1番目に、人間は、体、霊、たましいという3つの部分から成っていると主張する人がいます。
つまり、人間の内面は、霊とたましいに分割可能だということです。しかし、聖書に「霊」という言葉と「たましい」という言葉が出ているからと言って、人間の内面が二分割可能だということにはなりません。
聖書では、人間の内面を指すために種々の言葉が用いられています。①「生きもの(a living soul)」(創2:7)、②「霊(spirit)」、③「たましい(soul)」、④「心(heart)」、⑤「心(mind)」、⑥「良心(good conscience)」など。
これらの言葉は、意味が重複しており、厳密に定義するのは困難です。そう考えると、「霊」と「たましい」という言葉を基に人間の内面を二分割することは、聖書が意図するところではないと思われます。
2番目に、人間は、体と、目に見えない内面の2つの部分から成っていると主張する人もいます。
その場合は、人間の内面は統一体であり、分割不可能だということになります。その説を支持していると思われる聖句が、いくつかあります。創世記2章によれば、外面の体は「土地のちり」から創造され、内面のいのちは「神の息」を吹き込まれて生き始めました。さらに、使徒パウロは、「たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」(2コリ4:16)と書いています。「外なる人」とは体のことであり、「内なる人」とは内面のいのちのことです。
3番目に、人間の内面は分割不可能な統一体であると考えるのが、聖書的だと思われます。
これは、ヘブル的人間観でもあります。その場合は、人間の内面の活動の諸相を指すために、「霊」、「たましい」、「心」、「良心」などさまざまな用語があると考えれば矛盾はなくなります。ちなみに、体と内面のいのちが分離することが、肉体の死です。人間の場合は、肉体が死んでも内面のいのちは生き続けます。それゆえ、肉体の復活が可能になるのです。
「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」(2コリ4:16)
聖書的人間観は、「肉と霊を持った統一体」です。
He is a cross pendant.
He is engraved with a unique Number.
He will mail it out from Jerusalem.
He will be sent to your Side.
Emmanuel
Bible Verses About Welcoming ImmigrantsEmbracing the StrangerAs we journey through life, we often encounter individuals who are not of our nationality......
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