉山手キリスト教会牧師 企業の不祥事が続々と明るみに出されている。このような事態が急に起こってきたのはなぜだろうか。この要因の一つに「内部告発」がある。そしてインターネットが一般化されるに至り、内部告発も容易になったと言われている。内部告発は、密告であり裏切り行為という見方もある。しかし、これによって闇の部分に光が当てられ、公正が行われるのであれば必要な道具でもあろう。 私は、クリスチャンには別の道もあるように思う。それは、神にかかわっていただく方法である。少し昔のことであるが、私は企業に勤めているときに、総務部のあるクリスチャンが、東京本社の地下の用品倉庫の片隅で、仲間のクリスチャンや、聖書に関心を持つ人たち

- The Cross Pendant
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
